第58話 緑の処刑場④
「あ、あのクソ野郎、早速殺られちまったのかよッ!?
と、とにかくあんな勢いでこっちのプロテクターにブツかったら野良猿の頭蓋骨は砕けちまって脳ミソと血をしこたま浴びることになっちまうッ!そんなの絶対ゴメンだぜッッ!!」
こう叫んだリーナス=ザヴァランは必死で地面を転がってべジュネオス渾身の打撃をかわすが、凄まじい勢いで地面に叩きつけられたボーアッグは頭頂から鼻にかけて深く腐食土にメリ込むと同時に、全身が凄まじい痙攣に見舞われるのであった!
“ホホホホッ、何と薄情なッ!
そもそもツルんでナンボの雑魚聖獣のクセに仲間を大切にできないってどういうことなのッ!?
もしかしたら動けるうちに森から逃げ出そうなんて企んでるのかもしれないけどそうはいかないわよッ!
リーナスの見立て通り既に事切れているのかピクリとも動かぬボーアッグを放り出した2体のべジュネオス散躰はようやく状態を起こしたザヴァランに飛びかかると、横薙ぎにされるジャベリンをあっさりとかわし、鋼の巨鞭を彷彿させる尻尾を用いた往復ビンタ×2を食らわせる!
「ぬがおぉッッ!?」
自動的に鉄仮面が発動されていたにせよ、受けた衝撃は並々ならぬものがあり、不覚にも尻餅をついてしまうザヴァランであった。
「くッ、くそッ!あんな細えカラダのくせしやがって、まるでゲドベイラで戦った小山ほどもある巨大剣牛のタックルなみの威力だぜッ!
こうなりゃ秘技〈大車輪〉しかねえッ!!」
こう宣言したベガモ家次男坊は投擲槍の中央付近を両手で握ると、鎌首をもたげつつ鬼火のごとき眼光を燃やしてこちらを睨む凶霊龍どもを幻惑せんとビュンビュン猛回転させるが、その手には乗らぬとばかりに瞬時に背後へと回り込まれてしまう──だがそれこそが彼の狙いであったのだ!
「バカ野郎がッ!テメエらの手口なんぞ先刻お見通しよッ!!」
こう咆えながら槍の回転を急停止させ、躰を思いきり捻ったザヴァランは牙を剥いて飛びかかってきているであろう臙脂色の妖魔を(少なくとも1体は)切り裂いたことは確信したが、顔面を直撃したのは破壊力を通常の¹/₃程度にセーブした猛焔弾であった!
「──ぎげぇッ!?」
むろん鉄仮面を砕くほどの威力はないにせよ、視界を真っ赤に染め上げて上体をのけ反らせるくらいならば充分であり、その後で悠々跳躍した散躰どもは、まず1体が槍の柄にガッチリと巻き付き、もう片方は皮膚が剥き出しの左脇下に深々と毒牙を突き立てたのであった!
「し、しまったッ!ち、ちきしょうよくもッ!!」
ズッシリと重いジャベリンを放り出し、防具の脛部分の側面から飛び出している軍用ナイフの柄を右手で握りしめて引き抜いたザヴァランであったが、“いざ反撃!”といきり立つ操者のリーナスは左脇腹に異様な衝撃を覚えていた──募る一方の地獄の苦痛に身をよじる長兄が救いを求めてしがみついてきたのである!
「目がッ、目が痛えッ!た、救けてくれリーナスッ……な、何をグズグズしてるんだッ、い、今すぐここに医者を呼んでくれッ……!!」
大事な肉親である以上邪険に突き飛ばすわけにもいかず、さりとて彼らに構っていては残った自分までやられてしまう──かくて心を鬼にした“一族最強の男”は兄の首筋を左腕で抱え込みつつこう諭すのが精一杯であった。
「あ、兄貴ッ、苦しいのは百も承知だが、頼むからもう少し辛抱してくれッ!
い、今オレは凶霊龍どもにまとわりつかれてエラい目に遭ってるんだよッ!
も、もう少ししたら親父が大援軍を引き連れて駆けつけてくれるんだから、心配することは何もねえんだッ──だ、だから、それまで大人しくしててくれ……一生のお願いだッッ!!」
震える左手で両目を押さえつつ、凄まじい力で首に回した腕を払いのけた兄を恐怖しながら哀願するリーナスであったが、後方からも「兄ちゃん、痛えよォ……何とかしておくれよォ……」とあたかも背後霊のように末弟にのしかかられて思わず「ひいぃッッ!」と小さな悲鳴を上げる始末。
「お、親父なんか待ってられるかよ……そ、そもそもアイツが可愛がってんのはリーナスだけで、オレとラーナスはいっつも冷や飯を食わされてきたんだ……こ、この上失明なんざしてみろ……か、完全に聖獣師失格の烙印を押されて、い、一族から追放されるに決まってる……そ、そんな運命、耐えられるか?ぜ、絶対ムリだろ……!?」
かくて一旦は同意を求めた嫡男であったが、暫し痛みに呻いた後恐ろしいことを口走りはじめる。
「ま…まさかテメエ、オ、オレとラーナスを家から追い出して、親父の財産を総取りしようって魂胆なのかッ!?
だ、だとしたら、前から思ってたことだがオメエにゃ悪魔が取っ憑いてるにちがいねえッ!
き、聞いたかラーナス?……コ、コイツ、血を分けた兄弟を見殺しにしてベガモ家と(力猿)連合を乗っ取るつもりだぜッ……!!」
「ひ、ひでェ……ヒドすぎるぜ兄ちゃん……そ、そいつはナンボ何でもあんまりだ……て…てこたァ、い、いつも言ってたオレたちゃ死ぬまで一蓮托生ってあの言葉は、オレたち二人をダマすためのデタラメだったってことなのかい……!?」
苦痛の勢いを借りて思いきり体重を乗せてきたラーナスによって上体を床に着くほど折り曲げられたリーナスにすかさずルーナスも覆い被さってくるが、一瞬にしてボーアッグを昏倒させたべジュネオスの屍毒を注ぎ込まれたザヴァランと一体化する彼にそれを撥ねのける力はもはや残されてはいなかった……。




