第77話 真紅の魔人、驚変す!①
自らの勝利を確信し、勇躍追跡にかかったガデラズ・バドオであったが、奈落殲場を飛び出した途端に獲物の行方を見失った。
『──バ、バカなッ!彼奴とオレの時間差は殆ど瞬間的なものであったはずッ、それなのに影も形も無いとはどういうことだッ!?
ま、まさか奴には瞬間移動能力でも備わっているとでも!?』
ここで百戦錬磨の鎧刃部隊長はある恐るべき蓋然性に想到し、幅と高さが3ヤーン(約5m)の、鉄兜の暗視装置無くしては行動不能な真っ暗闇の正方形の廊下にて思わず立ち止まる。
『い、いや魔龍皇様も指摘されていた通り、アイツは闘主がルヌラリア制圧の尖兵として特別入念に仕上げた傀儡なのであろうから、窮地に陥った際に創造者が直接救助の手を差し伸べたとて不思議ではない……となれば最悪の場合、既に一陣の風のごとく地下要塞から消え失せているやもしれぬッ!?』
かくて狂おしいほどの焦燥に駆られた漆黒の甲冑騎士はとりあえず暗視装置の輝度をMAXに設定して両壁を凝視し、隠し扉の存在を必死に探るが残念ながらそれらしき空隙は発見できなかった。
「うぬぬ、おのれ……ッ!
せっかく勝利への糸口を摑みながらこのまま取り逃してしまうのかッ!?
し、しかも渦呪輪の魔力はダゴード抹殺によってあらかた使い切ってしまうであろうから、いかに烏合の衆といえど多数の要塞詰めの敵兵を相手取るのはムリがある上に王家の森が業火に包まれつつある現在、なるべく早く目的を達して脱出せねばならぬというのに……!』
個体としての戦闘力では紛れもなくルヌラリア屈指といえるガデラズであったが残念ながらその巨体に超感覚は備わっておらず、ゼトゥス以下の王国関係者がつい今しがた地底戦車によって陥落寸前の要塞から逃れ去った事実を全く感知できなかったのである……。
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「これはまずいことになりましたね……闘主め、どうやら聖獣師同様に追い詰められた秘蔵っ子を直接介入して救出したのでしょうか……!?」
傍らで切歯扼腕せんばかりの魔少年に冷ややかな一瞥をくれた星覇獣国首領は、口調にもあからさまな冷笑を混じえて私見を述べる。
「ふふん、余の最側近たる公認軍師にしては何とも浅い見立てであるな……よいか、彼奴めが五人の聖獣師どもを死地から遠ざけたのはニミルド同様新たな用途が既に準備されているからに他ならぬからであろうが、自身の手になる人工生命体のダゴードがたとえ完全破壊に見舞われようとも手を差し伸べることなどありえまい──むしろより強力な戦士を生み出すべく、かつての自信作をそこまで追い込んだ敵のデータを克明に記録するために嬉々として生贄に供するのではないか?」
「な、なるほど……」と一応納得してみせるシェリスであったが、これは即ち魔龍皇自身が将士団を筆頭とする臣下たちに向ける視線そのままであり、むろん最側近と持ち上げられる自分とて決して例外ではありえぬことを熟知していた。
「ふふふ、まあそう竦み上がるでない──話をガデラズに戻すが、余とて手塩にかけて育てた一騎当千の士を気遣う心情は決しておまえに劣るものではないぞ。
されど今回あの男は自らの野望を成就すべく、あえて火中の栗を拾う挙に出た……そして迎え撃つダゴードは決して退くことはないであろう。
即ち、いずれが勝つにせよ決着は必ずこの場でつくということだ……!」
──あたかもこの言を裏付けるかのように、漆黒の戦鬼は今まで味わったことのない巨大な殺気が前方から叩きつけてくるのを殆ど物理的な圧力として感得し、戸惑いながらも渦呪輪をかざしつつ凄まじい迅さで駆け出していた!
「さあ来るなら来いッ!接近戦にて勝ち目なしと悟ったキサマがいかなる飛び道具を持ち出してこようがこの最凶魔導具に叶うはずもないッ──なぜならそこから放たれる全ての弾丸及びエネルギー線の類は全て環の内部にて渦巻く深淵に全て呑み込まれてしまうからだッッ!!」
されどこの勇壮な宣言も、非情にして性悪な首領にかかっては嘲弄の種でしかないようであった。
「くくく…ガデラズめ、かつて味わったことのない異様な気配にかなり怯えているようだな。
とはいえ余の心眼をもってしてもダゴードの現在の様子が窺えぬのは些か解せぬが、ここから推測されるのはおそらく彼奴め、反撃態勢を整えるため闘主が用意した特殊な〈結界〉内に身を潜めているのであろう……!」
「結界ですって……!?」
訝しげな表情の最強念殺士を片肘ついたままギロリと見据えつつ、仮面の絶対者には珍しくやや歯切れの悪い口ぶりで見解が述べられる。
「──ふふ、無二の盟友としては誇り高き鎧刃部隊長が間違っても敵を前にして怯むことなどありえぬと言わんばかりの顔つきだな。
しかしシェリスよ、もはやガデラズに引き返す術がない以上、奴を救えるのは余とおまえをおいて他におらぬことは理解できよう……実はな、奴がおまえに仄めかしていたという“打倒ダゴードの秘策”とやらをここで開陳してやるが、それはあくまでもニミルドが健在であってこそ可能な戦術であった……ここまで言えば察しが付こうが、それは要塞に潜り込ませたグローメズとのコンビネーションアタックであったのだ」
むろん魔龍皇が半ば戯れとはいえ軍師というポジションを与えた腹心に龍氣師と白兵戦スペシャリストの連携攻撃を予測できぬと見なすはずもなかったが、ここで会心の表情となったシェリスが即座に縋るような視線を送ったことで魔少年が首領に何を期待しているかは自ずと明らかであった。
「──分かった分かった、要するにその作戦を余に引き継げというのであろう?
ふっふふ、そもそもガデラズはニミルドが戦線から脱落したことを知らぬのであるから、どうして未だにグローメズが現れてくれぬのか文字通り気も狂わんばかりの精神状態であろうからな……とはいえ軍師どのよ、たとえ凶霊龍が助っ人に馳せ参じようとも正体を現した真紅の魔人を討ち果たすのは容易ではなさそうだぞ……!」




