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ルネストン王国からの使者

挨拶と乾杯を終えると、俺たちの前に招待客が列を成した。ホールの中心はさながら大規模な国際会議のレセプション会場のようだ。


(なんか見覚えあると思ったら、何時ぞやの胃を痛めた会場に似てたのか。どうりで胃がキュッとなったわけだ)


かつての上司大暴走の苦い思い出が、落ち着いていた胃を再び締め始めて、思わず拳を握る。いたたたたっ……、くぅ……っ。



「アルベリック」

「……っ、はい、父上」

「大丈夫か?」

「は、はい。少し、緊張してしまって」


誤魔化すためにそう言うと、「あんなやらかしといて?緊張?何言ってんだ、お前」みたいな顔をされた。酷い。俺だって緊張くらいしますよ。今は胃が痛いだけですけど。


「さっきよりも近くで大勢の人に囲まれているから、緊張するのも無理はないわ。具合が悪くなったら、酷くなる前に直ぐに言うのよ」

「はい、母上。ありがとうございます」


誤魔化せたことにほっと一息つくと、そこにいかにも武人です、という2人組がやってきた。


「閣下!本日は誠めでたき場に呼んでいただき、感謝申し上げますぞ!」

「フェルゼンブルク侯爵、今日はよく来てくれた。アルベリック、こちらはフェルゼンブルク侯爵と、その嫡男のゼノス殿だ」

「フェルゼンブルク侯爵が嫡男、ゼノスにございます。アルベリック様。先ほどの魔法、これまでの土属性への見方を覆すような、実に見事な余興でございました」


ゼノスは俺に向かって爽やかな笑みを浮かべながら、片手を差し出してくる。


フェルゼンブルク侯爵家といえば、南部貴族でも三本の指に入ってくるような名門の武家だ。衣装の上からでも、その鍛え上げられた肉体がよくわかる。そして、その嫡男。確か、カトラン兄様と同い年の15歳。本当に感嘆しているのか、あるいは侯爵家の次代として見定めようとしているのか。どちらにせよ、自分より一回り年下な相手に対しても敬意を払った隙のない挨拶だ。


(このゼノスという嫡男、表面上は快活そうな笑顔を浮かべているけど、目が笑ってない。さっきからまるで俺のことを推し量ろうとしているようで、正直あまりいい気分ではないな)


ただの興味か。それとも、武人として本能的に警戒しているのか。どちらにせよ、まるで得体のしれない何かを見ているような、そんな目つきだ。俺を怪物か何かとでも思っているのか?

でも、ここで警戒されるのは不本意だし、冒険者計画にも支障が出てくるのは勘弁願いたい。それに、己を以て人を量ることは信頼関係を築く上で欠点となりうる。誤解や偏見が生まれるだけでなく、相手との対話が成立しなくなるからだ。


(ここで間違えれば、俺の評価を下げるだけでなく、グレンチェライヒが積み上げてきたフェルゼンブルク家との信頼関係にヒビを入れることになる。それだけは回避しないとな)


前世で外交官として働き始めてすぐの頃に先輩から言われたことを思い出す。


(「いいか、櫻井。外交において、『信頼を失う』ということは、どんな経済力や軍事力を失うよりも深刻な損失となる。一度信頼を失えば、それまで国際社会で得ていた影響力を一気に失い、その後にどれだけ有益な提案をしても、相手には『不信』がついてまわる。それを繰り返せば繰り返すほど、『信頼』というのは交渉ツールとしての効力を失うことになる。『築くのは一生かかるが、失うのは一瞬』。これを忘れるなよ」)


外交における基礎中の基礎。1度芽生えさせた不信は、相手の心からなかなか消えてくれない。そして、いま目の前にいるのは貴族。貴族社会において、信頼を失うことはそのまま社会的な死を意味する。「信頼」というのは担保であり、基盤なのだ。


俺はもはや職業病のように自然とできるようになった柔和な笑みを浮かべて、差し出されたゼノスの手を握った。その手の内はマメが潰れて固くなっていた。


「ありがとうございます、ゼノス様。フェルゼンブルク家の『剛剣』のお噂は私も父上から伺っております。まだまだ未熟ではありますが、いつかその剣に魔法を添えられる日が来るのを楽しみにしております」

