第78話 真紅の魔人、驚変す!②
暗黒の地下通路をあたかも黒い疾風のごとく駆け抜けて行くガデラズ・バドオの巨体を突如として異変が襲った──それも背後から!
「ぬおおおッ!い、一体これは何だッ!?
オレの全身に赤黒い無数の触手が絡みついているッ……し、しかもどんどん増殖しているようではないかッ!?
(たちまちコイルのようにグルグル巻きにされた両腕で必死に渦呪輪を死守しながら)
お、おのれッ、そうはいくかッ!あわよくば我が手から掠め取ろうというのだろうが、野望成就のカギを握るこれだけは決して離しはせんぞッ、逆に死の波動を存分に浴びて塵となり、無明の闇に還るがいいわッッ!!」
渾身の力を振り絞って両手で最凶魔導具を翳し、次々と押し寄せてくる触手群を消滅させてゆく甲冑騎士であるがその数はおぞましいほどに夥しく、たちまち身動きならなくなってしまう──そしてヌチャッ、ヌチャッと湿った足音を立てながら接近して来たのは、本来であれば野外戦闘を担う触手獣兵であった。
むろん既に脱出した五人の飼育員たちによって解き放たれた個体であったが、その“二足歩行イソギンチャク”とでも形容すべき毒々しいオレンジ色に染められた円筒形の姿形は、あろうことか胴体の中央部に触手と同色の〈人面〉を有していることから計6種の針擊獣兵中最も悪夢的なデザインといえた──しかもそのぬめぬめとした光沢の分厚い唇から陰鬱な声音のたどたどしい人語が漏れ出してきたのである!
「……キサマ、コレデ、終ワリダ……ナゼナラ、前カラ火焔獣兵ガヤッテ来ルノダカラナ……グアッ!?」
獲物の背後2ヤーン辺りまで迫っていた怪物が苦悶の叫び?を上げ、それと同時に耳にした獰猛な唸り声によってガデラズは唯一生き残った相棒が救援に現れたことを悟った。
「おお来てくれたか鉄狼よッ!
だがせっかく生き残ったおまえを失いたくないばかりに奈落殲場に残してきたのだが……いや忝ないッ、これで百万の味方を得た思いだッッ!!」
直径1ヤーンほどの胴体の上端から何百本も繰り出された触手は背後にガッチリと組み付いた凶魔獣の爪牙による猛撃によってあえなく寸断されてゆき、何とか両腕を動かせるに至った漆黒の甲冑戦士は右手で腰のベルトから刃長30チルス(約50cm)の、荒野の王者たる黒獅子をも屠りうる即効性の魔毒をたっぷりと塗布された短剣を逆手で抜き取ると、後ろ向きのまま全速でダッシュし針擊獣兵のおぞましい顔面のド真ん中に深々と突き刺す!
「ギガワワワワワワッッッ!!!」
二度と聴きたくない不気味な絶叫を放ちながらガクリと膝から崩れ落ちたマディーゾであったが、死力を振り絞って最後の反撃に出る──大きく撓わせた2本の触手の先端から甲冑騎士には無効と見越して温存していた10チルスほどもある凶針を伸ばし、爛々と金色に光る鉄狼の両眼に凄まじい迅さで撃ち込んだのだ!
“グワオオオオオンンンッッ!!!”
それはガデラズの一撃同様酷烈極まる作用を及ぼす毒針であったとみえ、断末魔の咆哮を発しつつ漆黒の床に落下した鉄狼は仰向けとなって四肢を縮めると、無残にも死の痙攣を開始する……。
「うおおおおッ!死、死ぬな我が勇敢なる戦友よッ!!
おまえまで息絶えてしまっては結成されたばかりの鉄狼群団はどうなるというのだッ!?
なあそうだろうッ、必ずやオレと共にゾルゲシタスに凱旋し、晴れて魔龍皇様から最高の栄誉…即ち将士団の一員としての認可を授かると誓ったはずではないかッッ!?」
急速に体温を失いつつある獣身を両腕に抱えて絶叫する盟友に魔少年は悲痛な眼差しを注ぐが、非情なる仮面の首領の言葉によってたちまち現実に引き戻される。
「愚か者め、感傷に浸っておる場合か──怪物の言葉通り、前方からとんでもない脅威が迫っておるというのに……!」
たしかに火焔獣兵なる名称からもそれが6種中最強クラスの存在であることは容易に想像されたが、緑衣の魔少年もまた既に極限まで張りつめさせているサイコパワーを念撃殺法としていつでも繰り出せるようスタンバイしていたのである。
『──さあ、いつでも来いッ!
はたして望みは天裂穿弾によって全身蜂の巣になることか、それとも旋煌刃波によってひと思いに刎首されることかッ!?
いずれにせよ、この“念殺士”シェリス・エルアーが相手である以上、物理的な距離は何の防壁にもならんことを思い知らせてくれるわッ!!』
「……残念ながら軍師どのよ、さしもの貴君の秘技もあやつ相手では厳しそうだぞ……」
「──エッ!?」
ぼそりと呟かれた絶対者のコメントに愕然となったまさにその刹那、誇張抜きに通路一杯に達する胴回りの炎の大蛇が闘示盤全面に映し出されたのである!




