挨拶
忙しい時間はあっという間に過ぎ、3日後。
夜が深まっていくにつれて、招待客を乗せた馬車が次々と屋敷の門をくぐる。
南部に属する貴族家の紋章を掲げた馬車だけでなく、領内の有力者や商人、さらには帝都とルネストン王国からの使節団の馬車まで、その数は百をゆうに上回る。
(思ったより人数が多いな。跡取りでもない末息子のお披露目会だというのに、遠方からわざわざ……貴族ってのは本当に大変だな)
支度を終え、その様子を自室の窓から覗いていると、控えめなノックが響き、リーナが部屋へと入ってくる。
「アルベリック様。そろそろ会場に向かうように、との旦那様からの伝言にございます」
「わかった」
窓際から離れ、もう一度身なりを確認する。最後に首にかけたチェーンに指輪があるのを確認してから会場へ向かう。
リーナに先導されながら進むホールへと続く廊下は、普段静寂に包まれているが、今は遠くから大勢の話し声と、格式ばった音楽が響いている。
ちなみに、我が家はパーティー等の客人を招いて行う催しは大広間ではなく、専用の大ホールで行う。南部貴族のトップなだけあって、何をするにも客人が多いため大広間には収まりきらず、グレンチェライヒの5代目だが6代目だかがこのホールを建てたらしい。
「来たか、アル」
会場に続く扉の前には、既に両親が俺の到着を待っていた。
2人とも重要なお披露目会ということで当然正装である。父上は南部の長らしい威厳のある衣装を纏い、胸には母上の瞳の色である淡青色のブローチをつけている。母上は金の刺繍が細やかに施された、父上の瞳の色と同じ新緑のドレス姿で優雅に立っている。
(2人が立っている空間だけ、やけにキラキラしてるなぁ……)
どちらも高貴な生まれだけあって、その身に宿す威厳と気品は他の貴族とは一線を引く。だが、それだけではないのだろう。互いが相手を愛し、想い合っているからこそ、余計に輝いて見えるに違いない。
息子である俺ですらそれを強く感じるのだから、両親に憧れの視線を送る使用人たちや、これから顔を合わせる招待客たちは尚のことだろうな。
「お待たせいたしました、父上、母上」
「構わん。ちょうどいいくらいだ」
父上は誕生日の朝と同じく笑って許してくれた。扉の前に来ると、当たり前だが廊下よりはっきりと客人たちの声や音楽が聞こえてきて、少し肩に力が入る。そんな俺に気がついた父上が、ポンポンっと肩を叩く。
「緊張する必要はない。お前はグレンチェライヒの息子として、いつも通り振る舞えばいい」
「いつも通り」というその言葉と、肩に置かれた手の力強さに少し気が楽になり、力が抜ける。
母上は俺の手を取り、安心させるように微笑んだ。
「大丈夫よ、アル。あなたは、この家の誇りなのだから。落ち着いて、堂々と挨拶すればいいわ」
俺は優しい声がけをしてくれる両親を見上げ、深く頷いた。
「はい、父上、母上。お二人の期待は裏切りません」
俺の言葉にうなづいた父上は姿勢を正すと、扉の横に立つ執事に目線を送る。「承知した」というように父に小さく頷いた彼は、扉の向こう側に控える執事に合図を送る。すると、合図を受け取った執事がすぐに俺たちの名を告げた。
「グレンチェライヒ公爵閣下 エルヴァン・ヴィラント・フォン・グレンチェライヒ様、夫人 ヴァレリー・イクリシア・フォン・ルネストン=グレンチェライヒ様、ご子息 アルベリック様、ご入場!」
執事の声がホールの扉の向こう側へ響き渡ると同時に、重厚な扉がゆっくりと開かれた。
(初めて入るが、このホールだけでも我が家がどれだけ力を持っているのかがよくわかる)
舞踏会やお披露目会を行うに相応しい、広く、長い、豪華絢爛な大ホール。天井は見上げていると目眩がしそうなほど高く、そこには公爵家の歴史と、この世界の神話が力強くも繊細な筆遣いで描かれている。匠が細部までこだわった巨大なシャンデリアが煌々と照らす会場に一歩足を踏み入れると、優雅な旋律や高価な香水の匂い、貴族の思惑で満たされた会場のむせ返るような熱気が流れ込んできて、頬を撫でる。
