第9話 身分違いの恋は、非常時にこそ芽生える……らしい
「魔龍皇が地下要塞に向けて凶霊龍を送り込むとなれば、〈最終防衛地点〉として王家の森の中に精強な番兵を配置しておく必要があります──と言いますのも、敵が主力兵器の猛焔弾を放つにせよ、分厚い装甲板で護られた要塞の天井部を損傷させるには限界まで接近せねばならぬからで、むろん空の護りを託された巨鳥軍団もおめおめとそれを許すことはないでしょうが、ビラドが駆使する鏡晶珠をも叩かねばならぬ以上、最悪のケースとして想定しておかねばなりません。
では、防衛隊巨鳥部隊長のラワート、そして力猿を扱わせれば隊内随一のルコリトと連携して迎撃作戦を遂行すべく、わたくしはしばらくの間【瞑闘室】に籠もらせて頂きます──それではパレルよ、王が的確に戦局を把握されるか否かはおまえの腕にかかっておることは理解しておろうな……頼んだぞ」
かくて立ち上がった筆頭聖獣師は、深々とゼトゥスに一礼すると流れるような足運びで退室して行った。
「ついに王家の森が戦場となり、穢らわしき業火に焼かれる日が来ようとはな……」
両腕を組みつつ瞑目し、深く背凭れに身を沈める新国王を、背後から憂わしげに見上げる戦景眺映士は、心中でひたすら呪文のごとくこう繰り返していたのである──
『あたしの鏡晶珠だって、魔龍皇には敵わないとしても一匹の巨鳥に負けないくらいの働きはできるのに……!』
しかし何よりも気がかりなのは、愛剣を振りかざして凶霊龍に立ち向かうというゼトゥスの宣言である。
『もちろん師父様と防衛隊の方々が決してそんなことにはさせないと思うけど……もし国王様が強引に御出陣なさるようなら、あたしが身命を賭してお止めしなければ……!
そうよ、たとえどんな手段を使っても……!!』
されど悲壮な決意とは裏腹に、今年16歳になるパレル・ラツォーロの碧い瞳はあたかも恋のときめきに浮かされたかのごとくうるうると潤み、両頬は先ほどよりも更に濃い紅に染め上げられるのであった……。
✦
「──これで空の大掃除はつつがなく完了した。
いよいよここからが本番だ、ニミルドがみごとにガドゥアを仕留めたからには、我々もこの勢いに乗って後継者のゼトゥスを葬り、一気呵成に聖門王国を攻め落とさねばならん。
ウォセメルよ、場合によってはべジュネオスも必要になるかもしれん……準備しておけ」
「──はッ!」
したり顔で頭を下げた女龍氣師は聞き取れぬほどの小声で〈召喚呪文〉を唱え始め、精神的に更に追い詰められた当番のイヴェロイ・ドゥヌバは、今にも叫び出したい衝動を必死に押し殺しつつ、心中で燃え上がらせたドス黒い殺意の焔をひたすら14体の凶霊龍に注ぎ込むことしかなかった……。
「──ほほう、どういう風の吹き回しだ?
ここ最近はまるで鳴りを潜めていた闘志と殺気を全身から立ち昇らせておるではないか……うむ、余の檄に応えて眠れる獅子がようやく覚醒したようだな。
だがイヴェロイよ、様々な面において気付くのが遅いぞ……ふむ?その表情では、余が何を言っておるのか全く理解できておらんようだな──ならばハッキリ指摘…いや宣告しておくか、勝手に最強龍氣師と自己認定していたキサマの実力は既に後輩二人に追い抜かれていることをな……!」
「──ッ!?」
最も恐れていた一言を浴びせられた最古参幹部は文字通り雷に撃たれたかのごとく硬直し、それは直ちに群龍軍団の進行速度にも影響を与えたかのようであった。
当然ながらズザ・ビラドの視線はこの現象を目敏く捉え、酷烈な言葉は更に続く。
「──命懸けの決戦を前にしてすら余の話を得手勝手に解釈して動揺しきりとは、何と脆弱な精神よ……。
どうやらオマエはもはや龍氣師としての根本的な矜持と心得を完全に喪失しつつあるようだな。
そしてその理由を余は知っておる。
──キサマは嫉妬しておるのだッ!かつて我が寵姫であったテュセリーの心を奪ったニミルドにッッ!!」
この断言によって最も衝撃を受けたのはもはや火ダルマのイヴェロイではなかった──魔龍皇の背後に立つ、ピンク色に彩られた美女であったのである!




