第18話 【闘主】の使者、闇に消ゆ……
「──と、闘主だと?な、何だそれは……!?」
動揺甚だしいラザク・ロドノフに対し、レィ・ネウェスは涼しい表情でこう応じる。
「さて、どうお答えすればいいですかね……まあ最も喩えとして適切なのはいわゆる〈神〉でしょうが、あくまで不可知論の領域に留まるそれとは根本的に異なり、巨大な物理的実行力を擁しながら積極的に現実世界への介入を敢行される、いわば〈物理的理念〉とでも称されるべき存在でしょうかね。
ですがまあ神との共通点も無いことはなく、その唯一最大のものとしては両者共にこの宇宙に実体を有してはおらず、あくまでも〈代理人〉を通じてご自身の意思を恢弘せしめんとする存在であるということでしょうか……。
ともあれ闘主は大宇宙に散らばる無数の星々の中でもこの霊法光星に大いに注目されており、その内情をつぶさに観察されんがためにこのわたくしを遣わされたというのが真相なんでして……」
大真面目に告げられたこの〈説明〉に怒りよりも困惑の表情となった兵団長は精一杯声を怒らせて更なる問いを投げかける。
「ふぬぬ……内容は完全に狂人のたわごととしか思えんが……あの超人的な跳躍力とこの凄まじい怪力だけは否定しようのない事実──それでは訊くが、その観察は一体何のためになされておるのだ?
よもやルヌラリアの充分な情報収集を終えた暁には、持てる武力を結集して侵略行為に乗り出そうなどという筋書きではないのかッ!?
もしそうであるならば、その任務に従事しておるのは決してオマエだけではないであろう──さあ吐けッ!その活動が闘主とやらのいかなる行為に繋がるのかをッ!?」
精一杯の高圧的態度で詰問しながらも、王宮死守兵団長の精神を支配しているのは圧倒的な恐怖であった──自分は血管の浮き上がった顔面を紅潮させ、脂汗すら滴らせながら両腕を震わせているというのに、殺意漲る太刀を受け止めた若者は全く対照的に盾である時計の外箱に小鳥でも止まったくらいにしか感じていないようなのであるから!
『た、たしかに星覇獣国も端倪すべからざる脅威ではあるが、コイツが仕える闘主とやらの軍勢が大挙として襲来することにでもなれば、我が聖門王国のみならず霊法光星全体にとって存亡にかかわる史上空前の危機といえる──そ、そしてこれは最悪の推測であるが、よもや魔龍皇それ自体が闘主とやらの手下であったとしたらどうなるッ!?』
このおそるべき疑問が脳裏に点滅したことで、ラザクはどうしても真相を確かめぬわけにはいかぬ衝動に駆られた──むろん相手が親切に応じてくれる保証はなかったが。
「おい……オレの問いに答えぬということは、やはり図星だったようだなッ!?
と、いうことはだッ、闘主と魔龍皇はルヌラリア征服という邪悪な野望に向けて共闘しているということではないのかッ!?
言っておくが、たとえここでオレを殺し、どこへ逃げたところでムダだぞッ、そもそも時計工(正体は卑しい間諜であろうが)として諸国を行脚したキサマの面は各地で割れているゆえ、オレの部下たちが異変を察して王国のみならず全友好国に急報すれば、たちまち霊法光星中にそのチャラけた人相書きが溢れるはずだッ!
さあ答えろッ!闘主と魔龍皇の関係をッ!?」
「……それにはやはり、実力で私を叩きのめして口を割らせる必要がありますね……」
不敵な笑みを浮かべながら時計師が呟く途中で兵団長は素早く上げた右足を相手の左足甲に踏み降ろしていたが、レィが足を引くと同時に剣の柄から放した両手を拳に固めて撃ち込んでいたのである!
されど一発目の右拳もまた左掌で受けられたばかりか、レィが神速で手首を捻ったことでゴキリという鈍い音と共に瞬時に肘関節を粉砕されてしまったのであった!
「のがあああああッッッ!!!」
野太い悲鳴が森に響きわたり、驚いた鳥たちが羽音を立てて一斉に枝から飛び立ったが、その時には中腰となった時計師が函を捨てて自由になった右掌底で犀革の装甲服に守られた軍人の腹部をぽん、と叩いていたのである。
「うくぷッ……!」
見た目からは想像もつかぬとてつもない衝撃を受けたとおぼしきラザクの短躯が折れ曲がり、どんぐり眼が目一杯見開かれると同時に分厚い唇の端からはダラダラと涎が垂れ落ち、やがてそれは見苦しい吐瀉物へと変わって、腹を押さえながら突っ伏した兵団長は苦痛のあまり暗褐色の腐植土をのたうち回るのであった……。
「……どうやら少し喋りすぎました。
ですが正当防衛とはいえ大層なケガを負わせてしまったことはまことに申し訳なく、そのお詫びというわけではありませんがこれだけは明かしておきましょう──実は我々にとっても魔龍皇は因縁浅からぬ敵であるが、当面は直接手を下すつもりはないと……。
なぜならば既に様々な形で聖門王国に助力を行っており、それは星覇獣国と充分渡り合うだけのものであると信ずるがゆえに、ね……!
それではラザク王宮死守兵団長、短い間でしたがお世話になりました──このような形でお別れするのはまことに心苦しいですが、どうかお許し下さい。
(顔を上げながら)おお、あなたの優秀な部下たちが軍用狗に臭跡を追わせてこちらに向かっているようですね……足取りに迷いがありませんから発見は時間の問題でしょう。
繰り返しますが、無作法の件はくれぐれもお詫び致します──それでは」
仰向けになって動かなくなったラザクが窒息していないのを確認したレィ・ネウェスは深々と一礼して立ち上がると、再び紫の疾風のごとく駆け出して忽ち樹影の中に溶け込んで行ったが、その光景を闘神城内の自室において、朧げながら心眼で見届けた聖門王国正霊術師ペザロ・オーゲルは苦虫を噛み潰したような表情でこう吐き捨てたのであった。
『ちっ……無能者めが、まんまと闘主の傀儡を逃がしおって……!
だがこれでわしの命を彼奴に狙われる危険も去ったわけだ──まあその点だけは幸いだったがな。
やれやれ、苦心の結果調合した秘薬によってジワジワとガドゥアの健康を奪い、それをあくまで星覇獣国からの呪詛の結果と思い込ませるのは一方ならぬ難事であったが、魔龍皇様のご指示どおり何とかやり遂げ、ついに本日ニミルドに本懐を遂げさせるに至った。
もちろん任務はここからが本番であり、後継者のゼトゥスをも亡き者として内部から聖門王国を乗っ取るという大仕事が待っているわけだが、それは復讐と野望の炎に身を焦がす“消された王子”に任せるとしよう……。
ともあれ残された時間は少ない──なぜならロドノフめも言っていたように“闘主の使者”はあやつだけとは限らず、星覇獣国の攻勢が強まるほど、あからさまに牙を向けてくるだろうからな……!』