眼下には、招かれた招待客たちが俺達親子の登場を待っていた。
(人数多くないか?外交官としてパーティーに出席したことは何度もあるが、子供のお披露目にこの人数。しかも、全員の目線がこっちに注がれている状況はさすがに緊張する……)
両親のおかげで解けていた緊張が、また復活してきてしまった。しかし、始まってしまった以上、「ちょっとお待ちください」と言って後戻りはできない。バレないよう小さく深呼吸をする。スッと背筋を正すと、下がり気味だった頭が自然と上がり、視界が開けた。
いま俺がいるホールの奥───つまり、招待客が入場した扉と反対側には広い踊り場がある階段が設けられている。弧を描く左右に別れた階段を、父上が左から、俺と母上は右から下り、踊り場で再び俺を真ん中にするように並び立って、そこで挨拶をすることになっている。
招待客の方々に一礼した後、手筈通りに階段を降りていくが、その一歩ごとに貴族たちの値踏みするような視線が突き刺さる。
「あれが噂の……」
「生まれてすぐ、精巧な指輪を作り上げたというではないか」
「奥方様似で愛らしいこと。ですが、歳の割に随分と落ち着いておられるのね」
色々と聞こえてくるが、気にして階段を踏み外したら、そこで終わりだ。慎重に、だが緊張は見せずに階段を下りきる。
まずは父上が招待客に挨拶をすることになっている。その後が俺だ。父上は一度右手を胸に当て、一呼吸置いた後、その場に響き渡る声で挨拶を始める。
「本日は遠路はるばる、我がグレンチェライヒ公爵家の末息子 アルベリックのお披露目会にお越しいただき、この場にいる全ての方々に心より感謝申し上げる」
親しみを込めた笑顔を浮かべる父上だが、その視線は招待客一人一人を射抜くように鋭い。一瞬だけ俺に視線を向けたかと思うと、すぐに正面に戻した。
「皆もご承知の通り、帝国の民にとって5歳の誕生日は単なる祝いの日ではない。古来より続く慣習に従い、子供が祝福を授かる特別な日であり、息子もまた無事祝福の儀を終え、幸運なことに神印を授かった」
その瞬間、会場がざわめいた。まさか3人目の刻印持ちが現れるとは思わなかったのだろう。少しの間ザワザワするも、父上の言葉が再開されるとすぐに静まった。
「神印という偉大なるお力を賜ったことは公爵家にとっての誇りであり、南部、そして帝国の未来を照らす光となることを、私は確信している」
父上は俺へ視線を移した。
「さあ、アルベリック。お前を祝福するために来てくださった方々に挨拶をしなさい」
「はい、父上」
俺は一歩前に出て、父上と同じように右手を胸に当てて一礼する。
(挨拶って言われても、5歳の文章力がどのくらいかが分からなかったんだよな。間違っても、これまで行ってきた硬苦しい挨拶は使えない。絶対気味悪がられる。間違いない)
ヘンリーやマリアに挨拶文を一緒に考えてもらっておいてよかった。ちょっと賢い、大人の手が入った挨拶くらいに聞こえるはずだ。
「皆さま、本日は私の誕生日を祝うためにお越しくださり、誠にありがとうございます。皆様のおかげで今日という日を無事に迎えることができました。これから、貴族の一人として、南部だけでなく、帝国や民を守れるように努力してまいります。ご指導よろしくお願いいたします」
5歳児らしからぬ流暢な挨拶に、会場の空気が一瞬で「値踏み」から「驚嘆」に変わる。 外交官だった俺にとって、この程度のスピーチは造作もない。ただ、やっぱりもう少し子供らしい言葉にした方が良かったかもしれない、と招待客たちの反応を見て、内心苦笑いする。だが、これからやることの序章だと思えば、ちょうどいいだろう。
(さぁ、ここからが本番だ。この場にいる全員を欺いてやる)
俺は会場を隅々まで見渡して、招待客に見せつけるように、にっこりと微笑む。
「皆様、せっかくのお祝いの席です。私から少し余興をご覧にいれたいと思います」
何をするつもりなのかと興味津々でこちらを凝視する彼らを尻目に、首にかけているチェーンからプラチナの指輪を外して、右の中指にはめる。 その手を反対の手で撫でるように滑らせ、両手を開くように見せた瞬間、手の内に眩い光が集まり、会場の視線が一点に集中する。
