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魔龍皇将士団の紋章  作者: 尾岐多聞
第3章 王家の森に果てし者よ……

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第60話 最強龍氣師、戦線離脱!

 龍魂素界という未知なる異次元世界に出自(ルーツ)を有する凶霊龍たちが消滅(送還)の憂き目に遭ったとて、先刻パレルが鏡晶珠光線でみごと射抜いてウォセメルを苦悶させたように、急所中の急所である眼球を除いては操者の龍氣師がダイレクトに肉体的ダメージを受けるわけではなかったが心理的消耗はかなりのものがあり、しかも勝利を確信していた矢先に想定外の反撃を受けて“現有戦力”の半分にあたる4匹もの散躰を失ったことでさしもの最強龍氣師も精神的限界に追い込まれつつあった。


「……ウォセメルよ、疲労困憊の状態でこれ以上粘ったとて得られる戦果などたかが知れておるぞ……余から持ちかけたことゆえこう切り出すのは気が咎めんこともないが、〈賭け〉のことは一旦忘れ、ここらで一息入れたらどうだ?それこそ好きな水浴で頭を冷やすのも大いによかろう、何(・)な(・)ら(・)戦(・)列(・)復(・)帰(・)は(・)明(・)日(・)で(・)も(・)よ(・)い(・)ぞ(・)……!」


 先のシェリスといい、試練の只中にある部下たちへの物言いが常に激励や気遣いよりも嘲弄のニュアンスを帯びているのが魔龍皇節というものであったが、さすがの将士団随一の反骨心の所有者も抗弁はおろか睨み返すことすらできず俯き、両膝を握りしめて身を震わせるのみ……。


「……イ、イヤです……わ、わたくしは魔龍皇将士団の頂点に君臨する龍氣師なのですから、たとえ死んでも敵に背を向けるわけにはゆきません……そ、それに王家の森を焦土と化すという重要な任務が残っているではありませんか……も、もし魔龍皇様からご覧になってわたくしが戦力に値せぬと致しましても、も、森に火を放つくらいのことはやってのけられますとも……」


 自尊心の塊のごときウォセメル・ワノンの言葉とは到底信じられぬ自虐的コメントが発せられたことで彼女が再び錯乱の一歩手前に追い詰められていることが明らかとなったが、これにたまりかねた最強念殺士がついに動いた──音も無く女龍氣師の背後に回って片膝立ちになると、淡い緑光を発する広げた右掌を背中にかざしたのである。


「……ッ!」


 ビクリと全身を硬直させたウォセメルは次の刹那意識を失って後方にのけ反り倒れるが、すかさず右腕で支えたシェリスは左手で彼女の長い両足を揃えてからゆっくりと抱き上げる。 


「ほほう、おまえ自ら休憩室に運ぶのか?」


 愉快げに問うてくる首領に魔少年はいつもの愛想笑いを封印して淡々と「いいえ、〈念話〉でグオムを呼んであります」と応じながら背後の入口に歩を進める──そして到達するのを待ち構えていたようにイヴェロイ・ドゥヌバを連れ去った黒い肌の戦士が再び姿を見せた。


 よほどの非常事態を例外として魔龍閣最上階の龍眼の間に足を踏み入れられるのは龍氣師や念殺士といった最高幹部クラスに限られるため、番兵頭(がしら)にしてシェリスの門弟でもある彼が待機する場所まで患(・)者(・)を運ぶ必要があったわけだが、緊張で自慢の筋肉を強張らせながら臙脂色のローブに包まれた女体を受け止めた瞬間の表情が隠しようもなく上気していることに思わず頬を緩める“年少の師匠”であった……。


「負傷されているわけではないから、ウォセメル龍氣師専用の休憩室にお運びして付き人に【疲労回復槽(メルレリー)】の起動を命じてくれ──あとは酸素マスクの装着から入槽まで全自動で完了するから何(・)の(・)心(・)配(・)も(・)い(・)ら(・)ん(・)……」


「はっ、畏まりましたッ……!」


 と老龍氣師(イヴェロイ)搬送時とは真逆の生気に満ちた表情で一礼したグオムは、あたかも死闘の末に姫君を救出した勇者のごとき意気揚々たる足取りで金の縁取りに飾られた漆黒の廊下を歩み進めるのであった。


「くくく、どうやら番兵頭(あやつ)はウォセメルに岡惚れしておるようだが、ひょっとしたらこれがキッカケとなって正式な交際に発展するかもしれんな……もとより見目麗しく倨傲な最強龍氣師はたとえいかなる富貴者であろうが美男子であろうが相手を立てることを知らぬゆえ、奴僕のごとき奉仕を厭わぬ賛美者と結ばれるのが最も幸福であろうしな……」


 傍らに戻ってきた側近に仮面の絶対者が冷笑混じりに所見を述べるが、魔少年も同感らしく硬かった表情が一気にほぐれるのであった。


「ははは、もしそうなればあの者にとって文字通り天に昇るに等しい大歓喜となりましょうが、おそらく数十体にも上る親(・)衛(・)隊(・)が黙ってはおらんでしょう──何しろ連中のウォセメルさんに対する思慕の念たるや、もはや崇拝を超越して信仰の領域に達しているありさまですからね……それが自分たちと同格か或いはそれ以下と見なしている番兵頭ふぜいが憧憬(あこがれ)の女神を略奪したとあればどんな報復行為に出るか、想像しただけで血も凍る思いですよ……」


 半ば本気で述べ立てる秘蔵っ子に顎を撫しつつ「ふふふ、さもあろう」と応じたズザ・ビラドであったが、彼が続けて放った言葉にシェリス・エルアーは思わず翡翠色の瞳を見張らされたのであった。


「実はおまえの盟友のガデラズもまたウォセメルに魂を奪われておる一人でな、思いきって〈告白〉も済ませているとのことであったが、残念ながら色良い返事はもらえなんだらしい……されど不屈の闘志に燃える鎧刃部隊長は出発の挨拶に訪れた際、今回挑む一世一代の大勝負を制することで必ずや振り返らせてみせると息巻いておったわ──ふふふ、はたしてあやつの命運たるやいかに?

 

 ま、余としては宣言通りダゴードの首でも土産に凱旋したということになれば、たとえウォセメルが頑なに拒んだとて星覇獣国挙げて彼奴の悲願を成就させてやろうともくろんでいるのだが、はてさて恋に狂うグオムはそこに割って入ることができるかな……!?」



 


 

 

 

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