第85話 さらば紅蓮の森よ④
失神したテュセリーをためらうことなく玉座に倚りかからせたことは、彼女が魔龍皇にとっていかに特別な存在であるかを如実に表していたが、この光景を将士団の面々が目の当たりにしたなら一人残らず言葉を失ったに違いない──何しろ鎧刃部隊に命じて霊法光星随一の椅子職人と衆目が一致する黒鳳帝国皇帝お抱えの巨匠・アロナクを魔島に拉致し、およそ2ヶ月も拘束して自らの直接監視の下、ようやく完成に至った逸品なのであるから。
むろん匠にはその入神の技にふさわしい報酬と歓待で応じ、無事本国に送り届けたものの、霊法光星随一の魔導師との息詰まるやりとりは既に老境にあったアロナクの心身にとてつもない負荷を強いたものとみえ、帰国後わずか半年にして帰らぬ人となってしまったのであった……。
一方、宿望を果たした魔龍皇は大いに満足の体で、文字通り朝から晩までこれに座して配下に号令しつつ宿願である聖門王国制圧に向けて邁進していたが、巨匠逝去の報を受けてますます〈最後の逸品〉への愛着を深め、“たとえ霊法光星の覇者となろうとも、新たに玉座を作らせるつもりはない”と断言したほどであったのだ──したがって誰にも一指をすら触れることすら許さなかった漆黒の座にテュセリーを座らせたということは、つまり……!?
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この世のものならぬ魔界風景を映し出す闘示盤を前に仁王立ちとなったズザ・ビラドは、秘蔵っ子の退場と寵姫の登場という幕間劇によって中断されていた戦法に再び取りかかろうとしていた。
「テュセリーが生き残った4体の散躰を見つけられなかったのもムリはない……なぜなら奴らは円盤がべジュネオスと交戦している間に2つの渦呪螺を完成し、巨大な死の風車となって猛回転している最中だったのだからな……!」
かくて凶焔に焦がされる天空から急降下してきた一対の渦呪螺は、分離することなく重なったままで円盤の屋根への激突をもくろんだようであったが、単体による場合の三倍以上となるこの攻撃を受けたなら謎の宇宙機は撃墜どころか消滅一直線であろう。
されど闘主軍の秘密兵器はまたしても、もはや常套手段と化した危機回避策、つまり瞬間移動によって窮地を脱しようともくろんでいるらしかった。
「あいかわらず小癪なマネをッ!
しかしそんな小細工は余には通用せんぞッッ!!」
珍しく感情を露わにしつつ、黒い爪が光る指先を画面に突きつけた魔龍皇は「撃てえぇぇッッッ!!!」と絶叫し、9体(既に3体は怪円盤に仕留められていた)のべジュネオス散躰は一切発射した9つの猛焔弾を1個の巨大火球となして、首領がおそるべき透視力によって予期したポイントへと撃ち込み、みごとに命中させたのである!
「──バッ、バカなッ!?ど、どうしてそこにグローメズがおるッッ!!??」
まさしくその刹那、紅の円盤が占めていたはずの空間にはあろうことか重なり合ったままの渦呪螺が飛び込んで来、さしもの合体破壊波動も格上の凶霊龍による必殺弾を阻止すべくもなく無効化されるに留まらずその身も爆裂させられ、たちまち龍魂素界への強制送還を余儀なくされたのであった……。
一方の怪円盤は、先ほどの渾身の放撃によって臙脂色の群龍どもが文字通り精根尽き果てた(この一撃によって勝負を決めるつもりであった魔龍皇は呵責なき全エネルギー放出を命じていたのだ)のを狡猾なまでに見抜いており、再び真紅の稲妻となってまるで愉しむかのように気息奄々の散躰を屠ってゆくのであった。
「……な、なぜ余の読みが外れたッ!?
そ、そしてどうしてあそこにグローメズがッ!?
ま、まさか余の意思をも凌駕するコントロール波が怪円盤から発せられたとでもいうのかッ!?
と、ともあれこのズザ・ビラド、これほどの恥辱を味わわされたのは一体いつ以来か記憶にもないわッ!
よってこれを雪ぐ術はただ一つ、分身たる超凶霊龍を降臨させるしかないッッ!!」
両拳を固めてワナワナと全身を震わせる星覇獣国首領は部下たちの前では微塵も見せることのなかった動揺の虜となり果て、ついに切り札投入に踏み切ろうとするが、それを待ち構えていたかのごときタイミングで楕円形の画面に未知の人物が浮かび上がったのだ!
「──キ、キサマは何者だッ!?」
闇空を乱舞する宇宙機と、先刻散った狂魔人とは対照的に、全身を青一色に彩られた美青年……ウエーブのかかった肩にかかる艷やかな長髪も流麗な眉も、身にまとった典雅な軍服のごとき装いも全てが凝視するほどに魂が吸い込まれそうになる瑠璃色であり、双眸までもが青硬玉を彷彿とさせる神秘的にしてどこか危険な輝きを帯びている。
「──それではお求めに応じまして自己紹介させて頂くとしましょうか。
私は闘主軍ルヌナリア侵攻戦団総司令官・オルツェムと申します。以後お見知りおきを……」
と、ここでなぜか俯き加減となってふふふ、と不敵に含み笑った若者は、顔を上げると氷のごとく冷ややかな眼差しでズザ・ビラドを直視しつつ、事も無げにこう言い放ったのであった。
「……とはいえ貴殿とは短いお付き合いになりそうですがね。
なぜならば、我々が真の敵と睨んでいるのは新世代の龍氣師…つまりあなたの後継者なのですから……!」




