第16話 王宮死守兵団、妖美の時計師を包囲する!
「──ネウェス君、ちょっといいかね?」
王の崩御を伝えてくれた二人の門番に永遠の別れを告げて踵を返そうとした若き時計師を険を含んだいかにも武人といった響きの声が呼び止めたが、レィ・ネウェスは何ら臆することなく落ち着いた様子で振り返った。
恐れをなして素早く身を引いた番兵らの代わりにその空間を占めているのは八人の王宮死守兵団員であり、部下をズラリと背後に並べて傲然と仁王立ちしているのは団長のラザク・ロドノフであった。
年齢は30代半ばで身長は一線級の軍人にしては小柄なおよそ106ヤーン(170センチ)そこそこであったが横幅が異様なほど広く、しかも全身が凄まじいほど増殖した筋肉に鎧われているとあって、どう見積もっても75グヌン(約120キロ)は下りそうにない。
彼らが纏っているのは聖獣を除けばルヌラリアでも最強生物の一角を占める六脚犀の分厚い表皮を入念に鞣し、皮革類に特化した硬化剤に十数日間浸けた後に専用の乾燥室にて素材とし、手練の鎧職人が丹精込めて仕上げた軽く堅牢な装甲服であり、一般兵士が腰に提げているような鈍刀で何十回斬りつけようが、薄っすらとした線しか刻めぬ堅牢さを誇っている。
戦闘時には同じく犀革製の兜を被るのだが、今は首の付け根に取り付けられた繋ぎ紐によって背後に撥ね除けられていた。
されど素早く列を崩した兵員らにぐるりと囲まれながらも、レィ・ネウェスの口調には些かの怯えも窺えなかった。
「──何でしょう?
私はガドゥア様からご注文頂いた品が出来上がったのでお届けに上がっただけなのですが……?」
レィのあまりにも冷静な反応にむしろ兵団長の厳つい表情が強張ったほどであったが、既に容疑は固まっているらしく声色に一層の凄みを込めて言い放つ。
「もちろんそれは承知している──だがな、王国にとって史上最悪の大悲劇の現場となったガドゥア様のご寝室からとんでもない凶器が発見されたのだ……とっくりとご覧に入れろ」
ラザクの真後ろに立っていた死守兵が「はっ」と応じて進み出ると、分厚い断熱用手袋を嵌めた両手に抱えた黒焦げどころか原型を留めぬほど溶けかかった卓上時計を製作者の眼前にズイッと突き付ける。
「持参したのは1個だけだが、同様の惨状を呈している品があと4つ発見されている……。
ネウェス君、一体これをどう説明するつもりかね?
もとよりキミの創作物にはふんだんに豪奢な宝玉類が用いられているにもかかわらず、自然界中最強の硬度を誇るそれらが今にも溶け落ちようとしているというのは尋常ではない──まさにこれは時計自体が超強力な時限発火装置となってこの未曾有の大惨事を発生させたと仮定、いや断定できるのではないかね……!?」
『うぬぬ……何という言いがかりかッ!
それにしてもニミルドめ、心の片隅で危惧しないではなかったが、室内に侵入した凶霊龍に命じて私の作品を特に念入りに焼き払うことで罪をなすり付けるとはおそるべき悪魔的策士だッ!
だが通例の早朝診察のため王の居室に向かったペザロは正霊術師の眼力で龍氣師の犯行であることを看破しているはず──これもまた密かに案じていたことだが、ガドゥア王随一の寵臣と自負する身としては突如出現した時計師風情が病み衰えた主君を手管を弄して籠絡し私欲を満たしているとしか認められず、あえて真実から目を背けて私怨を晴らすことを選んだとみえる……まあ、感情論として理解できんこともないが、所詮そこまでの人物だったということか……』
しかしそのような達観はおくびにも出さず、焦燥するさまを装って語気を強めて反論するネウェスであった。
「……そう仰られましても、わたくしとしては身に覚えのないことと申し述べるしかございませんッ!
できうるならば、事件当時現場に居合わせておられたはずのペザロ医師にご登場頂き、星覇獣国による霊的攻撃の可能性についてのご見解をお伺いしたいものですが……!?」
この訴えに場は一瞬凍り付いたが、やがてラザク隊長以下八人の死守兵団員たちは文字通り腹を抱えて獣の咆哮のごとき爆笑を轟かせた。
「うわっはははははッ!これは傑作だッ!!
どうやら貴君、自分が王宮内でどう見られていたのか全く頓着しておらなんだようだなッ!