「……っ、こちらこそ、楽しみにしております」


ゼノスがわずかに目を見開く。その様子を見ていたフェルゼンブルク侯爵は「はははっ!!」と豪快に笑って、息子の背中をバンバンッと叩く。


(痛い……あれ、絶対痛い……)


もう音だけで痛い。よくゼノスは立っていられるな。俺だったら、衝撃で吹き飛んで、そのまま床と仲良くなる自信がある。魂も飛ぶだろう。


隣に立つ筋肉ダルマみたいな侯爵に比べると、ゼノスはどうしても細くみえるが、実際は相当鍛え上げているのだと改めて理解した。


「いやぁ、実に将来が楽しみなお方ですな、閣下!はっはっはっ!!」

「はははは……」


父上はもう何も言うまい、といった諦めの表情で乾いた笑い声を返した。


フェルゼンブルク侯爵はひとしきり笑った後、俺に顔を近づけてニカッと笑う。


「アルベリック殿、いつか我が領地にお越しくだされ。グレンチェライヒのような華やかさこそござらんが、きっとあなたを満足させることができましょう」

「はい、ぜひ。フェルゼンブルク産の馬は、急な崖や山岳地帯をものともせず駆け上がっていくことで有名ですから、一度見てみたかったのです。楽しみにしています」


俺が大きく頷くと、フェルゼンブルク侯爵親子は満足気にその場を後にした。


次に現れたのは、南部の穀倉地帯を束ねるシュレンベンク伯爵と、法を司る家系として有名なベッテル子爵家。


「アルベリック様、我が領で採れた最高級の小麦を用いた菓子を献上いたしました。どうぞ、勉学の合間にご賞味ください」

「このベッテル、神印を授かられたアルベリック様の行く末が、帝国の法のごとく揺るぎなきものであることを祈念しております」

「ありがとうございます。皆様のご期待を裏切らぬよう、努力してまいります」


止まらぬ祝辞に、変わらぬ値踏みの視線。慣れているはずだが、5歳の体には意外と負担がかかる。そっと浅めに息を吐くと、横からグラスが差し出される。


「どうぞ、アル坊ちゃん」

「ヴァルト」


ジュースを差し出してくれたのは、普段よりも華やかな装いのヴァルトだった。


「改めまして、お誕生日おめでとうございます。今日という素晴らしい日に、ご立派な姿を拝見出来ただけでなく、このような素敵な贈り物を頂いたこと、臣下として誇らしく、喜ばしく思います」

「喜んでくれたのなら僕も嬉しいよ」

「妻もブローチの美しさに見惚れておりましたよ」

「今日は夫人と来ているの?」

「えぇ。───リア」


リアと呼ばれた女性は、呼ばれたことに気がついて会話を終わらせると、ヴァルトの隣に並んだ。


「アル坊ちゃん、紹介します。私の妻のアストリアです」

「お初にお目にかかります、アルベリック様。ヴァルトの妻、アストリア・フォン・ダラーニと申します。無事に祝福の儀を迎え、神印を授かられましたこと、お喜び申し上げます」


まるで春のそよ風のように穏やかな声だ。薄いピンク色の髪に、翡翠のような鮮やかな深緑の瞳も合わさって、春を纏っているように感じられる。パステルカラーがよく似合いそう。雰囲気からしても、きっと優しい方なのだろうな。


「ありがとうございます、ダラーニ夫人。ヴァルト殿には、いつも様々な面で助けていただいております。祝宴は楽しんでいただけておりますか?」

「はい。さすがはグレンチェライヒ、と感嘆しております。会場やお料理はさることながら、頂いたこのブローチの精巧さとエメラルドの色の深さや透明度には目を奪われましたわ。素敵な贈り物に感謝を」

「お気に召していただけたのでしたら、私としても喜ばしい限りです」


本当に笑顔が美しい人だ。夫人が春そのものなら、ヴァルトはそれを照らす陽の光。並ぶと1枚の絵のようだ。

目の保養はいくらあってもいい。二人には末永く幸せでいてくれるように、あのクソジジイ……じゃなくて、結婚と家庭の女神様に祈っておこう。ジジイに頼んだら、何されるかわかったもんじゃない。


