第75話 地底のジャングル④
勝利を目前にしたかと思われたガデラズであったが、彼にとってこの展開は決して本意ではなかった。
何よりも今回の部隊遠征のメインテーマが“ルヌラリア最強”と畏怖される真紅の魔人の首を獲ることにあったことは事実だが、あくまでもその狙いは意中の最強龍氣師へのアピールを最大化するためであったのだから、理想はあくまでも自力による勝利であったのだ──そしてもう一つ、そうせねばならぬ厳然たる理由があったのだ。
他ならぬ魔龍皇とウォセメルの視線である。
仮に渦呪輪の魔力によって勝ちを得たとて、はたしてそれが彼らの目から見てとれだけの価値を持ちうるというのか?
口さがない首領は、おそらくその点を龍眼の間に設置した闘示盤を介して共に観戦している(であろう)彼女に容赦なく指摘するに違いない。
ならば、たとえダゴードの首級を高々と掲げて凱旋したとて、得られるものは死にも等しい軽侮のみではないのか?
しかもこれこそ最大の手落ちというべきであったが慣れぬ魔導具によって部下の命を救うことにまんまと失敗してしまい、将士団全体に多大な損耗をもたらしたとあっては、もはや自軍における立場そのものを危殆に瀕せしめるに十分であった……。
その焦燥が、半ば手にしていた勝利を再び苛烈な難行へと引き戻してしまったのである!
そして誰よりもそれを理解していたのが無二の盟友・シェリスであった。
『お、惜しいッ……抜剣を今少し堪え、せめて1メッツを渦呪輪攻撃に割けば間違いなくダゴードを戦闘不能に追い込めたはずなのにッ!
しかも当のウォセメルさんはこの場におらず、魔龍皇様とて究極魔導具を授けられた以上はそれを用いての勝利を決して否定はされぬであろうに──さ、されど誇り高き隊長の完全主義がどうしてもそれを許さなかったのであろう……かくて勝負は振り出しに……いやハッキリ不利になってしまったのではないかッ!?』
まさに最強念殺士の慧眼が見抜いたように、肩口への斬撃も腹部への突きも下拵えが不十分であったためかあくまで浅傷に留まり、鎧刃部隊で最も長く重いガデラズ自慢の大剣は魔人の両掌に挟み込まれ、あっさり体外へと押し戻されてしまったのであった!
『ぐっ、や、やはりパワーでは叶わぬか……だ、だが何という恐ろしい力だッ!
およそ10年の長きにわたってルヌラリア始まって以来の天才魔導師であるあのお方が自軍の兵士を一騎当千とすべく開発した極剛養剤を少年期より摂取し、更に人体を不死身化するという凶霊龍の貴重極まる血液をただ一人体内に注入することを許された戦士として、たとえ格闘戦に持ち込まれたとしても決して引けは取らぬと自負していたが……残念ながら甘かったようだッ!
さ、されど還塵渦呪輪という最強の魔導具を手にしている以上は断じて負けぬぞッ、とことんまで追い詰められたならば、部下たちの命と引き換えに温存した消滅波の全てを解放してこの空間ごと消し去ることで鎧刃部隊の名誉を死守してみせるッッ!!」
一方の国王守護隊長もまた、眼前の黒き剣士にかつてないほどの沸々とした情念の滾りを覚え、決して生きては帰さぬと誓っていた。
「今こそ確信した──キサマが王国軍人の数少ない師表であられたリジェドク・ゾフェル筆頭師範をはじめパヅァルア有数の武術家たちをその呪わしく穢れた剣と拳によって惨殺した張本人だなッ!
たしかに類稀な剛力に恵まれた筋肉であり、相手がヒトに限定されるならば無敵の存在を気取れようが、あいにく相手が悪かったな……しかも今の私はとてつもなく気分が荒れており、憚りなく心中を明かせば生贄を希求しているのだ──そしてキサマこそそれにふさわしい者はおらんッッ!!」
かくて大剣を挟んだまま、グイッと両手首を半回転させて側面を上にすると同時に左手で刃を握った真紅の魔人は振り上げた右の手刀を電光石火の迅さで振り下ろす!
──ガッギィイイイインンッッ!!!
見よ、霊法光星最硬を誇るバジェーン合金をも凌ぐ星覇獣国秘造の超玄鋼製を鍛え抜いて生み出された最強戦士の愛剣が、紅い稲妻のごとき一撃によってド真ん中から真っ二つに寸断されたのである!
されどその時、既にダゴードの(ガデラズとは一回り小さいとはいえ)巨体は鎧刃部隊長へと大きく踏み込み、幾多の敵を葬ってきた左の必殺拳が玄い鉄兜の中心目がけて飛んでいたのだ!
「──バカめッ!かかったなッッ!!」
嘲罵と同時に掲げられた渦呪輪の漆黒の深淵へと吸い込まれた真紅の魔人の拳……さしもの“闘主の会心作”も慌てて腕を引くが時既に遅く、何とその肘から先は完全に消滅していたのである!




