第54話 星覇獣国の掟
「ああッ!ニミルド氏が闘主軍にさらわれてしまうッッ!?」
熾烈な競争を宿命付けられた好敵手ながら、今回の共闘を通じてようやく微かな絆を構築できたかに思えたニミルドが謎の円盤に収容されてしまったことで悲鳴に近いシェリスの叫びが龍眼の間に響き渡るが、ズザ・ビラドは「ふむ、やはりそう来たか……」と呟いたきりで微動だにしない。
「ま、魔龍皇様、やはりとは一体どういう意味なのでありますかッ!?」
魔少年が首領に向けた言葉にかくも非難の響きを込めたことは史上初めてといってよかったが、魔龍皇将士団の中核を占める龍氣師をあっさりと見限ったかのような言動はさすがに聞き捨てならず、それはいずれ自分も同様の扱いを受けるのではないかという恐怖から発せられたものでもあったのだ。
されどこの期に及んでも、仮面の絶対者は部下の不安に対して真摯に向き合おうとはしなかった。
「……ふふふ、何を怯えておる?
もしや、先ほど余が諭した〈将士団の鉄の掟〉を早くも忘れ果てたというのではあるまいな?
よいか、余は今朝の宿願達成以降のニミルドの行跡をその内面も含めて注視していたが、どうやら星覇獣国がこれ以上あやつに望めるものは何もないという結論に達したのだ──こう言えばおまえは打倒ゼトゥスという大命題が残されているではないかと抗弁するかもしれぬが、残念ながらいかに憎悪していたとはいえ実父を手にかけるという所業が生来脆弱な彼奴の精神を満たすと同時に崩壊させたことが、本人がいかに否定しようとも育ての親たる余にはハッキリと確認されたのである……それが如実に現れたのが先ほどの窮地に際して恋人の助力に縋りきった、将士団最高序列の龍氣師にあるまじき惰弱ぶりだが、仮にネウェスの横槍が無かったとて、この状態で憤怒の焔を燃やす兄に相対したならば、間違いなく一刀のもとに斬り捨てられて終わるであろう……!
とどのつまり、若い身空で哀れな話ではあるが既に彼奴は廃人同然なのであり、並外れた強者のみが席を占めることを許される魔龍皇将士団…いや星覇獣国には無用の存在と成り下がったのだッッ!!」
この非情な宣告に瞑目したままのウォセメル・ワノンは幽かな笑みを浮かべ、片やそこまで冷徹になりきれぬシェリス・エルアーは全身を細かく震わせながら食い下がる。
「で、ですがそうなれば……おそらくは闘主軍は彼をネウェスのように…いや更に強力に改造し、我々への刺客として牙を剝かせるのでは……!?」
殆ど戦慄しているといっても過言ではない声色にほんの一刹那沈黙した魔龍皇は、徐ろに漆黒の仮面の顎を撫でさすりながら明らかな嘲弄の意志を込めてこう宣ったのである。
「う〜む、考えたくはないことだが、おそらくそうなるであろうな……ならば、その時こそ余の親衛隊長ともいうべきおまえの出番ではないか?……頼んだぞ、“最強念殺士”シェリス・エルアーよ……!」
「……!!」
絶句した魔少年を尻目に闘示盤に向き直ったズザ・ビラドは結局追撃をかけることはなく、目的を達したらしい白い発光体は瞬時に急上昇すると同時に消滅し去ったのであった──。
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地下要塞の灰色の廊下の真ん中を踏みしめ、一分の隙も無い足取りで歩を進める新国王の後方から付き従う真紅の魔人──二人は空前の危機的状況に陥ったパヅァルア聖門王国をこれ以上崩壊させぬため、いよいよ自らが戦闘の矢面に立つ時を迎えていた。
「……これから身を清めて闘神ツェルナコラと偉大なる歴代君主に祈りを捧げた後、白麗神鎧に身を固め、極宝剣を携えて総合司令室に入る。
おまえは針擊獣兵団のうち、要塞警護組を解き放ち、野外戦闘組の出撃準備を整えた上で戻って来てくれ……もちろん襲来が予想される敵の白兵戦団の侵入は何としても阻止したいゆえ、迎撃隊長として森に出てもらう可能性もあるが……」
「はっ、畏まりました」
力強い返答に微笑した美しき統治者は、僅かな間を置いてこう続ける。
「それでな、司令室に戻る際にパレル……戦景眺映士を伴ってもらいたい。
実際に体験してみて、彼女の鏡晶珠操作能力は間違いなくルヌラリア最高水準にあることを確信した──今回の決戦はもちろんだが、来たる〈ゾルゲシタス討伐遠征〉においても間違いなく不可欠の貴重な戦力…いや人材であるゆえ、万一の事態があってはならんからな……」
「御意」
進路を右手に取り、やがて突き当りに彼専用の浴室に繋がる双頭のグリフォンを浮き彫りにした白銀の化粧扉が現れる──それを開きながら深く頭を垂れるダゴードに右手を軽く挙げて応えながら、ゼトゥス・マナレックは雄々しさと優雅さが渾然一体となった英姿を白大理石張りの室内に潜めさせた。




