第81話 真紅の魔人、驚変す!⑤
史上最悪の災厄に見舞われた王家の森にもそろそろ夜の帳が降りようとしていたが、各所に転じられた焔は今や凄まじい業火となり、濛々と舞い上がる煙と相俟って天空は普段の燦々たる星々の煌めきなど望むべくもない地獄色に染め上げられていた。
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跳撃獣兵は地面に崩折れた野人聖獣師が絶命してからもいっかなその毛むくじゃらの躰から離れようとしなかった──なぜならば、ここから彼の夕餉が始まるのであるから!
分泌される唾液の強烈な溶解力は不幸な獲物の顔面をみるみるゲル化させ、そのドロドロの肉汁をジュルジュルと啜る白い巨蛙の灰色の眼球はこの上ない至福に烟っているかのようである……。
「ふふふ、久方ぶりにありついた馳走だ、じっくりと時間をかけて心ゆくまで堪能するがいい……」
こう呟きながら背後を振り返り、燃え上がる樹木からのそれとは比較にならぬ濃度の黒煙が噴き上がるのを見上げながらニンマリと唇の端を吊り上げる隻腕の狂魔人。
「クッククク……実によく燃えておるわ。
これであの愚かな侵入者も甲冑の残骸のみを残して跡形もなく消え去ったであろう。
平時ならまだしも、史上空前の緊急事態下においてオマエごときの相手をしておられるほど私に課せられた責務は軽くはない──そう、国王様と更に頭上に位置する闘主様によって“聖門王国の守護神”としてあらゆる国難を調伏すべく宿命づけられているのだからな……!」
こう独りごちながら紅蓮に染め上げられた上空を見上げたダゴードは、あたかも何らかの意思を表明するかのように右手を高々と掲げる。
「たとえ響鳴石を失おうとも、我が専用宇宙機召喚を阻止するのは断じて不可能──この由緒ある神域を灰燼に帰さしめた凶霊龍どもと、畏友・ナージェム師を死に至らしめた魔龍皇直属であろう巨大凶霊龍だけは我が命に代えても誅戮してみせるぞッ!
──さあ来い【紅の無敵円盤】ッッ!!」
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突如として地下要塞を襲った大爆発によって侵入した残り2個の鏡晶珠は否応もなく消滅し、魔龍閣最上階・龍眼の間に据え付けられた闘示盤は忽然と暗転するのを余儀なくされた。
「な、何ということだ……!
た、たしかに総員脱出が果たされた以上いつ自爆してもおかしくはないが、王家にとって象徴的な意味を持つ要衝を自ら惜しげもなく壊滅させるとは……い、いや当のゼトゥスはオレの念撃によって意識を失っている以上、最終決断は王国軍首脳によって下されたのだろうが、とにかくこれでガデラズ隊長の生還は絶望的となってしまった……!」
がっくりと崩折れて両膝を着いた最強念殺士は、無二の盟友の死を悼んで悄然と首を垂れる──やがてその全身は咽び泣きによって小刻みに震え始め、零れ落ちた涙が翡翠色のズボンに点々と染み込んでゆくのであった。
「……うむ、たしかに奴やおまえが望んだ形での凱旋はこれで儚く消え去ってしまったな。
されど未だその死が確定したわけではない……なぜなら先ほどの奈落と同様、余の超感覚には微かながら生命反応が伝わってくるからだ……」
この〈朗報〉を受け、魔少年は涙を拭いながら顔を上げて仮面の絶対者を仰ぎ見る。
「ということは……隊長を乗せていたグローメズが身を挺して守ってくれたのですねッ!?」
されど一瞥もくれずに森に残していた最後の2個を操作して闘示盤を再起動したズザ・ビラドは、これまでにない峻烈な語調で秘蔵っ子を叱咤する。
「馬鹿者がッ!……霊法光星にあって常に最強であるべき魔龍皇将士団の頂点の一角にありながら何たる醜態だッ!!
よいかッ、余があの場における最善手を打ってガデラズを救命したのは世の愚民どもやおまえが想像している〈情〉などでは決してないことが分からんのかッ!?
……むしろその理屈で行けばここで死を迎えた方が奴にとってはよっぽど幸せであるはずだ──なぜなら現在あやつの肉体で使い物になるのは辛うじて脳髄だけであり、今後ガデラズ・バドオとして生を繋ぐには余とラフォーデ博士(星覇獣国の兵器開発部門責任者で専門は生物工学)で共同開発した【機獣剛身】に移植するしか手はないのだからな……!」
「──!!」
「……つまり、奴が次に覚醒した時にはおそらくその記憶からおまえはおろか、命懸けで想いを伝えようとしたウォセメルですらも消え去っていることであろう。
されどその時までダゴードが健在であれば、今度こそ互角に近い条件で雌雄を決することになるであろうな……!」
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狂える国王守護隊長が彫像のごとく直立してからおよそ2メッツほどが過ぎた時、焔と闇がせめぎ合う夜空に、不吉なまでに赤く輝く光点が出現した!
「……随分時間がかかったな。
まあ超凶霊龍を相手にする以上エネルギータンクは満タンどころか目一杯増設する必要があるし、最後の手段としての【特攻用爆砕弾】も極限まで積み込む必要があるからやむをえんか……!」
と自らの死=消滅可能性に事も無げに言及しつつ、愛機の降下を待つダゴードはそれを妨げる存在に痛罵を浴びせる。
「むッ、強敵の襲来を嗅ぎつけた小物ども(空中から猛焔弾を浴びせていた9体のグローメズ)が一斉に襲いかかったようだが……フッフフフッ、はたしてオマエたちの手に負える相手かどうか試してみるがいいッ!!」
一応警戒はしつつも、直径25×全高6ヤーン(約40×10m)に達する敵機から50ヤーンほどを隔てて相対した紫の群龍たちは、操龍者の指令に従って必殺の環獄還塵渦呪螺の陣形(9体が合体した最強版)を組む。
「──バカめッ!我が最終兵器にそんな見え透いた児戯が通用するかッッ!!」
〈正規パイロット〉が搭乗していないにもかかわらず、彼の意思を忠実に反応した自称・紅の無敵円盤は、瞬時に渦呪螺そこのけの猛回転を開始すると、機体の縁にズラリと数十個も配置された円型ノズルから赤色破壊光線を乱射してウロボロス状態となった群龍をズタズタに斬り刻み始めたのである!