両親も一緒になって、少しの間会話を交わしていると、ヴァルトが視線を俺の後ろに向けて、苦笑いする。


「私たちだけが長々と話している訳には行きませんね。お待ちの方々がまだ大勢おりますから」


ヴァルトの視線の先には、挨拶の順番を今か今かと待ち構える招待客の姿。まだまだ挨拶は終わりそうにない。


「どうか無理はなさらず。それでは、失礼いたします」

「ごきげんよう」

「はい。どうぞ、この後もお楽しみください」


ヴァルトは夫人をエスコートしながら去っていった。そして、すぐに別の貴族に声をかけられて話し始める。グレンチェライヒの代官なのだから人気なのだろう。


俺は挨拶に戻るために、ホールへ向き直す。すると、目の前からあまり馴染みがない、しかし、どこか懐かしさを感じる魔力がこちらに向かってきていることに気がつく。

目の前の人物が誰かに気がついた母上は「あら」と声をこぼして、頬を緩ませた。


赤交じりの茶髪に、穏やかさを印象づける柔らかな茶色の瞳をしたその男性は三十代後半くらい。周囲より焼けた肌は土地柄だろうか。肩から腰にかけられたサッシュには、母上の母国であるルネストン王国の象徴たる波と太陽を模したピンバッチがつけられていた。


「グレンチェライヒ公爵閣下、ヴァレリー王姉殿下、アルベリック様。ルネストン王国を代表して、宰相補佐 ルドルティス・エルマ・ロレンシスがご挨拶を申し上げます。アルベリック様が祝福の儀を無事に迎えられましたこと、上王陛下と王太后様もお喜びでございました」


驚いた。いくら自国の姫の息子とはいえ、家督を継がない末の子の誕生祝いに、まさか宰相補佐が来るとは思わないだろう。


(どういう意図だ?次期公爵であるカトラン兄様の誕生祝いならともなく、シメオン兄様やソレーヌ姉様の誕生祝いには別の使者を送ってきたと聞いたのに、俺の時は宰相補佐が来るなんて。この瞳の色が原因か?)


その可能性は大いに有り得る。むしろ、それしかない。


母上譲りの淡青色の瞳はルネストン王族の象徴であり、王位継承権を有するために必要な条件の1つに数えられる。しかも、母上は「王女」の地位を保持したまま父上に嫁いだ。


ルネストンの前国王夫妻───つまり、母方の祖父母の間には母上と叔父の2人の子がいるが、この世界の王族事情から考えると、子が2人というのはかなり少ない。色々あったのだろうが、とにかく長子である母上がグレンチェライヒへ嫁いだ後、弟である現国王に跡継ぎが生まれなれなかった場合と、国王一家にもしもの事があった場合、加えて母上が淡青色の瞳を持つ子を産んだ場合、その子に王位継承権を与えられるように、母上は王女として王位継承権を保持したままなのだ。まぁ、要は保険ということだ。


(自国の王位継承権保持者になりうる子供の様子を確認しに来たってところか。帝国への対処だけでも面倒なのに、隣国まで絡んでくるのかよ……)


勘弁してくれ。叔父にはちゃんと子供が何人も生まれているんだから、俺のことはほっといて欲しい。たかが目の色1つで、こんな大事引き寄せられるなんてたまったもんじゃない。目の色ってそんなに大事か?いっそ、目の色を変えられる魔法とかないかな。ない?ないなら作ればいいよ。あのジジイは『創造主』らしいし、魔法を創作できるスキルくらい用意してるでし ………ない。fuck。今度、教会に乗り込んであいつの像だけぶっ壊してやる。


「久しぶりね、ロレンシス。両親は元気かしら?」

「はい。毎日健やかにお過ごしでございます。先日は、アルベリック様が祝福の儀を迎えられるとお聞きし、自らイリーリャ島へと祈願に行かれておられました」


ロレンシスの言葉に、母上は声を高くして喜んだ。そして、俺に嬉しそうに教えてくれる。


「アル。イリーリャ島は、ルネストンが管理する海域に浮かぶ島で、海の女神 イリーナ様が御座す神聖な場所なのよ。普段は禁域で、国行事以外での立ち入りは禁止されているのだけれど、今回は貴方のお祖父様とお祖母様が、貴方が無事に成長した感謝と、これからの成長を祈るために自ら向かわれたようね。お二人とも、貴方の誕生日を祝ってくださっているわ」

