263弾 精神修行も考えよう
翌日はいつも通りに起きて、大きくため息をついた。昨夜のことは忘れたい。あんな疑問を口にするのじゃなかったなあ……。不用意な一言だったなあ……。
「ああ、ダン、おはよう。何、ずいぶん凹んでるわね。」
「おはようございます。ニシキはん、今日もええお天気で。」
「……おはようございます。メム様、バンナ様。」
昨夜のことが頭に残って、いまいち冴えない気分である。
「じゃあ、早速だけど、最後の条件をクリアするために作戦会議を始めるわよ。」
朝食後、気合満々のヘルバティアが仕切る形で会議が始まる。
「もうここまできたら、10級ランクアップ試験を合格で終えたいですね。ティア姉さん。」
ミアンも気合が入っている。
「そうね、せっかくここまで来たのだから、ここで負けてまた再試験は嫌です。ティア姉さん、ミアン姉さん。」
ミヤンは気合いが入り過ぎたのか、そう言ってテーブルを思いっきり叩く。
ドガッ
「ミヤンはん、力入り過ぎなんとちゃいまっか。」
バンナがそう言ってミヤンの入れ込みを宥める。
「まあ、分かっていると思うけど、この華束舞踏4人全員が戦うことになるから。組合本部から連絡が来るまでは各自で魔術研究や装備武器の使用して戦闘訓練やっておくようにね。」
「「はぁーい。」」
「あら、ニシキさん。どこか不調ですか?。」
返事のない俺に気がついたヘルバティアが気遣いの目で俺を見ながら聞いてくる。
「あー、いえいえ。ちょっと考え事をしていたもので。はい。」
「まあ。もしかして帰宅時に空路便に乗ってまだ乗り物酔いが残っているとか……?。」
いや、そんな事はない、はずだけど。昨夜のいさかい気味になったことが心の不調になっているとは言えないしなあ。
「まあ、話をどうぞ進めてください。ヘルバティアさん。」
「ニシキさんも重要な戦力ですから。あなたが不調だとリーダーとしても困るからね。」
ヘルバティアが心配した様子でそう言ってくれる。
「ええ、まあ。」
曖昧に言って誤魔化して、ヘビースネークとの戦いでの冷静さを欠いた状態を思い出し、精神修養の必要性を感じている。しかしどこかいい所はないものか……。禅寺みたいなところで座禅を組むか。自部屋にこもって瞑想にふけるか。
「ちょっと、ニシキさん。ニシキさん。」
「ダン、ダンってば。ダメね、目を開けて寝るみたいな芸当いつ覚えたのかしら。」
メムに頭を軽く叩かれる。
「あ、ああ。」
俺も完全に会議から意識が離れていたようだ。3姉妹の話なんてこれっぽっちも聞いちゃいない。
「どうしたのですか。こんな集中していないニシキさん、初めて見ます。」
ミアンにそう言われて、ミヤンがうなずく。
「何かあったのですか。あのヘビースネークの戦いを終えてから、いや、帰る時に空路便に乗ってからおかしいような気がするのですが。」
ヘルバティアが心配半分、怒り半分といった感じで俺を問い詰める。
「昨夜の事かしら、おかしいのは。」
メムがそう言い出すので、
「全く違います。会議中に考え事していたのは申し訳なかったです。実は、……精神修養に最適な場所がないかどうか考えていまして……。」
俺がそう言い出すと、全員の周りの空気が凍り出す。
「え、ここに来て精神修養?。」
「まさか、神官になるつもりですか?。」
「世を儚はかなんでしまった、とか?。」
ヘルバティアにミアンにミヤン、3姉妹全員が疑問符の大放出を行う。
「まさかどこぞの施設に入って坊さんになるとか。精霊神の教会などがありますけど……、ニシキはん、早まったらあきまへんで。」
バンナまでそんなことを言い出す。
「皆さん誤解しているようですが、別にもうこの冒険を終わらせて冒険者を辞めるとか思って言ってるのでは無いですから。」
多分みんな誤解している。これは説明が必要かな。
「じゃあ精神修養なんてなぜ言い出したのよ。」
ヘルバティアがそう言い出す。
「逆に精神修養ってこの世界じゃどう言う意味になるのですかね。俺がそう言い出したから皆さん誤解したような気がするのですが。」
俺がヘルバティアに聞き返す。
