第23話 王都への出発
次の日の朝は寝坊気味な目覚めだった。
昨日の夜遅くまではしゃいでいたから仕方はない。
そして起き上がりベッドから出ようと手を横に置く。
すると柔らかくてしかもなぜか温かい何かの感触が、手全体に広がった。
「ん?」
寝ぼけ眼で横を向けば、脳は瞬時にフル回転した。
俺が手を置いているのは、ラミリアの胸なのだ。
まだ目覚める気配のないラミリアを見て、俺の理性は朝から葛藤という争いを脳内で繰り広げている。
いや葛藤と言っても無意識と意識の葛藤であって、離すべきなのは分かっているのだ。
しかしいくら脳内で葛藤をしているとしても、起きたばかりの意識が無意識に勝てるはずがなかった。
この温もりと柔らかさの織り成す、天国のような感触に俺の手は自然に動いていた。
それはもみという言葉が当てはまるような動きをしている。
「――んッッ」
ラミリアからよろしくない音が発せられてたと同時に、俺は現状のマズさに気付き理性をフル稼働して手を止めた。
俺はすぐに極楽の極所から手を引っ込めて、体の動きを止めて静寂を作り出す。
そしてラミリアが再び規則的な可愛らしい寝息を立てるまで、俺はその場から動けなかった。
俺はゆっくりと反対側の横を見る。
そこにはやはりフィリムが眠っている。
昨日の夜最後の夜だからと言ってフィリムが一緒に寝たいと言ったのにラミリアが便乗した。
そうして今フィリムと、胸を触ってしまったラミリアは俺の横にいるのである。
――あかん。引きずってる。
このままだと、今日が最後なのにまともに顔も合わせらんねぇ。
そうしてまたしばらくの間動きを止め悟りを開き、瞑想をするのだった。
――これで当分はラミリムパワーを心配する必要はなさそうだ。
俺はその後一歩一歩踏みしめながら外へ行き、最後の体操と筋トレを入念に行った。
本日の天気は晴れ。
快晴でもなければ、曇りでもない。
実に旅立ちの日にふさわしい天気だ。
そして俺は部屋へと戻った。
部屋ではまだラミリアとフィリムは寝ており、俺は黙って椅子に座りながら心地よさそうに眠る美少女2人の画を眺めるのだった。
しばらくして外から聞こえる鳥の囀りとともにフィリムが起きた。
それに伴いラミリアも起床する。
「おはよう」
俺がそう挨拶をすると「おはよう」とラミリアとフィリムもゆったりとした口調で返してくれた。
その後彼女たちは着替えやらなんやらがあるため、部屋から出て行った。
しばらくぼーっとした後俺はなんとなく部屋を見渡した。
荷物は昨日のうちにまとめて端に置いてある。
もうこの部屋に俺のものは何もない。
さすがに1か月近くこの部屋に住んでいると置くものも少しは増えるもので、でも今は何も置かれていない。
机に置いていた教材や魔法書、クローゼットに入っていた支給された服たち……。
それらはもう今はない。
愛着の湧いていたこの部屋にはもう何もないのだ。
寂しさがあるものの、なるべく元の状態に戻してやりたいという気持ちもある。
でも誰が何を言おうとこの部屋とは今日でお別れなのだ。
「しばしの別れだ……」
俺は部屋にそう呟いて朝食のため食堂へと向かった。
食堂にはすでに昨日の跡は残っていない。
きれいに片づけられ、いつもの何気ない朝の食堂である。
そしていつものように自分の席へと座り、みんなを待つ。
本当に何気ない通常運転の朝だ。
しかしそれは朝食を食べ終えるまで。
俺はすぐに犬車とやらに乗って王都へ行かねばならない。
この屋敷を出発するまで、残り1時間くらいだろう。
でも実感が湧かない。
そもそもこの屋敷と町とフィリムの家くらいしか知っている場所がない俺にとって、王都へ行くと言われても想像すらできない。
それにラミリアとフィリムと離れ離れになってしまう。
そうやって、あれこれ考えてもやはりどうしても好奇心が寂しさに勝ることはなかった。
そんな風に考えていると、既にラミリアとフィリムにノークラスは席についており、朝食も俺の前に並んでいた。
ノークラスの合図で「いただきますと」と俺たちは言い、食事を始める。
この「いただきます」は俺からラミリアへ、そしてフィリム、ノークラスと伝わっていき定着したものだ。
当たり前になりつつあるそれに、今の俺は感慨深い何かを感じてしまう。
そして朝食に手を伸ばす。
朝のルーティンでお腹は空。
空腹を感じる俺の胃に少しずつ飲食を流していく。
さすがに舌は変わってこの食事にも慣れて――というより、むしろ実家のように安心できるくらいには
好きになったので、なぜかいつもよりおいしく感じる朝食に舌鼓を打つのだった。
