18話
ノビス王国の南区。西区と同様に商業施設が多いが、一つの違いとして、歓楽街として役割を果たしている。飲み屋が溢れ、簡易的な宿泊施設も兼ねている。男娼、娼婦も至る所で客を漁る。南区はそういう街だ。当然ながら治安も悪い。
治安が悪いからには、国も治安維持の為に兵を厚くするのだが、期待するような効果は出ていない。懐柔されてしまい、悪利用されることも少なくない。南区の舵取りは、国の手からすでに離れていると言えるだろう。
鳴り止まない喧騒。日常的に起こる刃傷沙汰。怒号と嬌声。欲望に塗れた性と金。それら全ての活気が南区の誇りだ。辛気臭い顔は似合わない。
今回の物語は、この南区が中心となっていく。
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「……どうしてこうなった」
「……私に聞くな」
ニコラスとハリムは、げんなりとした顔を見合わせて、お互いに愚痴を零す。
ハリムの近くには絶えず女が付き纏い、ニコラスの近くには男が入れ替わり立ち替わりに寄ってくる。
「綺麗な金髪に切長の目。それに逞しい身体…貴方なら“ただ”で良いわよ」
「細身の癖に出るところは手頃にあるなぁ…それにその赤髪。唆られるじゃねぇか。おい5万ルドーでどうだ?」
と、盛ってくる相手を無視してきたが、そろそろ煩わしく感じている。西区にはない厄介さに早速見舞われ、先が思いやられる。
「この辺りの顔役を知ってるか?」
ハリムが飲み屋の店主に聞く。
「おい、色男。ここを何屋だと思ってる?」
「……エール2杯だ。それで教えてくれるか」
「エール4杯だな、ちょっと待ってろ」
店主と話している間も、付き纏っている男女がそれぞれに声を掛けてくる。渡されたエールを男女に渡し、ハリムが手で追い払う。十分に離れたところで、再び店主に向き合う。
「生憎、仕事中だからな。でも商売には貢献したろう」
「いけ好かねぇ野郎だな。……ほら。この通りに行きゃあ、ミドに会える」
「了解、ミドだな。恩にきる」
エール代よりも少し多いルドーをカウンターに置き、二人は店を出る。
紙に書いてあるのは、簡単な地図と“殺されても恨むな”と言う一言が添えられていた。案外、甘い店主だったのかもしれない。生きていれば今後も贔屓にしようとハリムは目論む。
ニコラスがハリムが持っている地図を横から覗き込む。急に近づいたニコラスの顔に、ハリムは多少動揺するが、髪の毛から漂う甘い匂いに違和感を覚える。
「ニコ、もしかして香水を付けているのか?」
「ああ、エリザからの忠告でな。大人の女性は付けるのが普通らしい。……変か?」
「いや、変ではないな」
角度的にニコラスから上目遣いで見られる形になり、ハリムは顔を逸らす。香水も女性として意識させられ、ハリムの心臓が高鳴っている。
「ん、あそこを曲がればすぐだな。よし、行くか」
「……ああ」
ニコラスが先導していく。その後ろ姿を見ながら、ハリムは頭を軽く掻きながら苦笑を浮かべるしかできなかった。
一方でニコラスも、名前を付けず、奥にしまったはずの感情が顔を出しそうになっていた。ハリムが匂いに気付いたことを嬉しく思えてしまう。変ではないと、照れながら言われたことを嬉しく思えてしまう。ニコラスもまた、平静を装い、顔を見られないように、ハリムよりもわざと先を歩く。
少し歩けば、地図の場所と思われる場所に着いた。しかし、店や家ではなく、どう見ても倉庫でしかない。何かしらの偽装としての姿なのだろうが、それは偽装をする必要があるということだ。堅気ではない。
面倒ごとの匂いを嗅ぎ取り、ハリムは溜息を吐く。反対にニコラスは、いつもと変わらずにいる。緊張する様子もない。その調子でニコラスが扉を開けようとするのを見て、慌ててハリムが止める。
「裏から音がする。開けたら襲ってくるな」
「そうか」
ニコラスがハリムの言葉に、一言だけ返事をしながら扉を開ける。扉に隙間が出来た瞬間に、暗い空間から槍が飛んでくる。何事も無いようにニコラスは槍を躱しながら扉を乱暴に蹴って開き切る。
開いた扉の向こうに、陽の光が差し込む。中には、先ほど槍で突いてきた男と、剣を担いで睨んでいる男。それに加えて、普通としか形容しようのない女がいた。
「何の用だ」
槍を構えた男が言う。
「ミドという顔役がいると聞いた」
「で、何の用だ」
間髪入れずに男が用を聞く。聞きながらも、いつでも突いてくるような気配を発している。ニコラスも気を抜かずに、集中を高めていく。
「これじゃあ話すものも無理だろう、一旦そいつを下ろしてくれ」
そうハリムが告げると、槍を構えた男が女を一目見て、槍を下ろす。それを見てハリムが一息付く。が、次の瞬間に女がハリムに向かってナイフを投げた。しかし勢いは弱く、避ける必要もなく、そのまま壁に突き刺さる。しかし同時に槍の男が最低限に構え、ニコラスに向かって槍を突くのが見えた。
「ニコ!」
助言の暇はなかったが、ニコラスは問題なく躱す。読んでいた。槍を引く動きに合わせて、ニコラスも前に出る。男の懐まで入ると、男は柄を短く持ち、小回りを利かせて打ってくる。ニコラスはその腕を掴みながらしゃがみ込み、そのまま男の勢いを利用して、背中から床に叩き付ける。
それでも男は槍を手放さず、瞬時に跳ね起きる。だが、肺を打ったのだろう、呼吸が満足に出来ずにいる。それでも闘志を保ち続ける男に応えるように、ニコラスも構える。
「ニコ、これ使わせてもらえ」
緊張が高まるなか、ハリムがニコラスに向かって、壁に刺さったナイフを抜き取り投げる。少し不満げな顔をニコラスはハリムに向けるが、すぐに意識を男に向き直す。
ナイフを構えず、無防備に槍の男に近づいていく。しかし男は動けずにいた。どこに槍を向けても、芯をずらされ続ける感覚。静かに重圧がのしかかる。
「そこまで。悪かったな」
初めにナイフを投げた女が、降参の意を示すように、手を挙げながらニコラスに声を掛ける。ニコラスもナイフを手放し、床に落とすことで、ここまでにするという意思で答える。
「私がミドだ。で、何度も聞いて悪いが…何の用だ」
特徴がない普通の女、ミドの一言で新しい物語の幕が上がった。




