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嵐の予感



 ……私の生家は、小さな領地を治める田舎貴族の家系でした。とは言っても特別な名産品がある訳でもなく、どこにでも在るような農地と山林が広がるのみの退屈な場所でございます。


そんな地に生を受けた私は、歩くより先に玩具の剣に興味を示し、これはきっと武の才に秀でているからだ、と持て囃されて自らもその気になり……幼い頃から親の心配を他所に稽古だと言っては仕える老兵相手に木剣を振り、そのうち鋼を備えた剣へと持ち換えて……そして、終いには稽古相手に事欠くようなお転婆な娘へと成長してしまったのです。


領主の娘ならば、いずれ婿を取るなり嫁に出されるなりの身の上ですが、私には兄弟姉妹が居なかったので、両親も危険なことさえしなければ、そのうち飽きて淑やかになるだろうと大目に見てくれていたので……ついつい羽目を外して領土の見廻りと言っては部下と共に馬を走らせて野を駆け、野盗を討ったり野獣を駆逐したり……と、女らしさの欠片もありませぬこと……お恥ずかしい限りでございます。



……しかし、そんな日々も……一人の転移者が現れたことにより、終止符を打つことになったのです。


我々もこの【星降る地】に根付く者でありますから、転移者達の凄まじさは存じております。無論、《役の神》様のお陰で無闇矢鱈と狼藉を働くような無法者も少なく、ハジメさんのように……強さに溺れるようなこともない、穏やかな方もいらっしゃいますが……、


中には……自らの力に飲み込まれ、我欲に駆られて事を成す異端者も居ます。


我が地に現れた転移者は、自らの力に溺れて当地の者は愚か、力量の有る転移者をも手に掛け殺める……《落伍者》に御座いました。


この地を護る《役の神》様の眼を掻い潜って、時々何処から現れるのかは存じませんが、時たまそうした……転移者すら喰らう《落伍者》の大半は、《役の神》様に依り選ばれた転移者によって討ち取られて果てるのですが、当地に現れた《落伍者》は強力且つ狡猾でした。


……自らの能力が【神すら模倣出来る】スキルだと吹聴し、実際に幾度も討伐の転移者を捩じ伏せて葬り、その「じゃ、早速行って実際に確かめて見ればいいんでしょ?」「……き、聞いていましたかっ!?相手は凄く強くて……不可思議な技で相手を生きたまま幽界の死霊へと変化させたり……私みたいに……」


剣でラージ・ヒュドラを突っ付きながら話していたマニトバは、遠慮なく発せられるクァイナの言葉に遮られ、慌てふためいたがクァイナはそんなマニトバの様子も意に介さず、


「まぁ、ハジメが居ればその誘拐の資料とかだって何とかなるんじゃない?ねぇ?リーダー!?」


「……絶対に誘拐の資料じゃないと思うけど……まぁ、そんな話なら斡旋所に行けば詳細も判るんじゃない?そうならポイント還元出来るかもしれないし!」


ボタボタと血肉を滴らせながらヒュージ・ヒュドラを担いで運びつつ、町へと戻った三人はとりあえず斡旋所に行く前にお定まりの店へと顔を出すことに……、


「……って!バカハジメッ!!そんなグチャドロ毒々な格好で町に戻るんじゃないわよ!!」

「ちちちちちょっと待ってって自分で洗うからアッー!!」


慌てるクァイナとイーッ!!さん達に怪物処理場脇の溜め池へと投げ込まれ、柄の長いブラシで丹念に擦られるハジメ。


「……よいしょよいしょ……ホントすいませんね……うちのリーダー、ちょっと自覚も知覚も足りなくて……」


「イーッ!!」


ゴシゴシがしこら……いやんダメダメぇ~そこは弱いのよぉ~♪


(……ハジメさん、何で抵抗しないのでしょうか……?)


マニトバの心の声は応える者不在のまま、溜め池の縁で多数のイーッ!!さん達とクァイナのブラシで揉まれ、仰向けのまま浮かぶハジメでした。




「……で、結局溜め池の水を入れ換える代金はヒュドラ一匹で賄えたの?」


頬杖をつきながら、湯気の立つコーヒーカップをクァイナの前に置くモルフィスに、カップの縁に唇を付けて一口飲んでから、


「……ん、……何とか足りたみたいだったけど……イーッ!!さんからは(以降は必ず事前に報告をして下さいねっ!!)って注意されるし……ま、叱られてたのほぼハジメだけだったけど……」


「……クァイナさん、あの人達と会話したんですか!?」


「あー、言われてみれば……私も必死だったし、何て言うの?アイコンタクトからのフィーリング的な?」


全然答えになっていないクァイナと、見た目(部分鎧の押し出しは計り知れない)に沿った素晴らしく的確な指摘ポジションに収まっているマニトバの姿に、ハジメは温かな喜びを覚えていた。


(うんうん、パーティも三人になったかぁ……しかしクァイナさんといい、マニトバさんといい……脳筋ばっかりな気がするぞ……)


……と、一番の脳筋人間な自分を外して、内心でそう考えていたのは秘密だけど。



✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳


「はい、はい……で、成る程ね……はい、了解致しました。二回目の討伐は確認致しました。……まぁ、残念ながら報酬の件については……残念でしたね?でも、これに腐らずに気をしっかりと持って頑張ってくださいね!」


カリカリ……と、書面に羽根ペンを走らせる美しい女性の姿に見とれつつ、ハジメは聞かれるままにヒュージ・ヒュドラ討伐の結果報告をしながら(イーッ!!さん達の入念な調査により、死因が剣による刺殺と判定されて武器を持っていたマニトバが止めを入れたことになったが)、窓口での申請を終了させた三人。