お腹が程よくたまって、食後のコーヒーに例のごとく砂糖とミルクを流し込んでちびちびと飲んでいると、飲み終わる頃にノークラスは口を開いた。
「朝食を食べましたら、ミナト君は出発です。最後に何か言いたいことでもあれば早めにお願いしますね」
そう言うと手を合わせて、
「それでは、ごちそうさまでした」
と微笑みながら柔らかな声で言った。
俺は急いでコーヒーを流し込み、ラミリアとフィリムとともに言う。
「「「ごちそうさまでした」」」
素晴らしい文化に俺は頬を緩め、席を立つ。
そしてラミリアとフィリムのもとに駆けて行った。
そこではいつも通りの他愛のない話をして、それぞれの部屋へと戻るのだった。
部屋に戻った俺はベッドの上に腰を掛ける。
そして俺が初めてここで目を覚ました時のように、何もないただきれいなこの部屋を見渡して、なんとなくベッドの表面を撫でる。
俺の荷物はすでに部屋になかった。
きっとメイドさんが持って行ってくれたのだろう。
「本当にここから出て行くんだな……」
俺は部屋を見て、やっと少し実感した。
しばらく窓から、日光に照らされそよ風に揺れる草原を眺めた俺はついに扉を開けて部屋を後にしたのだった。
廊下を一歩一歩踏みしめながら進み、階段をゆっくりと降りていくと玄関には屋敷のみんなが俺の見送りのため集まっていた。
俺はみんなの開けた中央のスペースを通り、開けられた扉を通って外へ出る。
正面の階段の下には1台の犬車。
と一目でもわかるくらい犬が馬の代わりに立派な装飾が施された箱を引いている。
箱を引く犬は馬と同じくらいあってとても大きく、2匹いるが、今は大人しくお座りをしている。
荷物はもう積んであるらしい。
あとは俺と付き添いの従者であるバハリスさんが乗り込めば出発できる。
俺が正面階段を降りると、それにつれて屋敷のみんなもぞろぞろとついてくる。
俺が犬車の前に立つと、ラミリアとフィリムが寄って来た。
「すぐに帰ってきてね。他の女に手、出したら許さないからね。お兄ちゃん」
そう言いながらフィリムは俺に抱き着く。
――お兄ちゃんがなければ完璧なんだが。
「ああ! すぐに帰ってくるさ!」
俺は他の女うんたらの部分に関してはスルーして答えた。
フィリムには何とか気付かれず、次にラミリアがやって来た。
「ミナト、ハンカチ持った? 忘れ物はない? ちゃんと行ってきますって言った?」
「おかんか!!」
突っ込みを入れつつ、恥ずかしくて言うタイミングを見計らっていた俺は、ここぞとばかりに行ってきますを言う。
「今までありがとうございました。行ってきます!」
「「「「行ってらっしゃい!!」」」」
フィリムとノークラス、クラリスさんにフィアリスさんがそう返してくれた。
そしてラミリアは優し気に微笑んで「行ってらっしゃい」と柔らかい声で俺に言った。
俺はそんな風にみんなに明るく見送られて、笑顔で犬車に乗り込んだ。
俺が犬車の中のゴージャスさに驚きつつ中のソファに座ると、続いてバハリスさんが乗り込み、扉を閉めた。
俺は空いた窓からみんなを見て「行ってきます」ともう1度言った。
みんなはその言葉に寂しそうにしながらも、笑顔で送り出してくれた。
そして犬車はゆっくりと動き出す。
庭園の中央に走る道の終点にある大きな門を過ぎるまで、犬車はそのゆったりとした速度で進む。
門まではみんなが犬車のスピードに合わせて横に付いていてくれた。
俺は門を出るまでみんなの姿を目に焼き付けながら、手を振っていた。
しかし門を出てからは心の準備をする間もなく、みんなの姿は見えなくなった。
犬車のスピードが上がったのだ。
窓から見える景色がどんどん後ろに流れていく。
みんなを見ようと窓から顔を出すも、後ろにいるみんなの姿はもう米粒のようになっていた。
俺は仕方なく窓から首を引っ込めた。
見える景色は森で、車に乗っているかのようにぐんぐん後ろへ流れていく。
しばらくすると草原に出た。
視界が一気に広がり明るくなる。
窓から先の方を見ると、町が見える。
それは俺がこの世界で初めて入った町だった。
犬車はそのスピードで進んでいき町に近づいていった。
町の入口に細々とたたずむ門を抜けると犬車は速度を落とし、町の中央の道をつっきる。
その道では行き交う人々が道をあけて、犬車が横を通る度に立ち止まってお辞儀をしている。
きっと犬車に描かれた紋章を見ているんだなと思い、俺はなんとなく窓から距離を置いて座り、静かに目を閉じた。
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