19話
ハリムとニコラスが南区へ行く数日前……
「なんで商会に入らねぇんだ、ニコ」
デネブがニコラスに問う。
「麻薬の件を気にしてるんだったら、ありゃあ、ハリムが異常なだけだ。気にする必要はねぇ」
「そういう訳じゃない。ただ、明確に距離は取っておいた方が良い。そう感じたんだ」
「それが納得出来ねぇって話なんだがな……」
「すまんな」
素直にニコラスに謝られれば、これ以上の無粋な追求はデネブには出来ない。デネブは頭を掻きながらムスッとした顔を見せ、それ以上は言わなかった。けれど、その様子をニコラスは見て、観念したように溜息を吐く。
「……私には国をどうこうするって話は大きすぎるんだ。もっと身近な人たちを守りたい、そう気が付いた」
「そんなんで商会の仕事に絡むのは、納得出来んのか」
「もちろん。ハリムやデネブが困っているならな」
デネブはニコラスの言葉に、ふん、と鼻を鳴らして会話を終わらせた。照れ隠しなのは分かっている。そんなデネブを見て、ニコラスは小さく笑う。
「そろそろ店開けるぞ。準備は出来てるか」
「ああ、いつでもいいぞ」
夕食の時間帯である上に、酒を呑みに来た客が外で待っている。デネブ食堂の評判は良く、常連も多い。愉快な話を持ってくる客もいる。不快な目を向けられることもあるが、嫌な客ばかりではない。ニコラスは向いていないと思えた接客を、いつの間にか楽しめるようになっていた。
――――――――
夜、閉店間際にハリムがデネブ食堂を訪ねてきた。
「よぉニコ。久しぶりだな」
ニコラスがハリムに会うのは訓練兵を卒業して以来だった。
「そっちの仕事は忙しいみたいだな」
「ああ、今日もその用事だ」
と言いながら、ハリムはデネブに目配せをする。デネブはジョッキに酒を注ぎ、簡単な味付けで焼いただけの肉料理を添えて、カウンターテーブルに置く。
「しんどかったか?」
「いや。思っていたよりは平気だな」
「それはそれで心配だがな」
「とか言いながら肉を出すのか」
ハリムとデネブがお互いに毒付くような皮肉を言い始める。二人にとっては挨拶みたいなものだなと、ニコラスは片付けに戻ることにした。
片付けはしているが気にならない訳ではない。意識して聞き耳を立てる。だが、聞こえてくるのは、意味のなさそうな会話のみ。つまらないな、とニコラスは溜息を吐く。それをデネブは見逃さずにいた。
「ニコラス、もっと隠れて聞け。聞いていますって丸わかりだ」
デネブがそう言い、ハリムが喉を鳴らして笑う。知らずの内に試され、揶揄われていたことを知り、ニコラスの顔が赤くなる。持っている箒を投げつけたくなる衝動に駆られるが、武器として使うならば投げるよりも突く方が良い。そう考えたら冷静になれた。
「早く来いってことだ。ニコも聞いてけ」
「……商会の仕事だろう?」
「ニコには聞く権利がある。だよな、デネブ」
デネブが頷く。それならとニコラスも椅子に座る。
「ダラスは覚えているか?」
「ああ、意味深に出ていって、すぐに捕まった馬鹿な男だろう」
ニコラスの言葉に棘があるのは、失態を犯した上、鬱憤があるからだろう。
「その馬鹿な男から聞き出したんだが、ここ最近の帝国絡みの多さは南区が手引きしてるってことだ」
「南区か。ちょっとばかり厄介な場所ではあるな」
デネブが苦い顔をしながら呟く。
「ただ、南区が侵入元なら腹も落ちやすいな」
「そうなのか」
「あそこは特殊だからな。国も手が出しにくい」
カラン、と扉の鐘が鳴り、ボーラスが入ってくる。椅子に座るなり、デネブに指を立てて酒を注文する。出された酒をぐいっと一口で飲み干し、デネブの続きを話し出す。
「あそこは金が動くからな。美味しい思いをしてる奴もいる。下手な介入は出来んな」
「同感だ。潜ったままどっか行っちまったのもいる」
ぬぅ、と唸るデネブ。ニコラスは南区には行ったことはない。行く用事もなかった。それでも治安が良くない噂は聞く。ハリムはどうだろうかと、ニコラスはチラッとハリムを見るが、驚いてる反応からして、ニコラスと似たようなものだろう。
「だからと言って、この機会を逃すのはなぁ……」
「で、だ。ハリム、ちょっと行ってみるか?」
指名されたのが意外だったのか、困惑した顔でハリムが反応する。
「俺、ですか。てっきり“影”が行くかと」
「あいつは南区とは相性が悪い。それに、お前にとって良い経験になるさ」
「分かりました。それならやってみます」
ハリムは迷わず了承する。任務ならば当然なのだろうが、厄介な事案を任された嬉しさもあるのだろう。やれやれという顔を浮かべながらも、どこか浮き立っている顔を、ニコラスは見抜く。
「もう一人はどうする。一人で潜るって訳にも行かんぞ」
「そうだな。何処かにいないもんかな。ハリムが信用出来て、女で、それに腕が立つ奴は」
ボーラスがチラッとニコラスを見る。
「おい、ボーラス。そんな都合が良い奴いる訳ないだろう。そんな奴がいればとっくに声を掛けてるさ」
デネブがチラッとニコラスを見る。
「そんな奴がいれば、自由に誘って良いからな」
と、今度は二人でハリムを睨む。観念したかのようにハリムがニコラスに声を掛ける。
「という訳だ、ニコ。久しぶりに仕事の依頼だ」
「了解した……ふふ」
突然始まった茶番に、堪えきれずにニコラスが吹き出す。それを切っ掛けに、声を出して笑い出す面々。こうして、ニコラスとハリムは南区へ潜ることになった。
――――――――
「……という訳なんだが、なんか知ってるか」
ハリムが状況を正直にミドに伝える。ミドは表情も変えず、じっとハリムを見る。
「なんだお前ら。そういう“仲”か」
「いや、違うな。“まだ”な」
「はん。まぁどうでも良い。それで帝国絡みか」
ミドは軽く流す。元より深く聞く気もないのは分かる。ハリムも適当に投げ返しただけ。一人、驚愕した顔でハリムを見るニコラスも放っておかれ、話が進む。
「探るのは自由だが、つまらんことには目を瞑ってくれりゃ助かるな」
「了解だ、帝国絡み以外は何も見ない。それと、変な粉が鬱陶しくて敵わんが、なんとか出来ないか」
「金髪と赤髪には手を出さないように伝達しておく。他にあるか?」
「ないな。助かる」
リズム良く話が進んでいき、そのまま終わる。終わったことに気が付かなかったニコラスは、そのままハリムの後に着いて倉庫を出た。
「もっと聞けば良かったんじゃないか」
「いいや、あれ以上聞けば、警戒してくださいって捉えられるさ。ミドって女、なかなか頭が働くな」
「そういうもんか」
ニコラスはなんとなくの納得を示す。駆け引きの部類はハリムの得意とするところ。任せておけばいいと考えている。
こうして南区の調査が始まった。




