第12話 真紅の魔人と力猿③
「──逃がさん」
もはやルコリトを完全に“クロ認定”したダゴードは全速ダッシュで接近を図るが、その姿は誇張抜きに赤い稲妻を彷彿とさせた。
「ヤ、ヤベッ!」慌てて逃亡を図ろうとする聖獣師であったが、一旦樹のてっぺんに登ってからさらに前方の枝に向けて跳躍しようと2ヤーンほど上方移動したところで追跡者に右足首を掴まれていたのである!
「──おがッ!イテテテテテッッ!!」
かくて元いた大枝まで引きずり降ろされた毛むくじゃらの野人は、右肩に移された無毛の魔人の万力のごとき握力に無条件降伏して、
「ほ、骨が砕けるッ!
た、頼むから力を緩めてくれ……」
と懇願するのがやっとであった。
されど悲痛な要求に応じ鉄の指に込めるパワーを少しだけ抑制しつつ、異形の守護隊長は尋問を開始する。
「なぜ逃げようとした?
いや、そもそもどうしてボーアッグをけしかけたのだ?」
神火の様に燃える金色の双眸から逃れるべくとぼけた表情で鬱蒼と生い茂る梢の隙間から覗ける蒼穹を見上げていたルコリトだが、ダゴードが改めて力を込めたことでまたもやブザマな悲鳴を上げる仕儀となった。
「わ、悪かったッ!やめてくれッ!!
……じ、実はさっきの急襲はオレの指示じゃないッ、あくまで力猿の独断でやったことなんだッ!!」
「──ほう、ではなぜ逃げる?
しかもオマエとボーアッグの付き合いはそろそろ10年になるだろう?
ということは、曲がりなりにも味方に手を出そうとする聖獣を少なくとも止める義務があるのではないかね?
にも関わらずかなり離れた場所から、しかもニヤついて高みの見物を決め込んでいるキサマの態度はどう見ても私への害意があるとしか思えんのだが……!」
この至近距離で、しかも丸腰で真紅の魔人と相対することは文字通り死の恐怖と直面するに等しいことを理解している酒臭い聖獣師の声は日頃の磊落さをウソのように失って小さく震えていた……。
「ホ、ホントなんだ、信じてくれ……。
じ、実はオレもアイツも今回の“防衛隊若返り計画”に只ならぬ危機感を感じててな……ちょっとばかし神経がささくれ立ってんのよ。
だ、だってよ、いくら鍛錬を重ねたところで、こちとらの主戦場はあくまで地上で敵の主力の凶霊龍にゃ接触すらできんし、こんな森ン中までノコノコやって来る奇特な刺客はせいぜい怪人部隊の三下だろ?
こりゃ畏れ多い不敬コメントだからここだけの話にしてもらいてえんだが、オレたちの本音としちゃあ国王様にゾルゲシタス攻略を正式決定して頂いて、全盛期のパワーが漲ってるうちに勇躍敵地に乗り込みてえのよ……!
けどよ、それもガドゥア様の“謎の慎重戦略”によって叶いそうもねえし、いつの間にか縄張り内じゃ大先輩に対し敬意の一カケラも持ち合わせねえ礼儀知らずの小僧ども(ベガモ三兄弟)が幅を利かせるようになっちまうし……このまま老木みてえに朽ち果ててくのかと思うと、ガキじみてるとは分かっちゃいながらも、つい反抗的なアクションを起こしたくなるのもムリもねえとは思わねえか……!?」
この身勝手な言い分に微塵の理解も示すことなく、真紅の魔人は淡々と事実だけを伝達することに努める。
「バカな……聖獣防衛隊の再編成はいわば王国の護りを更に盤石にするための強化措置に過ぎず、そこに個人的感情を持ち込むなどそれこそ愚の骨頂だ。
しかしながらあえて自ら世間に対して耳目を閉ざし、唯一の友である力猿とただただ広大な森を徘徊するだけの暮らしを送っているキサマは知らんだろうが、国王様はついに星覇獣国との決着戦を決意された──つまり、悲願の魔島陥落に向けて舵を切られたのだッ!」
いかなる深慮か前王暗殺という大事変を伏せてこの方針転換を口にしたダゴードであったが、ルコリトの驚愕はむろんそんな背景事情に左右されるものではなかった。
「──ホ、ホントかよッ!?
ってことは、オレたちにもついに活躍の機会が巡ってきたってことだなッ!
それを聞いてやっと気合が入った……いや生き返ったぜッ!!
ようしッ……じゃあ早速相棒に喝を入れて特訓開始だッ!
待ってろよ、あの魔龍閣とかいうエラそーな塔とそのてっぺんでふんぞり返るズザ・ビラドの首根っこをヘシ折るのはオレたちだあッッ!!」
顔面を酒精の酔いとは別の要素で紅潮させた野人聖獣師が拳を握りしめて叫ぶのを呆れた表情で見下ろす国王守護隊長であったが、彼が放った次の言葉が意気軒昂たるルコリト・バナーギの表情を一気に素面に引き戻したのである。
「……まあ張り切るのは勝手だが、私がここへ足を運んだのはまだ先の遠征計画を伝えるためではない。
ここ最近リュシオーク市街が断続的に凶霊龍に蹂躙されていることくらいは世事に疎いキサマも承知してるだろうが、ついさっき新たな襲来があってな、防衛隊に新加入した戦蟲族の使い手が果敢に立ち向かったのだがまたしても魔龍皇の卑劣な横槍もあり、奮闘虚しく敗退を余儀なくされてしまった。
この余勢を駆って、敵はいよいよゼトゥス様の籠る地下要塞……つまり王家の森目がけて進軍してくる公算が大になった──こうなると力猿の戦場はあくまで地上に特化しておるなどという甘い言い草は通用せんことは理解できよう。
つまり、オマエとボーアッグが悲願のゾルゲシタス遠征に加われるか否かは、ここでゼトゥス様に認められるほどの働きができるかどうかにかかっているということがな……!」




