第84話 さらば紅蓮の森よ③
真紅の狂魔人の最期を直接見届けたわけではないが、魔少年はむろんハッキリと自身の勝利を認識していた。
されどその代償は軽いものではなく、全身に張り巡らしたサイコバリアは念撃殺法と並行して行使したためにダゴード渾身の高熱攻撃を3~40%しか防ぐことができず、愛用の翡翠色の上衣(もちろん単なる外出着ではなく、戦闘服としての機能と堅牢性は備えている)の右袖は肘のあたりまで黒焦げとなり、激痛を堪えて捲り上げてみると、敵が狙った炭化こそ免れていたものの痛々しいまでに赤く爛れていた。
「やれやれ、まるでアイツの皮膚の色が焼き付けられたみたいだな……だが人工生命体による呪詛なんざ笑い話にもならん……」
唇を噛み締めながら絞り出された悲痛な凱歌に被せるように仮面の絶対者が讃辞を述べる。
「さすがは将士団が誇る最強念殺士、見事な戦いぶりであった──手負いとはいえあのサイズでは間違いなくルヌラリア屈指の怪物をかくも鮮やかに葬ってみせるとはな……!
されどその火傷がもたらす苦痛はかなりのものであろう、これからすぐにバラム(星覇獣国が誇る無資格の天才万能医)の治療を受けるがよい。
余もあの円盤を撃墜した後本日の戦闘は打ち止めとする。
何しろ瀕死のガデラズを辛うじて死から救ったグローメズは既に力尽き故郷へ送還されてしまっておるゆえ、とりあえずべジュネオスに託してメアロックへ搬送し、ラフォーデから(機獣剛身化)手術のメソッドを遠隔通信で一通り伝授されているヂャベドの手に委ねねばならんからな……とはいえ奴はあくまで創獣師であり、自慢の研究室も人体改造に適応できるものではないゆえに、施せるのはあくまで応急措置に留まり、その後は再び凶霊龍によって本拠地へ運ばせることになるが。
加えてあの聖獣をこの島まで空輸するのにも複数の散躰が必要であるからな……」
盟友の命を救う手立てが他に無い以上、その一縷の望みに賭けるしかない──深傷を負った右腕をダラリと垂らし、たまらぬ疼痛に端正な顔を歪めながらコクリと頷いたシェリス・エルアーは、深々と頭を下げてから龍眼の間を後にしたのだが、幹部用昇降機が使用中であることに微かに驚き、残り2ヤーンほど近付いたところで開かれた扉から瀟洒な薄桃色のチュニックをまとった素顔の女性が出現したのに目を丸くする。
「テュセリーさん……」
むろん職場ともいうべき魔龍閣最上階へ彼女が足を踏み入れるのに何らの不思議もないが、目下展開中の烈しい戦闘は星覇獣国きっての超戦士である彼女の最愛の恋人をもあっさりと呑み込んでしまっており、おそらくその事実を未だ把握してはいないはずであった……。
「シェリスさん……ど、どうなさったのその酷い火傷!?」
菫色の美しい双眸を大きく見張りながら駆け寄る相手に懸命に作った微笑を向けつつ、緑衣の魔少年は努めてとぼけた口調で韜晦する。
「いやあ、ちょっとばかり骨のある相手とやり合いましてね、一応ソイツは仕留めたんですがくたばる直前にガブッとやられまして……どうやらよっぽどハラが減ってたとみえますねェ……」
もちろん彼女の表情はこわばったままで、「一刻も早く治療しないと……あたし【医療塔】まで付き添いましょうか!?」と年下の念殺士の丸められた背中に右手をそっと添えながら昇降機に向き直ろうとする。
「いえいえ、どうかおかまいなく……大丈夫ですよ、すぐそこですから。
お気遣い感謝致します……じゃ、また後ほど」
話題が自分の負傷に留まっている間にこの場を去りたいという切実な想いを如実に察知したため、やむなくボタンのみを操作してやり「……お大事にね」とだけ声をかけたテュセリーであったが、伏し目がちなシェリスの表情から恋人の身によからぬ異変が起きたことをはっきりと確信させられたのであった……。
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大きく深呼吸し、眦を決してから首領が座す空間へ再来した美しき念殺士は、震える声で入室を告げ扉が開かれた刹那に最強龍氣師が不在であることにまず驚愕したが、しずしずと背後から接近する中でいやでも目に飛び込んでくる闘示盤の映像に息を呑む。
『王家の森が……燃えている。
そして魔龍皇様が操龍されておられるのはべジュネオス……!
け、けれどあの人のグローメズの姿はどこにも見当たらない……い、一体彼の身に何が起きたというの……!?』
まさに気も狂わんばかりの煩悶の渦中にある寵愛の対象に、ズザ・ビラドは楕円形の画面に見入ったまま事も無げな口ぶりで告げる。
「……おおテュセリーよ、休息中であったというのに呼びつけて悪かったな。
さて、聖門王国との本格開戦の初日の夜も更けたわけだが、つつがなく予定通りの戦果を挙げることができたようだ……。
ところでさっきから余はノドが渇いてかなわんのだが、何か忘れてはおらんかな……?」
ハッとした美女が慌てて壁際の豪奢な酒棚に走り、首領の常用酒を満たした赤黒い六角瓶と黒水晶の杯をワゴンに乗せて戻るが、酌をする両手は大きく震え、あろうことか分厚い漆黒の最高級絨毯に飛沫を散らしてしまうありさま……。
「一体どうしたというのだ、顔色が悪いぞ?
まさか、シェリスとは異なり強力な心眼の所有者であるはずのおまえがニミルドの消息を摑めておらんというのか……?」
わざとらしくフーッと嘆息した仮面の絶対者は、なみなみと満たされた魔酒を一息で飲み干すと、空になった杯を突き出しながらこのように宣ったのだが、その声色は隠しきれぬ喜悦の響きを帯びていた。
「困った娘だ……いかに優れた能力を天与されようと、意識して用いることなくば宝の持ち腐れどころかやがて喪失してしまうことになるというのに……。
ならば仕方がない…今回だけは特例として余から伝えてやるが、愉快な話ではないゆえしかと覚悟して聞くがよい。
──あやつは敵に寝返った。
いやそれは正確ではないな、元より彼奴は闘主によって送り込まれた間諜であったのだ。
むろんボロを出さぬため記憶は一時的に消去されていたようだが、おそらく龍氣師となった時点で完全に覚醒したと思われる……したがってネウェスとの息詰まる死闘も実態は仲間同士の馴れ合いに過ぎず、事実あれほどの献身を受けておきながら、まさにおまえの失神を待っていたかのように突如出現した味方の宇宙機に意気揚々と搭乗して忽然と姿を消してしまったのだよ……おおっと」
あまりの精神的衝撃に耐えきれず再び意識を失い、のけ反り倒れようとする寵姫を支えるために開戦後初めて玉座から立ち上がった星覇獣国首領は、その鋼のごとき腕にかぐわしい美身を抱きしめつつ、心底から満足げに含み笑うのであった……。




