鯨の遊戯
ハジメの周囲を囲む砂漠鯨。その光景は遠くから眺めていたクァイナとマニトバ、そしてシャルロット達にも容易に見えた。その様子は本当に僅ながら見えるハジメの周りに遠近感が狂う程の巨体がグルリと取り囲み、豆粒程のハジメは牛に囲まれた蟻のようだった。
「あ~、すげぇなぁ……圧倒的ってのは、こーゆー時に使うんだな!」
ぐびっ、とビールを煽りながらシャルロットは一言、そしてまた、ぐびっ。
「うひゃひゃひゃひゃっ!!こっからどーやって逆転すんだろーねー?アンタらのリーダーちゃんは!?」
口調はざっかけ、しかし視線は射抜くように真っ直ぐハジメを捉えたまま、シャルロットは傍らの袋からスルメイカを取り出して口へと放り込む。
もむもむもむ……もむ?……もむもむ……ごっくん。
「うむ!旨い!やっぱビールにはスルメイカだな!濃厚なイカの旨味がややもすると下品になりそうな独特の芳香を纏いながら口中一杯に広がり、そいつをこーやって……」
ぐびっ、ぐびっ、ぐびっ……っ、
「ぷっはぁ~♪いやはやぁ……いいねっ!!実にいい!!」
シャルロットの高ぶるテンションに圧倒されっ放しのマニトバは、ただ手を合わせて祈るような姿勢を維持したまま、
「……ハジメさん、あんなに大きな砂漠鯨に囲まれて……そ、その……上からドッシンっ、と潰されたら……一溜まりもないでしょうに……」
と、永遠の別離を惜しむように呟いた。
だが、彼女に対して少しはハジメとの付き合いの長いクァイナは、彼の様子を垣間見ながら、
「う~ん、そりゃ確かに大きな砂漠鯨に囲まれては居るけれど、どーせハジメは死にはしないわよ?……たぶん、だけど……」
と、尻すぼみに言いながら親指の爪を噛んだ。……だけど、死なないのと怖くないは並行する訳じゃない……。
そう思うと、ハジメの小さな姿が更に小さく、更に頼り無く見えてしまう。
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超巨大体験型全方位モグラ叩き、そして反撃付き……例えるならそれだろう。
ハジメは手近な一頭へと走り寄るが、その巨体に似合わぬ迅速さで到着する直前に嘲笑うように砂中へと潜る砂漠鯨。そしてハジメの死角から放たれるサンドブレスにより派手に噴き飛ばされる。
もし後ろに眼が付いているなら、避けも出来るだろう。しかしハジメは数多くの異能者と比べても突出しているのは【耐久性と防御力】のみ。無論眼は後ろには付いていない。有っても気持ち悪いし。
ハジメの走り出す初速は然程速くない。走り続けていれば超時空戦艦としての速度を出してマッハも超えるだろう。だが助走距離の足りない環境では彼の速力はせいぜい時速四十キロ。速い自転車が平地で普通に出せる最高速(普通に、だが)程度。
だが砂漠鯨は数、そして音波探知で完璧にハジメを捉え続け、会話を盗み聴かれる心配もせずに情報交換を続けていた。
【何よアイツ!あんだけブレス浴びてるのに服も身体も無事とか有り得なくないぃ?】
【でもそれを言ったらチート自体が成立しないわよ?】
【どーしたらアイツ殺せるかなぁ?】
【……あっ!!これどう?……ね?……いけそうじゃない?】
【うんうん……いいかも!?やってみよっか!!】
砂漠鯨達は何かを閃いた一頭のアイデアに従い、集まった後、各自の持ち場へと散開していく。
対してハジメの方はと言えば、四方八方から浴びせられていたブレスが唐突に止み、僅かな振動すら感じられない状況に不信感を持ち、そして砂が身体中のあんなとこやこんなとこに入って実に不快極まりなかった。
「あ~パンツの中までジャリジャリするぅ……絶対に帰ったら風呂を探す!○んたまの裏まで砂だらけとか有り得ないっての!」
……伏せ字でも言うなよ、折角コッチがそんな感じにやんわりとソフィスケースして表現してんのに……。
「でももし俺がクジラ側だったら……どーしても死なないなら……相手の心を攻めるか、異なるダメージを与えて……ん?」
それは鈍感なハジメにも感じ取れる程の振動だった。だが、それは数回続いたのみで消えてしまう。そんな探りを入れるような振動が数回続いたが、また消えてしまう。
「何だよ何だってんだよ……さっきからコソコソと勿体振って……そーいや雌と雄で別れて何たらって言ってたけど、もしかしたら俺とやり合ってるのは雌チームだったような?なら強引に力で捩じ伏せて来ないのも判る……っるぅっ!?」
独り言の最後を打ち消すような強烈な振動により、ハジメの三半規管は完全に麻痺し、膝から崩れてしまう。
「……ふあぁ……な、何なんだぁこれぇ…………頭が……ゆ、揺れるぅ……」
グラグラと眼が回り立ち上がることも出来ず、ただ身を横たえるしかなかった。
ハジメは知らなかったが、彼等、クジラ類の発する強力な音波は海中の小魚等を驚かせたり麻痺させる目的で発せられることもある。況してやチートな砂漠鯨のそれはほぼ武器と同義。相手がハジメでなければ脳を瞬時にシェイクされて即死だったかもしれないが。
「……脳シェイク死ってぇ……なんて素敵なくたばり方なのぉ……嫌だなぁそんなのはぁ…………はぁ?」
ハジメは我が眼を疑った。今も揺れる混濁した意識を何とか繋ぎ止めているその目の前に、あれほど現場入りを拒んでいたクァイナ、それにマニトバが無言で立っていたのだ。
いや、二人だけではない。モルフィスを始め、彼がこの世界にやって来てから見たり会ったりした全ての異性……しかも見目麗しい女神達まで勢揃いで彼を取り囲んで……いや、ちょっと待て距離がおかしい何だこれは既に肌と肌が密着してか何で皆さん服をおめしになられてなうはははははははははダメダメそこはいやんちょっと待ってダメダメそこはアーッ!!?
…………うふ、うふひふ……あはぁ♪
【チョロいわぁ~!こいつそーとー溜まってるのね!?】
【やだわぁ野人だわぁ~!でもたぶん今は白眼剥いてるわよ♪】
【人間、しかもチーターって願望の振り幅が肉欲に振れ易いらしいけど……】
【こいつ、このまま町に投げ込んじゃう?有る意味死ぬわよ?社会的に……】
砂漠鯨(雌チーム)達は、ハジメに数度に渡り《思考探知》を行い、チーム一丸となり彼の思考波形を分析解析し、三百頭全員で同時に軽い催眠状態に誘導してから一気に欺瞞情報を捩じ込んで疑似体験へと導いたのだ。
魔導に関してはからっきしで耐性自体ゼロなハジメだが、耐久力だけは超時空戦艦として膨大なので通常の攻撃魔導は微風程度だった……しかし、耐性ゼロは皮肉にも精神に作用する種類にもゼロであり、その結果はこうして簡単にコロッと脳内メモリー全てをぶちまけられて、中に詰め込まれた欲望を全て並べられ体験させられる……という結果になった。
こうしてハジメは砂漠のど真ん中で、押し寄せる女体の津波に身も心も奪われて、為す術も無く横たわるのだった。勿論モジモジしながら……。
規制的に問題はないよなぁ。ではまた次回。




