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17話

 契約労働者のノジムは、半信半疑でいた。あの男の言う通り2日待った。その結果が今、目の前に書かれている。


 契約労働者のノジムは、半信半疑でいた。あの男の言う通り2日待った。その結果が今、目の前に書かれている。


「上からのお達しだ」


 屋敷の使用人から一枚の紙を渡される。契約労働者の仲間には、文字が読めない者も多い。ノジムが代表して、紙に書かれている文字を読むことになった。


 そこに書かれているのは、「労働時間を明確に定める」「適切な休憩を設ける」「適切な賃金を保証する」「休暇日を作る」。要約すれば、この4つであった。


 読んでいる間に、ノジムは涙を零した。念願だった。もう一度、人として認められたかった。それを誰も死なずにやり遂げた。涙が溢れるのも当然だった。


 仲間たちは泣き出したノジムを心配する。その心配もいずれ歓喜に変わっていく。


――――――――


 ハリムとニコラスは屋上にいた。今回の事件の後片付けも終わり、ようやく落ち着いた二人である。お互いの報告ついでに屋上で待ち合わせることになった。


「ボーラス様には伝えたよ。商会には入らないと」


「そうか。なんか言っていたか?」


「残念だ、それだけ」


 ハリムはニコラスが商会に入る意思はないと、ボーラスに伝えていなかった。そんな時間を設けることも難しかったこともあるが、なんとなしにニコラスからボーラスに伝えた方が良いと思ったからだ。


 とも思っているうちに、先ほどボーラスがニコラスを訪ねてきた。ハリムの意図も汲んでくれているのだろう。ハリムはその場に居合わせずにいた。余計なお節介を受けた気分にはなる。


「ボーラス様は、私に商会で何をさせたかったのだろう」


「潜入と戦闘要員だ。特に女は少ないからな」


「そうか。そういう組織には、女の需要はあるんだな」


「そうだとは思うが……ニコ。何か考えているのか?」


 ニコラスの言い方に、ハリムは何かが引っ掛かっている。実際に女の需要は高いだろう。自然に潜入先の一部になるような技術は女は一流だ。男にはない技術を日々の生活で養われているのだろう。


 だが、それがニコラスとなると、話が見えないでいる。ニコラスが女の技術を積極的に使うのは、想像が難しい。


「今回の件で身に染みた。私は女だ。男に生まれたかったと思うこともあったけど、女なのは変わらないんだ」


 そう言いながらニコラスは苦笑いを浮かべ、言葉を続けていく。


「良い加減向き合わなければとは思っていた。けれど先延ばしにしてしまった。それが私を中途半端にいさせたのかもしれない」


 ハリムは何も言わずに、黙って聞き続ける。


「だから、まずは女としての自分を認めようと思うんだ。女としての武器も活かせるなら活かす。使えるものは使う。それが私だ」


「そうか」


 今までなら、“十分に女性だと思うが”、などの戯言が続いた。けれど今となっては、その戯言は戯言ではなくなってしまった。それがハリムにはもどかしく、寂しくもある。


「ハリムはこのまま商会として、活動していくのか?」


「そうだな。なんだかんだで居心地が良いからな」


「居心地で決めるのか。ハリムらしくないな」


「俺も変わることくらいはあるさ」


 ニコラスと同じように、ハリムは自分の弱さや不器用さを受け入れることにした。自分が成したいことを成すために、自分に正直であることが必要だと分かった。国の改革をしたい。その改革の中心でいたい。そのために、我を通していく。


「ニコはどうするんだ?」


 もう訓練兵は卒業になる。このまま正規兵になる者がほとんどだろう。配属先によっては、暗部のハボリム商会の隊員として、気軽に会えなくなる。商会にニコは入らない今、就職先が気にはなっている。


「一応は考えているが…」


 歯切れが悪い。


「ボーラス様にも先ほど相談はしたのだが…」


 そんな話は聞いていない。


「このままデネブ食堂で働こうと思っているんだ」


「ん、給仕としてか?ニコが?」


「ああ。そこで修行をしつつ、いずれは傭兵になるつもりだ」


 話の脈絡が掴めず、ハリムは困惑する。給仕になって食堂で修行。なぜそれが傭兵に繋がる。ニコラスには説明を面倒がる癖があるとは思っていたが、どうにも話し下手なのではと、ハリムは疑い出した。


「すまん、ニコ。俺の理解が足りない。端折らずに説明をしてくれ」


「いや、デネブ食堂で働いていれば、きっと君が来るだろう?そうすれば商会の面倒ごとを仕事として、私に依頼するじゃないか」


「なんで俺が来る前提なんだよ」


 堪えきれず、ハリムが喉を鳴らして笑う。


「いや、ハリムは来るさ。君が頼れるのは、私ぐらいだろう?」


 ニコラスらしい軽い嫌味だ。この質の冗談はハリムは嫌いではなかった。


「そうだな。精々頼らせてもらうか」


「これからもよろしく。ハリム」


 そう言ってニコラスが手を差し出す。


「……ああ」


 ハリムが差し出されたニコラスの手を握る。意識して思うのが、随分と小さな手だった。普段は人を投げ飛ばす凶器ような腕だが、このまま引っ張って、身体ごと抱きしめたいと、邪な考えが頭に過ぎる。


 だが、それはしない。今はまだ、ニコラスへの想いは胸に秘めるべきだ。混乱させてしまうだろう。だが、いつかは……。そう考えれば、邪な考えは消えていった。


 手と手はすぐに離れた。だが、心は確かに近づいた。今はそれで良い。ハリムはそう結論付けた。望む物は全て手に入れる。ゆっくり手に入れるものがあっても良い。今はただ、この関係が心地いい。

 

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