宿と家の違い
まだ無双だのバトルだのはありません。ま、仕方ないと諦めてくれ。……すまん。
ただいまーっ、と言いながら戻る場所が欲しくなった。
何でかって?そりゃ~やってみりゃ判るがな……。
ビジネスホテルだって一回や二回ならまだいいが……毎日だと「おかえりなさいませ!」と言われたとしても……やっぱり《他所のヒト》な訳だ。
そう思うと急に宿が煩わしくなり、モルフィスさんちにがっちり居候することにしました。何故か?そりゃ~住まいと食事に困らないから、です。
町中はおろか、一部の【役の神】にも熱烈なファンが居る《くえばわかる亭》の二階、これはもうコンビニが一階にあるマンション並みの優良物件じゃない?
……しかも、店主兼大家のモルフィスさんは、見た目の昆虫っぽさ(本人曰く、ヒトの中で暮らす為の擬態らしい……まじ!?)も見慣れてくれば気にならないし、基本的にタンクトビキニ+ホットパンツ+エプロンが普段着のスリムな美人さんですからねぇ……実にけしから素晴らしい。
そんな訳で、一度実家に戻るマニトバさんと妹さん二人と別れてから、斡旋所に立ち寄り(クエストはあまり金にならなかった……)、クァイナさんと明日は斡旋所で落ち合うことにして、宿を引き払い僅かな荷物を持ち、歩いてモルフィスさんの店に行ったのですが……、
「……え?なんでハジメが《くえばわかる亭》に来るの?」
……クァイナさんに先を越されてました。
「お~お~、若い二人が同じ屋根の下でワタシと暮らすのかぁ~♪こりゃ来月にはお赤飯かな~?」
「「それはないですッ!!」
そこは二人で完全否定しておきました。
✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳
「……ところでハジメもクァイナも、クエストやって儲かったのかい?」
カラン……、と琥珀色の液体に浮かんだ氷が澄んだ音を立て、グラスの結露が一筋落ちる。
ハジメとクァイナ、そしてモルフィスは三人向かい合いながらテーブルに座り、各々の前に杯を置き、昼間の報告をしていた。ハジメとクァイナは銅のタンブラーにミントジュレップ、モルフィスは重厚なクリスタルグラスにモルトのロック……見た目と違い誠に硬派な御趣味である。
モルフィスの店は、夜になるとバーテンダーがやって来て(と言うより、いつの間にか居て心臓に悪い……)、お酒中心のバーへと様変わりする。
「いや~モルフィスさんって料理上手だから、安心してシェイカー振れるんですよ~♪」
「アーレヴ、アンタはもう少し料理を真面目に覚えたほーがいいわよ?」
金髪で短めの癖っ毛が特徴のバーテンダーは、パートタイムで働いているらしく、朝になったら居なくなってしまうけど、モルフィスは全く気にしないで能天気にお酒を楽しんでいた。
……だけど、
「……なぁんだぁ~!?……ここぁ、オンナのいる酒場じゃね~かぁ!!」
……場違いなバチ当たりがやって来るまでは、だった……。
✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳
ガンッ!!バキィッ……ゴトン。
物騒な出で立ちの、見るからにガラの悪そうな二メートル近い大男が、表のスイングドアを文字通り蹴破って入ってきた。
しかも悪いことにその扉が床を滑ってモルフィスさんの腰掛けていた椅子の有る場所まで飛び、軽くではあったが彼女の足に当たって止まったのだ。
ハジメはその時初めて知るのだが、いつも温厚で明るいモルフィスが怒り狂うのは、
「……ワタシの店で狼藉やる奴がまだ居たんだ……驚いたねぇ……」
……自分の店を少しでも壊されること、だった……。
「ああぁ~?何だおめぇ……ちっこい成りして偉そうにぃ……そんなちんまい身体じゃあ男に抱かれたら、すぐに壊れちまうんじゃねーんかい?」
下品にニヤつきながら、モルフィスに向かって暴言を吐くその男が、一歩踏み出した足の下に扉が有った為、バキッ、と割れる音がしたのだが、
「……お前、バカだな。それを元に戻して大人しく出ていくなら許してもやるつもりだったが、まぁ……無理難題だね?見るからにバカそうだからさ……」
モルフィスの口調は……何時に無く厳しい物言いで、クァイナもハジメも空気が完全に変わったことを肌身で感じていた。
「何をグチグチ言ってやがる?……酒注ぎ女にしちゃあデカい口叩きやがるなぁ……?」
スッ、と立ち上がったモルフィスがスタスタと歩き、自分の頭が胸の下辺りにあるような相手の前に並び立ち、その男の顔に向かって首を曲げながら、
「やれやれ……何処から来たのか知らないけど、ワタシは……気が短いから許してやらないよ?」
モルフィスはそう言うとヒュン、と触角を回しながら何事か呟く。
「……お?何だってんだ?まさか俺様とやり合おうって……て……てぇ?」
男は自信満々に言い放ったのだが、言葉に詰まった後、モルフィスが手に持っている物を凝視して固まる。
「……見慣れないよな?コレ……ワタシもアンタも初めて見る代物だからねぇ……あ、知りたい?これが何なのかって?じゃ、アンタにあげるよ♪」