「そうなのですね。ロレンシス殿、本日は遠いところから私の誕生祝いのためにお越しいただき、感謝いたします。上王陛下と王太后様にも、私のためにイリーリャ島で祈願してくださったことへの感謝と『離れてはおりますが、海がどこまでも繋がっているように、私もお二人の事を深く想っております』とお慕いしている気持ちをお伝えください」


(いやー、とんでもないことをしてくれたものだと言いたいところだが、我慢しよう。さすがに不敬だし、俺のためを想ってしてくれたことだ)


国行事以外立ち入り禁止の神聖な島に、前国王夫妻が自ら孫の成長祈願に向かった。


そんな大それたことを行ったとなれば、それこそ噂になり、結果独り歩きして変な憶測を呼びかねない。


だが、どんな思惑があるにせよ、祖父母が孫である俺のことを想ってその足で祈願に行ってくれたことは嬉しいし、感謝するべきだ。それは確かなので、素直にお礼を口にする。ロレンシスも俺の言葉に頷き、役目を受けてくれた。


「噂には聞いておりましたが、5歳にしてこれほど聡明で、魔法に優れているとは。お二方もさぞお喜びになられることでしょう。………それにしても、本当に見事な淡青色の瞳だ」


「上王陛下によく似ておられる」と、小さく呟いたのを俺は聞き逃さなかった。


クソジジイ、お前はどれだけ余計なオプションをつければ気が済むんだ?


母上に似ているのは知ってたし、そりゃあ血縁だからある程度似ているかもしれないとは思ってたけど、ルネストンの宰相補佐が見て驚くほど似てるなんて、面倒なことこの上ないな。


両親も聞こえていたようだが、何も言わなかった。ここでその話を大きくして、俺の負担になることを避けたかったのだろう。ロレンシスはそんな両親の雰囲気を察して、話題を変える。


「アルベリック様は水魔法はお使いになられるのですか?」

「はい。まだちゃんとした授業は受けていませんので、書物を読んで簡単な魔法を出すことくらいしかできませんが」

「土魔法をあれだけ上手に使いこなしておられるのですから、すぐに上達いたしましょう。王姉殿下は我が国でも随一の水魔法の使い手であらせられた。アルベリック様もきっとお母上のようになられますよ」

「ご期待に添えるよう努力します」


ルネストン王族は、大陸一の水魔法の使い手と言われている。それは、彼らが水の女神 アセラーの子孫だから。


前に母上が寝物語で話してくれた、ルネストンに古くから伝わる伝承では、かつてアセラーが人間の男性と恋に落ちた際、二人の子供を産み落としたという。父親の血を強く受け継いだ男の子は、母から授かった水の加護によって水の精霊に愛され、その力をもってルネストン王国を築いた。対して、母の血を強く継いだ娘は海の女神 イリーナとして兄の治世を支え、兄の死後はイリーリャ島へ姿を隠し、そこから今も国を見守ってくれているのだという。


(「だから、ルネストン王族は代々水魔法を受け継ぎ、その瞳は水を象徴する淡青色なのよ」)


湧き水のような澄んだ声で話し終えた母上は、自分と同じ色の瞳をした俺の目元を愛おしむようにそっと撫でた。


どこからどこまでが本当かは分からないが、確かなことがあるとすれば、ルネストン王族は水魔法の使い手で、淡青色の瞳を持っているということ。そして、ルネストン王国ではアセラーとイリーナの女神信仰が浸透していることだ。


チラッと母上を見る。


王太子だった頃の母上は国民から絶大な人気を誇っていたと聞く。それは、国随一の水魔法の使い手であることに加え、女神を彷彿とさせるこの美しい容姿も関係していたのだろう。


(金髪碧眼のとんでもない美女が目の前で自由自在に水を操っていたら、俺だって女神が降臨してきたと思うだろう)


