第59話 緑の処刑場⑤
主君が浴室の扉を施錠したことを確認した真紅の魔人は、踵を返して眷属ともいうべき針擊獣兵団の〈格納庫〉へと向かうが、その時左手の黒い超硬繊維製籠手に嵌め込まれた響鳴石がルルル…と注意音を発した。
何事かと視線を落とすと、二分割された円い表面には二つの通用門の死守を厳命された4体の力猿たちが臙脂色の大蛇型凶霊龍に蹂躙されている惨状がありありと映し出されていたのである!
「うむッ、これはパレル嬢からの……だが最初から期待していなかったルコリトはまだしも、力猿連合を背負って立つべきベガモ三兄弟ともあろう者が何たるザマだッ!
幸いにもリュシアーク在住のキーナス総帥が子飼いの精鋭陣を引き連れて救援に向かっておられるというのに、この体たらくではとてもそれまで保たんぞッ!
し、しかもルーナス隊員らの上方に滞空して矢を放っているのは“不定期侵入者”の怪人どもではないか!?……う〜む、一体どういうことだ?いつもの野放図な無鉄砲さとはまるで真逆の、鮮やかなまでの一撃離脱戦法……あれを難なく成立させているからには、かなり本格的な訓練を時間をかけて積んできたとみえる──い、いかんッ、こともあろうに目を射抜かれてしまったか!?しかも小爆発まで発生してるじゃないかッ!?
たしか力猿の鉄兜は顔面攻撃対策としてフェースガード装着装置が備わっているはずだが、もしや“爆弾矢”の炸裂によって故障してしまったか!?
しかも悪いことにゾブチェの方は両眼をやられてしまったようだ……これはまずいことになったな、彼らと一体化している聖獣師たちのダメージも相当であろうし、ヘタしたらこのまま戦闘不能ということに……!?」
ただならぬ予感に駆られたダゴードは兄弟の瞑闘室までダッシュで向かうが、そこで目にしたあまりに無残で浅ましい光景にはさしもの王国軍最強戦士も戦慄を禁じ得なかったのであった……。
かくておよそ1メッツ(約2分間)後、床にのたうつ三兄弟に軽く当て身を食わせて失神させ、最も小柄なルーナスを右肩に担ぎ、左腕にリーナス、右腕にラーナスを抱えて再び廊下に現れた国王守護隊長は、退室の際にゼトゥスがパレルに言い残していた“巨鳥部隊への王家の森出撃指令”に望みを託してとりあえず医務室に向かうのであった。
✦
力猿との交戦からあぶれた4匹のべジュネオス散躰はかなりの距離を置いて散開し、放火目的のため威力をセーブした猛焔弾を次々と発射して周辺を火の海と化していた。
『ふふふ、さっき対決した巨鳥部隊はそもそも絶対数が少ないから魔龍皇様の参戦を得ずとも私だけで充分対応できる……一方巨猿どもの援軍がいくら駆けつけようが、森が業火に包まれていては足を踏み入れることすらできまい──ホホホホホッ、さあどうする聖獣防衛隊…いや闘主軍ッ!?』
最も恐るべき相手である宇宙機出現に備え力猿どものトドメに入ったウォセメルは、あたかも鋼の杭のごとく硬く尖らせた尾の先端をザヴァランの左脇の傷口へ、片や顔面剥き出しのゾブチェ&ガメスには口蓋へと潜り込ませるべく躍りかかったのであるが、次の刹那最強龍氣師は我が目を疑った──何と瀕死の状態に陥り、操者をも失ったはずの連中が、それぞれの得物を振るって反撃に出たのだ!
「──バ、バカなッ!?一体どこにそんな余力が…あ、危ないッッ!!」
まず最初に攻撃をヒットさせたのは最長の攻撃レンジを有する鋼鞭を振るうゾブチェてあったが、その両眼は潰されていたはず──されどあたかも達人が狙いすましたかのように、凶々しい棘鞭は凶霊龍の脇腹を深々と抉っていたのである!
しかも更にウォセメルを瞠目させたのは、ジャベリンを一閃させて迫る刺客の首を刎ね飛ばしたザヴァランが、返す刀で続く一匹の頭を唐竹割りにしたことであった!
そして兄たちほどの鮮やかさではないにせよ、ガメスもまた持ち前の跳躍力を発揮して敵に肉薄すると、振り下ろされる臙脂色の凶器目がけて一族の象徴である双斧を叩き込んでみごと寸断してのけたのであった!
かくて致命傷を負わされた4つの散躰は暗赤色の血煙を撒き散らしつつ龍魂素界へと送還され、血の気を失ったウォセメル・ワノンは全身をワナワナと震わせながら絶句する──そして火事場の馬鹿力を見せた力猿たちもまた、糸が切れたかのようにその場に崩れ落ちたのであった……。
「どうやら、外星人どもはイザという時に備えて聖獣どもに遠隔操縦装置を埋め込んでいたようだな。
だが聖獣師が離脱するほどの深傷を負った彼奴らをこれ以上動かすことはさしもの連中にも不可能だったようだ……つまり、この戦いは痛み分け──いや、彼我の格を考慮すれば実質的におまえの油断負けということになるな……!」
いつになく重々しい口調で傍らの女龍氣師にこう告げた魔龍皇は、「ではそろそろ余の出番のようだな」と闘示盤を凝視しつつ傲然と宣言した。