モルフィスの掌に載った灰色がかった小さな物体は、一対の三日月型の柔らかそうな物で、気持ちの悪いことに血管のようなものが垂れ下がり、僅かに液体らしき物を滴らせていた。
フフン♪……と笑いながら、片手の上で弄んでいたモルフィスは、相手の方へそれを突き出すと男は何故かそれを受け取り、暫く黙って眺めていた。しかし先程までの粗っぽさは無く、まるで別人のように大人しく静かになっているのが不思議だったが、突然クルリと回れ右をするとスタスタと歩き出し、店の外まで行った後、バタリと倒れて動かなくなる。
「……モルフィスさん、あれは何なんですか?あいつ突然大人しくなって……」
「あれかい?……あれはあいつの脳の一部。ちょいと空間を繋げて摘まみ取ったから、普通なら即死だけどなかなかタフよねぇ~!少しだけど歩いて外まで行けたんだから!」
モルフィスはそう言いながら落ちていた扉を掴むと入り口まで歩き、壁にぶら下がっていた蝶番に扉を近付けると、スッ、と噛み合うように扉は元の場所へと戻されて、荒事の名残はなくなっていた。
「……あの人、死んじゃったの?」
口元を押さえながらクァイナが尋ねると、
「さぁ?あそこまで粘ったから……案外死なないかもよ?……でもまぁ、店から出てすぐに倒れていたら……助けなきゃダメかな?」
モルフィスはそう言うと表に出て、男の手から……まぁ、その辺は察して貰おう……因みに男はすぐに小さく悲鳴をあげて走って逃げていった。
✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳
店の中に戻ると、モルフィスはテーブルに置いてあった酒を一息に飲み干し、バーテンダーのアーレヴに向かって、
「アーレヴ!頭の消毒するから《サラマンドの火酒》!生のままで!」
言い放つと酒臭い溜め息の後、
「……ほぅ……やなもん見せちゃったなぁ……ゴメンね?ハジメ……クァイナちゃん……」
と、言いながらペコリ、と頭を下げる。そしてほんの少しの沈黙の後、
「……ワタシら蛾人間ってのはね、寿命がないのさ……病気にも成り難いから、その気になれば数千年でもサクッと生きちゃうのね……アーレヴ、アンタは何歳さ!?」
「俺ですか?ん~と確か……百三十八歳かな?……うん!その位!」
あっけらかんと言うアーレヴに驚くハジメとクァイナだったが、モルフィスはうんうん、その位だよねぇ~インキュバスなら普通だよねぇ~!と言って二度ビックリ。
「……ま、それはともかく、だからこそ自分の居場所、特に家や店みたいな物にとかく執着しがちなんだよね……ワタシ達って。まぁ、こっちの世界に来た親戚のねーちゃんは自発的転生したからまだ若いけど、今は二人より更に若く見えるからねぇ~!」
「は、はぁ……それはお達者なことで……いつも若々しくて何よりです……」
ハジメは混乱の極みだったので、訳の判らない返答をしてしまう。
「何言ってんのよバカ……それはともかく、私のハウスシェアリングのことなんだけど……」
「あ~!ズルいぞクァイナさん!先に言い出したのは俺の方なんだから!」
ハジメとクァイナは、やいのやいのと言い争いを始めるが、家主のモルフィスはと言えば、
「ん~、別にワタシは君達を住まわせてもいーんだけど、ず~っとはダメだからね?判った?」
と、意外に厳格なことを言うので二人はちょっと驚く。最初のテンションなら、あっさりとOKするのかと期待していたが、喉を焼くような強烈に強い酒を煽りつつのモルフィスは至って真剣らしく、普段は隠れて見えない単眼を煌めかせながらハッキリ言われてしまってはぐうの音も出なかった。
「まぁ、ウチはお風呂もないし、付き合ってもいない男女がひとつ屋根の下で暮らすのも……どうかと思うしねぇ?」
そう言われたとしても、二人はただ平伏して答えを待つのみだった。
(……そうは言っても、いきなり【家を買え】って言ったってねぇ……無理難題なのは判り切ってる話だし……ねぇ?)
モルフィスは二人のつむじを見ながら、暫くの間だからね?と念押しして、ひとまずお酒の世界へと再度突入するつもりになったらしい。
それからのモルフィスは……キャハハハ!と笑いながらアルコールのペースをがっちり上昇させ続け、付き合っていたハジメとクァイナはプッツリと意識を手放すしか道はありませんでした……。
✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳
……さーて、久々に【星降る地】まで足を伸ばしたんだ、手ぶらで帰る訳にはいかないわね……ねぇ?ギルガメッシュ?
……それは異論有りませんが、何か目星があるのですか?
……聞いた話じゃ、ここらの生き物には【魔属性】の高い金属が豊富に詰まってる……らしいわよ?
……では、《魔剣造成》の材料にも使えるかもしれませんね。
……ま、そう言うこと。……それじゃ、あの町を塒にして、暫くの間は留まることにするわ……フフフ、そいつら、強いかしらねぇ?
……さぁ、判りません。ま、《厄災の》デフネに敵う相手が居るなら楽しめるかもしれません。
一人の女と一振りの《魔剣》は、そう言うとスタスタと町に向かって歩き出した。




