日常な日常1
「なにを、ぼーっとしてる!春夏秋冬!」
低い中年男の声で怒鳴られる。
バシッ!
と、教科書の角で叩かれる。いや、角はひどいよ!
「~~っ」
痛みで頭を押さえているぼくを見て、クラスメイト達が笑っている。これが普通だ。いつも通りの光景。
「~ったく!お前はいつも、ぼーっとして!」
「…すいません」
いつも通り、先生に苦笑で返す。そうすれば、いつも通り。ほら、授業に戻る。これが日常。
横の席の奴が「ばーか」と口パクで言ってくるので、これまた苦笑で返す。そして、つまらない授業がまた始まる。普通のおっさん教師による、普通の古典の授業。
もちろん聞く気がさらさら無いぼくは頬杖をついて窓から、空を見上げる。
――世界は今日も平和です。
つまり、…つまらないということです。だから、こうして夢を見ていたのに…。
失礼、確かに夢は夢なのですが…別に寝ている状態で見ているわけではないんです。
まぁ、なんというか~。はい。一言で言って。妄想です。
夢と言えばカッコいいじゃないか!
でも、妄想と言えば変態じゃないか!
と、しかしですよ?好きな子のことで妄想することが男の子です。いや、女の子もでしょうけどね?ああ、あの子はきっとああいう子なんじゃないか、とか、きっと家では家事とかしてるんじゃないか、とか。まぁその他いろいろ。でも、これも結局は妄想でしょ?綺麗に言えば、その子に対する夢。理想。希望。
つまりは、ぼくの場合はそういう日常の延長にはなく、ぼくの求めるのは非日常だということ。けど、それは叶わない。
だから、――世界を作った。
もう一つの世界。
ぼくの世界。
夢の世界。
ぼくは、いつだってその世界に行ける。もちろん、頭の中だけだから、誰も知らないし、誰も行けない。行けるのはぼくだけ。ぼくだけが存在することを許された世界。
ぼくが主人公。
ストーリーも自由。
設定も自由。
町も。
人も。
化物も。
ぼくによって作り出された、ぼくによるぼくのためだけの世界。
つまりは――ぼくが神様だ。
………。自分で言ってて、…恥ずかしくなる。人よりも妄想癖がある、と考えてくれればいいと思う。
そんな神様の名前は、春夏秋冬 ナオ。
今年高校生になったばかりの、十五歳。
痩せ型で、身長はクラスで真ん中くらい。
成績は中の上。
運動は、苦手だ。といっても、運動ができない人間というわけではない。上手いわけでもないが、へたいわけでもない。つまり普通。ただ、運動自体があまり好きではない。
家族構成は、父、母、ぼく、妹、の四人家族だ。
親父と母さんは外資系の仕事をしていてほとんど家にいない。
外資系の仕事をしているだけあって、家は裕福な方だと思う。
家事は一通りぼくと妹とでこなしている。
妹は二つ下で、現在中学二年生。
そんな普通の家庭で、普通に育った。それが、ぼく。
正直、いつからこの夢を見始めたのか…、ぼくは覚えていない。
ただ、気付いたころには、世界が始まって続いている。
いつ終わるのかも分からない。
だって、この夢を見ない日は無い。
三年前からは寝ても覚めても、この世界に行けるようになった。なんでと聞かれてもぼくは分からない。誰にも分からないだろう。
ただ、夢の世界に行くようになって気付いたことがある。
ぼくは、こっちの世界が嫌いなのだ、と。
夢の世界では、たった一人の主人公。
現実の世界では、どこにでもいる、ただの一人の人間。
何も変えられない。何も変わることができない。
世界を動かすことも、救うことも出来ない。
誰かを助けることも、救うこともできない。
それなら、答えは明白だろう。ぼくは現実の世界では特別な人間ではないのだから…。
自分が特別で無い。つまらないありふれた日常。平凡。
朝起きて、
学校に行って、
勉強して、
友達と話して、
帰って、
ご飯食べて、
風呂に入って、
眠る。
その繰り返し。何度も何度も。
もちろん楽しいこともあれば、嫌なこともある。だけど、そんなの当たり前でしょ?
ぼくが望んでいるのは、一言で言うなら
『非日常な日常』
矛盾していると思うかもしれないが、考えてみてほしい。
非日常になれてしまえばそれはもう日常になるからだ。
もっと、簡単に分かりやすく言えばこうだ。
『本物の冒険がしたい。
キングダムハーツやキノの旅のように色んな世界を見て旅するのに憧れる。
世界を又に掛ける冒険がしたい。
不思議な世界を見たい』
さらに言えば、
『勇者になりたい。
主人公になりたい。
自分の為だけじゃない誰かの為に頑張りたい』
『異世界にいきたい。
不思議な仲間と出会って、半ば強制的に不思議な冒険に旅立ちたい。
不思議な武器を片手に世界を救う旅がしたい。
主人公になりたい。
心から泣いて笑える不思議な旅がしたい』
『ぼくは、冒険がしたい』
――そんなことはできない。
そんなことはぼくが誰よりも痛いくらい一番良く分かっている。
だから、ぼくは夢を見るんだ。
ぼくのような日常に魅力を感じる人は、非日常にいて、毎日が変化で満たされているのだろう。
なら、日常にいる人は?変化のないところにいる人は?