しかも、朗らかで飾らない性格で民を愛し、戦争となれば、将軍として自ら剣を持って、国のために戦場を駆け抜けていたのだ。そりゃあ、人気にもなる。


(そう考えると、祖父母は母上が隣国の我が家に嫁ぐことをよく許したものだ。国の象徴とも言うべき娘なのだから、俺だったら他国に嫁ぐなんて冗談じゃないって渋い顔しながら拒否するね)


国にとって象徴とも言うべき人物が1人でもいることは政治的な安定に繋がるし、その国の品格や文化の象徴として機能するから、他国からの印象が良ければ良いほど外交において有効な潤滑油となる。


日本でいえば天皇陛下や某野球選手などが当てはまるが、外交という面で有名な話ならアラブ諸国王室との皇室外交だろうか。


第1次オイルショック時に、日本は原油供給が途絶える危機に直面したが、この時、アラブ諸国の王室と日本の皇室との間で築かれた信頼関係が原油の安定供給へ繋がる大きな力になったと言われている。


俺も外交官として働いていた時、要人との会話の中で相手との距離を縮める為に、皇室の話題に触れることがあった。慎重に扱わなければならないセンシティブな領域ではあるが、日本という国の信頼性を伝え、実務交渉をスムーズに進める上で最高の外交カードなのだ。


そういう場面を何度も見て経験してきたからこそ、ルネストンにとって『最高の外交カード』であった母上を他国の、しかも皇室ではなく公爵家へと嫁にやることを認めた祖父母の決断は、彼らにとってあまりに大きな損害であり、帝国との戦争を起こさない為の損切りという英断に映るが、個人的にはパニック宣言をされた彼らを哀れに思う。


1度決めたらテコでも動かない母上だから、どう説得しても無駄だったんだろうな。母上の頑固さと破天荒さは折り紙付きだ。


そういえば、前に気になって、「こちらに来る時、おじい様は泣かなかった?」と尋ねたら、


「『このバカ娘……っ』って、呟きながら玉座から滑り落ちていらしたけど、泣いてはいなかったわ。認めてくれないなら、今すぐ王位継承権を放棄し、国を出て冒険者になるって、重臣たちの前で宣言した時は白目をむいて運ばれていかれてたけれど」


という、昔を懐かしむ母上の極上の笑みが返ってきて、当時の祖父の心労を考えてしまった俺は胃の辺りをそっと抑えた。だって、この母のことだから冗談じゃなくて本気で言ってただろうし。そりゃあ、玉座から滑り落ちて、白目も向くわ。


でも、まぁ……


父上に寄り添いながらロレンシスとの会話を楽しむ母上。その笑顔は父上の隣にいる時がいちばん輝いている。


(母上がこうして幸せそうに微笑んでいるのなら、祖父母としては十分『正しい決断』だったんじゃないだろうか)


太陽のように輝く笑顔を見つめていると、視線に気がついた母上が俺の方を向いて小さく首を傾げる。


「どうしたの、アル?」

「いえ、母上が嬉しそうに微笑んでおられるので、見ていて私も嬉しくなりました」

「…まぁ!」


母上は俺の言葉に目をパチッとさせた後、すぐに花が咲いたように表情を綻ばせた。隣では父上が「誰の血だ、これ……」と深いため息と共に、再び片手で顔を覆い、掠れた声でそう零していたが、喜びのままに強い力で俺を抱きしめる母上に遮られて、その呟きは耳に届かなかった。


そんな俺たちの様子をロレンシスは目を細め、口元には弧を描きながら、満足気に見つめた後、胸に手を当てて頭を垂れた。


「王姉殿下とアルベリック様の幸せなお姿を拝見することができ、私も上王陛下と皇太后様に安心して良い報告をすることができます」

「えぇ。両親とアイロスによろしくね。いつか、この子の顔を見せに行くと伝えてちょうだい」

「かしこまりました。必ずお伝え致します」


「失礼致します」と丁重に一礼をして、最後にもう一度俺の顔を見た後にその場を後にした。


俺は人だかりに埋もれていくその後ろ姿を見送りながら、いつの間にか強張っていた肩の力を抜き、誰にも気が付かれないようにそっとため息をこぼした。

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