もちろん実用品としての時計には全然不必要である、奇抜な意匠や華美な装飾がただでさえ厳しい国庫を更に傾けさせる元凶となることへの反感は当然として、何よりも許し難いのは畏れ多くも国王陛下が病苦によって著しく判断能力をお損ないになられておられるのをいいことに、あたかも王国への攻撃のごとく次々とより奢侈な宝飾時計への注文を求め続けた流れ者の腐りきった性根だッッ!!
いいかッ、まさに王室の寄生虫としか表現しようのないキサマの所業を誰よりも憎み、今回の悪魔的暗殺事件の第一容疑者として指摘されたのは他ならぬペザロ師その人であったのだぞッッ!!」
当人が不在である以上、真偽も定かではない鉄槌のごとき断罪を下されたレィ・ネウェスの白い美貌はすーっと青ざめ、美女と見紛う紅唇はギリリと噛み締められたが、それは王宮死守兵団の面々によって弱々しい被疑者の仮面をかなぐり捨てて太々しい確信犯への素顔へと立ち戻った何よりの証左と受け取られた。
とはいえ相手の冷たい鋼のごとき眼光に一瞬たじろいでしまったラザクであったが、部下の手前もあり直ちに憤怒の形相となって罠にかかった獲物をいたぶりにかかる。
「ふふふ、どうやら卑しい工作員としての本性を現したようだな……!
そのとおり、何も師の指摘を待たずとも、死守兵団もまたキサマが出入りの商人であるスコッツェンに伴われ、精機工協会の紹介状を携えて闘神城に足を踏み入れたその日から嫌疑の目を注ぎ、直ちに素性を洗うべく入念な調査に着手した結果、キサマがそれこそルヌラリア全域を股にかけて不審な動きを続けている事実が明らかになったのだッ!
中でも特筆すべきは、チェドラス神光王国での【王都時計塔全焼事件】だろう──尤も王家のシンボルともいうべきそれへ10年毎に施される改修作業を任されたのは地元の名うての時計工たちで、修行中の身であったオマエは偶然機会を得て臨時雇いとして加わったにすぎんようだが、通常なら番兵によってガッチリ固められ立ち入り厳禁となっている塔内に堂々侵入できる立場ではあったわけだ──思うに、そこでオマエはかねて用意の発火装置を試し、まんまと目的を達したことで大いに自信を得たものだろう。
その後、厚顔無恥にも同王国に腰を据えおったキサマはその軽佻浮薄な見てくれと話術によって忽ち貴婦人層へと食い込むと、彼女らを顧客として大いに虚名を馳せたらしいが、その間にも不審な死亡事件が少なくとも3件確認されておる……尤も今回同様の時計絡みが疑われる寝室における夫妻の焼死事件は1件のみで、他は避暑地における一家全員の毒殺と歌劇鑑賞の帰路における私有馬車の狂ったごとき暴走によるこれも家族四人の大河への転落死であるが、いずれも犠牲者はオマエを贔屓にしていた貴族階級の方々であり、最後のケースは事故の線も捨てきれぬにせよ、犯行の背後には熾烈なまでの反体制思想が窺える。
ともあれ当初の目的を達成したからであるものか、チェドラスを逐電したキサマはしばらく半端仕事をこなしながら各地を転々としていたようだが、忌まわしくも1年前、とうとう我が聖門王国へと流れ着き、あろうことかルヌラリア随一の賢王と鑽仰されるガドゥア様に言葉巧みに取り入って、ついに本日その呪われし魔手にかけたのだッ!
しかしながら何よりも悔やまれるのは、ここまでの目星が付いていながら病身の国王陛下が流れの時計職人にすぎぬキサマごときを盲信し、危険極まる悪魔時計を枕元に並べられて片時も離さず、信頼する二人の侍女らにすら一指も触れさせなかったということ──今にして思えば、まことの忠臣としてたとえ死を賜ったとてガドゥア様に諫言すべきであったと悔やみきれぬ思いだ……!
あ〜ん?これだけの状況証拠が揃っていながらまだシラを切ろうというのかッ!?
よかろう、ならば思う存分喋らせてやるッ!
だが神聖な城門前などではなく王国の平安を脅かす逆賊にとって恐怖の代名詞である、闘神城地下深くに設えられた〈拷問室〉においてなッ!!──連行しろッッ!!!」
非情な号令と同時に屈強な七人の兵員が一斉に襲いかかってきたが、その指が雷牛革の外套に触れる寸前、常人にはありえない跳躍力を見せて妖美の時計師は虚空に舞ったのであった!