ぼくのように、非日常を望むと思う。
でも、考えてみれば日常を望む人も、非日常を望む人も、それは願いであり、夢であり、想像することだと思う。そう考えてみれば、誰もがぼくのように自分だけの世界を持っているのではないのかな。
チャイムが鳴る。
授業が終わる。
帰りのHRがある。
放課後。
はい、家。
ぼくは部活に入ってないし、帰りに迎えに来てくれる幼馴染の可愛い女の子もいない。そしたら、現実はこんなものだよ。
言ったでしょ?平凡だって。現実の世界だって。
家から学校までは歩いて15分。ぼくは程よい距離だと思ってる。友達は大抵部活に入っているから、行きも帰りもほとんど1人だ。たまに、部活が無いやつとか、ぼくみたいに部活に入ってないやつと帰ることもある。
残念ながら、ぼくが親しくしている友達の中にとてつもなくバカな漫画やゲームのようなキャラはいない。
と思うが、それもまたぼくの主観的な意見なので何とも言えない。
平凡そのものの普通のクラスメイトだと思っているし、時には一緒にバカをやったりする。
冷蔵庫を開けて、麦茶を飲んでいると
「ただいまー」
と、明るい声が聞こえてきた。…妹だ。学校から帰ってきたんだろう。
家の兄妹の仲は、…至って平凡であると思う。平和である。仲が悪いわけでもなく、特別良いわけでもないと思う。
「おかえり」
玄関の方を覗いて、麦茶を持ったまま片手を上げて返事をする。どうやら、今日の髪型はポニーテールのようだ。妹の学校は、キリスト教系の私立校なので、制服もシスターっぽいもので可愛いデザインになっている。
「あ、ナオ帰ってたんだ。今晩わたしが作るけど、なんか希望ある?」
聞いての通り、妹はぼくのことは呼び捨てです。昔は、お兄ちゃんって呼ばれてたんだけどねー。
「そっか。親父と母さんは今どこにいるの?ご飯は別になんでもいいよ。琴乃が作る料理はおいしいから」
そう言って、キッチンの方にぼくは引っこんでコップを洗う。妹の琴乃は、なにやら玄関の方でゴタついてるようだ。
と、思ったらいきなりぱたぱたと走ってきた。
「…じゃあ、今晩はナオの好きなシチューにする」
と、はにかんだ笑顔で言われたら断る理由もないわけで…。
というか、やはりというかなんというか家の妹は可愛いと思う。
はっきり言ってモテる。それは、もうモテる。え?それは平凡で普通なのか?と思うかもしれないが、実際に妹がいる兄なら分かると思うが、可愛い妹がいるからと言って特別なことがあるわけでもない。家族なんだから、当たり前だとぼくは思う。
要するに生まれたときから一緒にいる妹なので、それがぼくにとっては平凡で当たり前なのだ。だから、妹は妹だ。それ以上でもそれ以下でもない。
しかし、妹はモテるのに何故ぼくは・・・。
「ありがとう。なんかぼくも手伝おうか?」
ぼくがこう聞けば、いつも妹はこう答える。
「ううん。大丈夫。ゆっくりしてていいよ」
しっかりしてる妹だと思う。でも、母さんはほとんど家に帰らないので、実際大抵のことは二人でこなしてきた。ぼくも家事全般できるし、妹もできる…ようになった。……昔はひどかったがっ……。
「そっか。なら、ぼくは部屋にいるよ」
そう言って、自分の部屋のドアを開けて部屋に入る。
「うん」
と言う琴乃の返事を聞いて、ドアを閉める。
家はマンションの7階で、705号室。3LDK。部屋はぼく、妹、親父&母さん、それぞれの部屋がある。まぁ、基本的に家にいるときはリビングにいる。ぼくが部屋に引っこんだのは宿題のため。言っておくが、宿題くらいはする。成績も悪い方では無いしね。
ぼくの部屋の中は基本的にものが少ない。ベッド、勉強机、本棚、洋服タンス、小さいテーブル。テレビなんかはリビングにしかないし、ゲーム機もリビングにある。だから、ほとんど自分の部屋っていうのは、寝る、勉強、着替え、くらいにしか使わない。
でも、琴乃に勉強を教えるついでに一緒に勉強することもあるので、そのときはその時々で場所も変わる。ぼくの部屋だったり、琴乃の部屋だったり、リビングだったり。
宿題がちょうど終わったところで、コンコンと控えめなノックがぼくの部屋に響いた。
そして、それにいつも通り優しく答える。
「どうぞ」
すると、琴乃がそぉー、とドアを開き顔だけを見せていつも通りこう言った。
「ナオ、ご飯できたよ」
それに僕もいつも通りの答えを返す。
「わかった。今行くよ」
自分の部屋からリビングに出るとすでにテーブルに食事が用意されている。
シチューの良い香りがぼくの食欲を刺激して空腹を促す。
テーブルには4つ席があるが、大抵琴乃と2人なので使う椅子も奥の2つでお互いに向き合って食事する。
今晩のご飯は、クリームシチュー、サラダ、肉野菜炒め、白ご飯。
きっと、肉野菜炒めは明日の弁当に入るのだろうということが予測できた。
「うん。おいしい」
ぼくは素直に感心する。琴乃の料理は日に日に上手くなっていっている。
「そ、そう?…ありがと」
褒められたのを照れているのか、どこかぎこちないけれど嬉しそうな笑顔を向けてくれた。
ご飯が終わって、ぼくが皿洗いをして、琴乃が風呂の用意。皿洗いが終わればぼくが先に風呂に入る。そしたら、後は一緒にTVを見たり、琴乃の宿題を見たりする。
いつもと変わらない日常。
けど、ここからは違う。
存在している世界が変わる。
「おやすみ琴乃」
「うん。おやすみナオ」
いつもどおりにおやすみと言い合って、部屋のドアを閉める。
さぁ、ここからだ。昼の続きから始めよう。
ベッドに入って、布団を被り、準備万端。
始めよう。
ぼくの世界を。




