第70話 ミコーレ・ラワート絶体絶命!
無翼ながらも魔性の飛翔能力を備えた10体の群龍どもは7機の闘主軍宇宙機のやや下方まで一気に上昇すると、直ちに2体一組となって〈ウロボロス体勢〉に入った。
「環獄還塵渦呪螺……!」
ようやく口を開いた魔少年に「ちゃんと口を利けるではないか」と軽口を叩いた星覇獣国首領は、
「ではそろそろ決着をつけさせてもらうことにするかな──その後で最も状態のいい宇宙機を研究材料として回収するとしようか。
むろん日々独力にて高度な発達を遂げつつある我が星覇獣国兵器開発部門ではあるが、業腹ながら唯一機械工学に関する限り“見えざる悪鬼”に一日の長を認めざるをえんのでな……」
されどその思惑を断固阻止するかのように猛回転する5つの渦呪螺の真上に移動した5機の瞑闘館は、底部の中央部からそれぞれのシンボルカラーに彩られた破壊光線を放って凶霊龍どもを誅戮せんとする!
「──愚か者め、我が眷属がおめおめとそんなものを食らうはずがなかろうッ!
逆にこの地獄風車が生み出す必殺波動によって塵に還るがいいわッッ!!」
この言葉通り合体した2匹の散躰は今や赤紫色の渦を巻く円い妖光と化しており、闘主軍宇宙機は断続的に発射する光線をその表面に吸い込まれてしまうと同時に、あたかも海洋の大渦巻に巻き込まれた船舶のごとくなす術も無く吸い寄せられてゆく!
「うおおッ、何てパワーだッ!
部下の巨鳥たちが臙脂色の奴が発生させた光の渦に呑み込まれた時に確信したが一旦あれの内側に落ち込んじまうと二度と出てこられんッ!!あたしをはじめ不運にも取っ捕まった者は何とか踏み留まって相棒の帰還を待つんだッ、それに自由の身の主任教官とムウェレは充分に距離を取って……って言っても我々が機をコントロールしてるわけじゃないからそこはどうにもならんか……!」
「──部隊長ッ、肝心の相棒たちですが、まるで赤紫色に調子を合わせるように大跳躍した臙脂色に雁字搦めにされて身動きできませんッ!それに僅かに残っていた第六使役者たちの聖獣は猛焔弾で残らず撃墜されてしまったようですッ!!」
常に沈着冷静なヨシュアと同一人物とは信じられぬほどの動揺しきった悲痛な叫びに被せるように、ジェルマーが沈痛な声音で絶望的な見解を口走る。
「ざ、残念ながら、どうやら敵が一枚上手だったようだ……というのも我々が訓練所を襲った赤紫色に気を取られ、意識を瞑闘館に引き戻しちまった瞬間を見逃さず森の底に潜んでやがった臙脂色が飛びかかって巻き付き、喉元に毒牙を撃ち込んだらしい……その証拠に我が相棒の視界は霞み、全身の筋肉はマヒしつつあってオレの意志に何らの反応も示してはくれん……そ、そしてその意味するところは完全一体化しているオレもまた同様の危機に見舞われているということ……あ、ああ……たまらなく体がダルい……も、もういっそのこと勝ち目のない地獄の戦場から逃げ出して、永遠に眠ってしまおうか……!」
12匹のベジュネオス散躰による襲撃を真っ先に受けたらしい貴族聖獣師の言葉は発言の間にみるみる力を失い、末尾に至って文字通りこの世から消失してしまったかのようであった。
「ジェ、ジェルマー!?ね、眠っちゃダメだ、返事してくれッ!ほ、他のみんなはどうなんだ、まさか同じ目に遭ってんじゃないだろうねッ!?」
──返事は無い。
「ま、まさか全員が臙脂色の餌食になっちまったっていうのッ!?
で、でもそれならあたしだけがどうして無傷の状態で……い、いやあの光の渦に巻き込まれちまってる以上、結局はおんなじことじゃないか……」
まさしく、他の6体が王家の森に沈められてしまった?以上、彼女の愛鳥だけが舞い戻ったところでどうにもならぬのである──いやむしろ、敵軍はミコーレに心底からの絶望と恐怖を味わわせるためだけにあえてセラステラに手出ししなかったのではないか?
「ち、ちきしょう……ナメやがって……こ、こうなったらこっちにも考えがある、巨鳥部隊長の誇りにかけても一匹でも多く赤紫色どもの目ン玉を潰して地獄の道連れにしてやるわッ!
その後はもう新国王様とダゴードちゃん、それに忌々しいけど力猿連合と甲殻鬼動団にお任せするしかない……」
ここで背後に単なる殺気とも違う異様な気配を感知したミコーレは電気に打たれたように振り向くが、そこに迫っていたのは卓越した戦士でありながら常に謙虚さと気配りを欠かさぬ円満な人格によって部隊屈指の人望を集める腹心──されどその表情は完全に別人であったのである!
「フォ、フォートンッ、呼びかけもなしに後ろから忍び寄るって一体何のつもりなのッ!?
聖獣師と殆ど互角のアンタほどの使役者なら今の状況を理解できないはずがないでしょッ!?
痛恨の事実だけど巨鳥部隊はもはやこれまで……でも神の恩寵かあるいは劫罰によって無傷のあたしはこれから破滅的な反撃に出てせめて魔龍皇に一矢報いるつもりなのよッ!?
だから悪いけど今アンタの相手をしてるヒマは無いのよッ、どうか大人しく席に戻ってセラステラの武運を祈っててちょうだいッ!!」
だが必死の説得も虚しく、もはや獣欲の権化と成り果てた巨漢は逞しい両腕を部隊長の白く華奢な首筋目がけて伸ばし、十本の太い指でしっかりと握りしめながら激白したのであった!
「……これが恩寵でなくて何だというのです?
むしろ私にとっては今この瞬間に至るこれまでの生活こそが劫罰だったのですよ……!?
ミコーレ部隊長、勘の鋭い貴女のことだ、わたくしの本心にはおそらくお気付きだったでしょうが、2年前初めてお目にかかった時からひたすらお慕いし抜いておりました……されどあくまで任務至上主義を貫かれ色恋沙汰など関心の外であられるその高潔なお人柄に安堵しつつも我が慕情……そして肉欲は募る一方であったのです……しかしこの炎の祈りがついに天に達し、ようやく至福の時を迎えることができたようだ……(刻々と迫る渦呪螺によって機内の壁がミシミシと軋むのに微笑し)ふふふ、どうやらこれ以上駄弁を弄する時間は残されておらぬようですな……それでは命が尽き果てる前に宿願を成就させてもらいますぞッッ!!!」
かくて鉄の指に渾身の力が込められ、既に疲労困憊の極にあったミコーレ・ラワートは一瞬にして意識を失ったのであった!