「……さて、それでお三方のパーティネームは決まったのですか?」


簡単な手続きを済ませて、改めて三人揃ったパーティになった所で、担当窓口係のアネーシャが訊ねたのだけど……、


「ぱ、パーティの名前?いやだってクァイナさんに聞かれてなかったからてっきり必要ないもんかと……いや、名前ねぇ……」


ハジメは全く知らなかったが、二名からでもパーティ名はクエストを請け負う為には必要だったのだけど、


「あ、以前付けた【クァイナと愉快な仲間達】のままで。ね、いーでしょハジメ?」


「名前……って!【クァイナと愉快な仲間達】ッ!?まさかあの名前そのまんま登録してたのっ!?(※①)」


慌てるハジメを尻目にパーティ更新時の改名機会をバッサリと切り捨てるクァイナ、そしてパーティリーダーにも関わらず、名前は愚かエッセンスすら含まれていないハジメ。


マニトバは二人の掛け合いを眺めながら、何故この二人は付き合っていないのだろうか?と疑問に思っていた。



(※①)→第10話「初報酬」内で、何となく命名されています。



アネーシャの目の前で言い合う二人とマニトバの脇を、所内勤務のイーッ!!さんが走り抜け封筒から書類を各窓口担当へと配り始める。


「あら?イーッ!!さんありがとう、……ん?これは……き、緊急クエストッ!?」


アネーシャは書類に眼を通して一読し、その内容を確かめた瞬間に慌てた様子で叫ぶや否や、後方で業務していた《役の神》達の所へと走り寄り協議に加わった。


「…………【神見習い】を……」

「……事は迅速に…………」

「…………まさか【神をも模倣】出来る奴が……」

「…………ランチタイムサービスが……」


漏れ聞こえる言葉の端々から、その緊急性の高さとランチタイムサービスの重要性が垣間見え、クァイナは急に空腹を自覚したのだけど、いや違う今はそーじゃない、と改まって《役の神》達の言葉を待つと、


「皆さん!協議の結果、ここに緊急クエストを発令しますっ!!討伐対象・仄怠(そくたい)の【スキルラーニングの魔女】!!」


そう叫びながらツカツカと歩みを進める【役の神】が告知板の前に立ち、よいしょっ、と言いながら画ビョウを使って詳細を記入した一枚の紙を張り出して戻って行った。


「そ、仄怠……強いのか弱いのかち~っとも判んない二つ名ねぇ……」


「そば立つ怠け者……と言う意味ですか。ピッタリと言うか上手い喩えと言うか……ぅん?」


誰かが付けたのか、自らの名乗りなのかは判らないがクァイナは発表された紙面を眺めながら渋い顔をし、マニトバは意味を理解して感心していたのだが、やがて文面の続きを読み進めていくと表情がみるみる一変していく。


「……う、嘘でしょ、そんな……マイラと……クリトガが……!?」


「どうしたのマニトバさん……ん?……【神の子】……【役の神の奉仕】……?」


マニトバの表情に気付いたハジメが文面を読むと、判らない単語に当り当惑するが、二人の様子に気付いたクァイナも加わって……なになに?ん~と……、と読み始め、


「……地方領土のウクラウスから選出された……【神の子】候補の……マイラと、クリトガが【役の神の奉仕】から戻る途中に……拐われて?……御者の証言から犯人が【スキルラーニングの魔女】と判明……って、この二人のこと知ってるの?」


クァイナの言葉に口数少なげながらも、意気消沈したマニトバはそれでも何とか気力を振り絞り、


「……ま、マイラとクリトガは……二人とも私の妹です……【神の子】候補になったのは知っていました……半年前から【役の神の奉仕】で神様に仕えて、半年間の奉仕を終えたから……久々に実家に戻ってくるのを心待ちにしていたのに……」


「それは何とも運の悪いことね……でも、何で【スキルラーニングの魔女】が二人を誘拐しなきゃならないの?別に強かったりする訳じゃ……」


クァイナはそう言った後、(……運が悪い……って、まさか……ねぇ?)と思いながらハジメのほうをつい見てしまうが、


「妹さんかぁ……そりゃ辛いよなぁ、俺には妹は居ないから判らないけど……ちなみにお幾つで?」


「え?二人とも十六才でしたが……それが何か?」


(わ、十六才かぁ……んじゃ、マニトバさんは幾つなんだろ?)


と、一瞬考えたハジメだったが、尋ねる代わりに窓口に戻ったアネーシャに向かい、


「あの、その緊急クエストって俺達も請けられるんですか?」


と聞くと、ちょっとお待ちくださいね?……あ、なるほど、と言いながらアネーシャは、


「一応、実績が満たされていない為、【クァイナと愉快な仲間達】は請け負うことは出来ませんが……(ガッカリ……)、肉親の方なら参加する事が特例的に認められています(ヨッシャ!!)。お請けになりますか?」


「はいはいはーい!!私達【クァイナと愉快な仲間達】はその緊急クエストを請けますッ!!異論はないわね?」


「は、はいっ!!妹達を救い出したいです!」


「……リーダー、俺なんだけど……はい、同意しますです、ハイ……」




……こうして先刻の討伐の余韻も醒める間の無いままに、新たなる緊急クエストへと赴く三人は、とりあえず乗り合い馬車の時間割とにらめっこしながら(うわっ!出発すんの十分後じゃん!)と思いながら所内の購買所(キヨスク)で日持ちしそうな食べ物を急いで物色し、乗り合い所へと走り出したのでした。



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