「ああ、ダンは出家とかではなく、禅みたいなことをしようと思ったのね。」
メムは俺の意図を理解したようだ。
「ええ、そうです。」
俺がうなずきながらメムの言に同意すると、
「ぜん、何ですかそれ?。」
ミアンがそう質問する。
ああ、やっぱりこの世界トゥーアールの人々には禅って言葉じゃわからないところがあるようだ。
「ぜん??、ミヤン、分かる?。」
「全然わかりません。ティア姉さんは。」
「私も。」
ああ、ヘルバティアとミヤンの姉妹で結果的に駄洒落を言うことになるのか。
禅というのは俺流の解釈だが、揺るがない心の落ち着きに至ることとか自分自身の主体が確立される状態と考えられており、その境地に至るまでに座禅、坐禅ともいうが、の形で修行したり滝行のように滝の水に打たれての修行をしたりして心を整えるようなことである。この世界トゥーアールだと、どういう風に言われているのかはわからないが、精神修養といったから誤解が生まれたのかもしれない。
ということで、メムと一緒に、ヘビースネークとの戦いで、俺自身が心を乱してしまい、メムがヘビースネークに呑まれた時は冷静さを失ってしまっていたこと、それがあったから、今度の推薦者との戦いの前にもう一度自分自身を見直すべきだと思って、精神修養の話をしたことを3姉妹とバンナに説明する。併せて禅についても説明をしてみる。
「なるほどです。瞑想とかで心を静かに安定させて、精神統一を図る修行をしたいというわけですね。」
ミアンが見事にまとめてくれる。その後続けて、
「じゃあ私たちもそうした方が良いかもしれないですね。何せメムちゃんがああなった時は、悲鳴しか上げていなかったのですから……。」
そう言いながら、ヘルバティアとミヤンを見つめる。
「それは……、まさかメムちゃんがね……。」
「悲鳴は上げていなかったけど、ま、まあ、魔力を使って体力も落ちていたから、動けなかったのよね……。」
ヘルバティアとミヤンが苦しそうに言い訳をしている。
「まだニシキさんの方がマシですよね。速攻で敵を倒してメムちゃんを助けようと判断して、猛攻撃を仕掛けていたのですから。」
ミアンがヘルバティアとミヤンを見つめたままそう言うが、
「でも、ミアン姉さんも動揺していたのは事実だし……。」
ミヤンがそう言い出すと、
「ええ、だから私たちもと言ったのです。ミヤン。」
ミアンは厳しめの口調でそう言い返した。
「まあ、そういうことなら、私はある意味完璧だから、精神統一なんて女神のやることじゃないしね。」
メムが偉そうにそう言い出す。本当に性格の悪さは完璧かもしれないが……。
「はあ、そうでっか……。」
バンナは少し呆れ気味にそう言ってメムを見る。
「だって、私、このメムはある意味統一された精神を持ってるから。」
「さすがメム様です。後学のためにどういう境地に達しているのか教えていただいても。」
俺が好奇心を半分剥き出しで聞いてみる。
「ダンはいい子ね。私の達した境地は楽・楽・楽よ。単純に考えればいいの。私に楽をさせよ、私は楽をして、私は楽しく生きよう。その境地に達すればそんな動揺することも心を乱すこともないわよ、……あれ、皆さんどうしたのかしら。」
「聞いた俺がバカだった、と今つくづく思っています。」
メムは本当に腹の立つ境地に達していやがる。
「ねえ、ダン。何か冷ややかな視線を感じるのだけど。」
「ええ、そうでしょうね。今の俺の境地はメム・即・殴打ですからね。」
俺はそう言ってしっかりゲンコツをメムに入れる。バンナがメムの尻尾を突つく。
「いやーっ、ごめんなさい、ごめんなさい。ちょっとおふざけが過ぎました。」
メム自身がおふざけと認めたことでバンナがより尻尾を突っつく。
「メムはん、あんた、最低だ。」
と言いながら。
俺がさらにメムにゲンコツを追加しようとする。
「はいはい、もういいかしら。」
ヘルバティアがそう言って俺とメムとバンナを押し留めて、
「やっぱり、こんな状態で精神統一なんて、無理ありすぎな修行よね……。」
ミアンがガックリとしながらそう呟いた。