体内を巡る魔力がどんどん指先へ集まるのを感じる。それと同時に、会場内の魔力の密度が急激に高まると、招待客たちが騒ぎ始めた。しかし、俺はなんて事ないように微笑んだまま、光を上へ軽く押し上げるように両手を上げる。そして、指揮者のように指を動かした。
「──舞え」
たった一言。 その瞬間、集まっていた光が会場中に散らばり、空中で幾千もの蝶の形を成した。それらは貴族たちがイメージするような重たい金属の塊ではない。羽は紙のように薄く、金箔のように光を反射し、まるで生きているかのようにホールの天井を舞い踊っている。
(うん。練習した時よりいい感じだ。土魔法で成形して、金魔法で動かす。我ながらいい案じゃないか)
この3日間、図書室に籠って自分に適性のある魔法を調べまくった。もちろん、演出に使えそうな魔法を探すためだ。
その結果。あのクソジジイ、さらなる余計なオプションをつけてくれたらしく、ほとんどの魔法が使えることが判明した。使えないのは闇魔法と聖魔法だけ。やっぱり一発殴らせろ。盛ればいいって問題じゃない。誰でもいいから「適度」という言葉をあいつの頭の辞書に太文字赤字で書き記してくれ。
まぁ、そんなことで色々と選択肢が増えて、何をするか悩んだが、招待客たちがこの指輪の話を知っているのだからそれに繋がるような余興がいいと思い、『土魔法で作り上げた金属を、金魔法で操作する』という案に落ち着いたのだ。
黄金の蝶たちは、ざわめく貴族たちの間を縫うように飛び回り、彼らが持つグラスの縁や扇子で静かに羽を休めた。この蝶には付与魔法を仕込んであり、蝶が触れた瞬間、ワインからはさらに芳醇な香りが、扇子からは生花のような芳しい香りが放つように演出を添えてみた。
「嘘だろう……詠唱せず、たった一言でこれほどの魔法を……」
「本当に5歳なのか?ありえない……」
「触媒があるとはいえ、魔力の質も量も並の貴族とは違いすぎる!」
会場のあちこちから、驚愕や恐れの入り混じった声が漏れる。 この世界において、土魔法や金魔法は重厚で鈍いものと思われがちだ。それをこれほど軽やかな芸術にしてみせた俺を、ただの子供として見ている者はもう一人もいなかった。
(これでも十分だろうが……)
さらに「染まれ」「駆けろ」と指示を出す。すると、蝶の半数が緑色に変わり、残り半分は馬へと姿を変え、空を力強く駆け始めた。
(緑の蝶と、黄金の馬はグレンチェライヒの象徴。演出にはぴったりだ)
俺は満足気に頷き、パンッと両手を叩いて鳴らした。 すると、空中の蝶と馬たちは一瞬で光の粒となって霧散し、女性には蝶、男性には馬の形をした小さな金とエメラルドのブローチとして彼らの手元に形を成した。
「本日の記念にお持ち帰りください。私を祝うためにお越しくださった皆様のこれからの道のりが、黄金に輝くものでありますように」
完璧なタイミングでの締め括り。 胸に手を当て、深く一礼する。静寂のあと、割れんばかりの拍手がホールを揺らした。
「素晴らしいっ!!」
「まさに神童だっ!!」
どうやら、客人たちの意識を「神印」から「魔法の天才」へと逸らすことに成功したらしい。俺は内心グッと拳を握って突き上げた。
(やってやったぜ!!)
当初の予定だった小さな指輪とは大きく逸れたパフォーマンスに、後ろの父上が驚愕を通り越して「やり過ぎだ……」とドン引きしながら、こめかみを押さえるのをギリギリで耐えたことにも、母上が「私の息子を見て!素晴らしいでしょ!」と誇らしげに輝かんばかりの笑みを浮かべていることにも気がついていたが、それより俺はやりきった感が凄くて、高揚感から父上のフォローのことなんかすっかり忘れてた。ごめん、父。
だが、これだけ大きな情報を投げ込んだのだ。作戦は成功と言えるだろう。
(山場は乗り切ったんだ。これからは俺の好きなようにさせてもらおう)
未だに鳴り止まない拍手の中、俺は計画の成功を確信しつつ、裏ではこれからどうやって冒険者としての準備を進めるかを計画し始めた。




