忍び寄る影
「《スキル・ラーニングの魔女》?何だか英語が上手に話せるようになりそうな通り名だわね……」
本名をマニトバ・デ・ウクラウスと名乗った彼女から聞き出した《チート持ち》の通り名は、クァイナの記憶の中から某有名プロゴルファーも愛用したと宣伝されている教材の名前を呼び起こし、
「魔女?……と、言うことは……また女性?……うーん、女性の社会進出著しい世相がまさか敵役まで及ぶとは……異世界も男弱女強の御時世らしい……かねぇ?」
ハジメはと言えば、まるで縁側で茶飲み話で政治談義をする好好爺のように言いながら、誰ともなく……ね、そーじゃない?と続けてみたが、クァイナとマニトバの二人には聞いてもらえてもいなかった……。
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昼食を済ませた一行は、とにかくウチのリーダーがどれだけの【馬鹿馬鹿しい程のハチャメチャさ】なのかを見せたいクァイナに引き摺られるように荒野へと連れ出され、
「じゃ、とりあえずワンダリング・モンスター(※①)待ちしときましょーか?……え?リーダー一人で大丈夫かって?へーきへーき♪歩くだけでも厄介者を吸い寄せる天然ゴキブリホイホイだから!」
「……ゴキブリ……ホイホ?」
戸惑うマニトバを安全圏に置いておき、クァイナはハジメに向かってただ一言、
「さぁさぁ!!リーダーのイイところ、チャチャッと見せてあげちゃってよ!」
パンパンと手を叩きながら、あっけらかんと促すので仕方なく、
「……はぁ、まぁいいか……さて、と……ん?あの岩山の穴ぐらなんかはお誂え向きじゃない?」
仕方なくテクテクと歩きながら、《ここ、何か居ますかって?……いやだから覗いちゃダメですよ!?》的に小高い丘の中腹にポッカリと開いた、腰の高さ程度の小さな洞窟に向かって進み、中の様子を暫く眺めていたけれども……、
「……なーんだ、やっぱり何も居ないよ……」
クルリと振り向いた瞬間、小さな穴からヒュッ、と黒い物がハジメの背後に伸び上がり、
「ハジメさんッ!!後ろ、後ろッ!!」
「はぁ?何も居なかったよ?……まったく……志村後ろ~っ!!じゃないんだから……」
マニトバの呼び掛けに間延びした声で返しながら振り向くハジメの目の前に立ちはだかったのは……、
「ヒ、ヒュージ・ヒュドラですっ!!ハジメさん早く逃げてッ!!」
巨大な敵をも一噛みで絶命させる毒蛇の集合体……奇怪な魔法生物の《ヒュージ・ヒュドラ》だった。
その生物の由来は不明だが、二種類の毒を持った蛇を百匹程の束にして太く短い胴体に取り付けた醜悪な怪物である。黒々とした光沢ある鱗を煌めかせながら複数の鎌首を持ち上げて屹立する様は、見る者の足をすくませる程の禍々しさを備えている。
その二種類の毒は致死性の神経毒と、細胞間の結合を弛め蛋白質を破壊する稀有な毒。
本来ならば大きな相手を一種類目の神経毒の効果により仕留めたとしても、揺らめく蛇一匹の大きさは通常の種類と変わらない為、人間等は飲み込むことなど出来はしない。
だがその二種類目の分解毒によってぐずぐずと崩れていく肉片を飲み込む事が出来れば、命を繋ぐことが出来る訳だ。
だからこそ、その生物は与えられた本能のままに憐れな犠牲者へと襲い掛かり……次々と噛み付きその毒を流し込もうとするのだが、
「ん?これがヒュージ・ヒュドラですか……まぁ、誠に荒々しい、の一言ですねぇ」
傍目から見れば、大量の毒蛇に絡み付かれた彼の姿は文字通り飲み込まれ見えなくなっているにも関わらず、当のハジメ本人は危機感の欠片もない。
「……ね?こんなもんよ?……と、言ってもコレは流石に……気持ち悪いわよね……」
クァイナの引き気味な感想も無理はない。ウネクネと蠢く大量の毒蛇は留まることなく幾度も幾度も噛み付き毒液を迸らせ続けるのだが、
「うーん、ハッキリ言うと、鬱陶しいの一言に尽きますなぁ……」
ピチャピチャと全身から毒液を滴らせながら、びしょ濡れのハジメはやれやれ……、と言いたげな表情のまま、美しい放物線を描く芸術的なジャーマン・スープレックスを披露して葬り去ったのでした。
(※①)ワンダリング・モンスター→荒野等の未踏の地で怪物とランダムに遭遇すること。【一箇所でグルグル歩いているにも関わらず敵に会う】と言う視覚的矛盾はありつつも二次元マップ上で常時見受けられる珍事。しかし現実世界でも女子校前や更衣室前等で時間をかけて行うと胴体用衝撃緩和部分鎧を身に付けた二人組に遭遇すること有り。……いやだからって本当にやるなよ?
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十騎の騎馬が先に進む隊列の後方に、黒塗りの二頭立ての馬車が続き歩みを進めていたが、前方に不審な人影を見つけた先頭の騎士が片手を上げると隊は速度を落とした。
その姿を認めた隊列は油断すること無く歩みを緩め続け、前方を固めていた馬上の騎士達が用心深く近付いていく。
騎士達はいつでも抜刀出来るように柄へと手を掛けながら、
「おい、お前!……余計な動きを見せるなよ?……って、女が一人だと……?」
黒いローブのような服を身に纏った女に向かって誰何しようと近付く騎士に女は無言のまま、片腕を持ち上げて優美な指先を向ける。だが、その手には彼等の運命を定める文字通りの【命綱】が握られていた。
その指先から目に見えない細糸が風に舞い、憐れな犠牲者へと伸びて漂っていき、その先端が触れた瞬間……まるで生き物のように絡み付く。
そんなことを知る由も無い彼等の眼には、まるで自分達の進行を止めようと手を振り上げたかのように見えたのかもしれないが、武装と人数で勝る彼等にしてみれば無駄なことにしか映りはしない。
けれど女は相手のことなど全く意に介さず、額の真ん中から左右に分けられた前髪で隠された眼に冷酷な光を秘めつつ、恐れること無く先頭の騎士に向かい言い放った。
「……あー、先に言っておくわよ?……アンタ達、もう助からないから……」
フフッ、と鼻で笑いながら指先を自らの方へと縮めた瞬間、その場に居た騎士全員を音も立てず一瞬で細切れにし、ゆっくりと馬車へと近付いて行く。
緩やかに黒髪を揺らしながら進む女は、一部始終を見ていた御者も逃げ出して無人になった馬車の扉へと近寄ると、細い指先を扉に向けてただ一言、
「……【我が身を妨げる物】を全て……微塵に帰すべし。」
言葉を発した瞬間に、さらさらと……、まるで砂で形作られたかのように扉は崩れ落ち、女の狼藉を妨げることなく消えて無くなる。
「さてさて……それじゃ、御対面と行きますか?……私に楯突く愚か者の……」
タラップに足を載せて中へと侵入した女の視界には、薄暗い車内で身を寄せ合い、震えながら抱き合う二人の幼い子供の姿が有った。
「……大切な大切な……宝物ちゃん達……♪」




