祝福の儀
祝文はよく分からないので、変でもスルーしてください。
朝食後、儀式のために仕立てた服に着替えた俺は両親と、ソレーヌ姉様ともに馬車に乗り込んだ。向かう場所は、領地内の歴史ある聖堂だ。
「そういえば、父上とソレーヌ姉様も神印を授かっておられますよね。どのようなお力なのですか?」
ふと気になり、向かいの父と隣に座る姉に聞いてみる。グレンチェライヒ家では、珍しいことに2代に渡って神印を授かっている。他家に比べて、比較的神印を授かることが多いといれている我が家だが、それでも2代続けて授かるのは滅多にないことだ。
「私は槍の精霊から授かった。グレンチェライヒ家の人間は何世代かに一度は神印を授かるが、武や自然に関するものが多いようだ。すでにソレーヌが別の精霊から授かっているが、お前ももしかしたら神印を授かるかもしれないな」
「へぇっ!初めて知りました。姉様は?」
「わたくしは歌の精霊から授かったの」
「だから、ソレーヌ姉様は歌がとてもお上手なのですね!」
ソレーヌ姉様はとても歌が上手い。天まで届くような透き通った声に誰もが聞き惚れ、『天上の声』と称賛されている。姉はよく俺に歌を歌ってくれるが、聞き心地のよいソプラノはとても表情豊かで、遠くで歌詞が風景になって見えるようだ。
「ソレーヌの歌は本当に素晴らしいわ。わたくしは神印や加護というものがどのようなものか、詳しくは分からないけれど、精霊のお力を授かるというのはとても特別なことね」
帝国出身ではない母は神印についてそこまで詳しくはない。そもそも、前世よりも神々や精霊の存在が身近な世界とはいえ、その存在から加護が与えられる人が何人もいるこの国が珍しいのだ。だが、どこの国にも神々や精霊に愛される存在がいるのは事実なので、夫や娘の能力を目の当たりにして感動しているようだった。
「アルベリック、聖堂に入る前に話しておく」
しばらく和やかに会話が続いていたが、聖堂が姿を現すと父は真剣な顔になり、俺を見据える。その様子に、俺も自然と姿勢を正した。
「いいか。祝福の儀はあくまでも、お前が5歳まで無事に生きることができたことを感謝し、これからの人生に祝福があるよう祈るものだ。神印が目的では無い。神々や精霊に心からの感謝と祈りを捧げろ。もし、お前をお気に召された存在がいて、恐れ多くも神印を授かることができれば、その時は更なる感謝と祈りを捧げるんだ。神印は良くも悪くも与える側に選択肢がある。どんな神印を授かろうと、与えてくださったことに感謝しなさい。そして、その力をこれから先、より良く活用しなさい。彼らの力は魔法より大きい力だ。間違った使い方をしてはならん。いいな?」
「はい、父上。祈りと感謝の気持ちを忘れず、 神印を授かった場合は、国と民のためにその力を使います」
「うむ」
その会話が終わるのと同時に、御者が聖堂に着いたことを知らせる。聖堂は白い石壁が太陽に反射しており、純白な輝きが神秘的で美しい。
中に入り、受付を済ませるとすぐにシスターが迎えに来て、儀式を行う祭壇の間へと案内させる。
「こちらが祭壇の間になります。中で司祭がお待ちです。どうぞ」
「あぁ、案内ご苦労」
父を先頭に、シスターによって開かれた扉をくぐる。
祭壇には、帝国で信仰される神々の像が並び、神聖で厳かに満ちた空間だ。奥の祭壇では、すでに司祭が儀式を執り行う準備を行い、俺たちの到着を待っていた。
白い薄手の衣、その上に着用するポンチョのような服、華美さとは無縁の質素なそれらは前世で見たものとあまり相違はない。
「お待ちしておりました、公爵様。準備はすでに整っております」
「あぁ、よろしく頼む」
「かしこまりました。では、これよりアルベリック・フォン・グレンチェライヒ様の祝福の儀を執り行います。アルベリック様、どうぞ祭壇の前へ」
「はい」
スッと祭壇の前に進み出る。事前に伝えられていたように片膝をついて、胸の前で両手を組んだ後に目をつぶる。
俺が儀式の体勢になったのを確認した司祭は、俺の頭にそっと手を置き、祝文を唱える。
「唯一の創造主、我らが父 アウラ・テロスよ。かの神より生まれし数多の神々と精霊たちよ。貴女方のお恵みにより、この幼子が健やかに五つの星霜を数えましたことを、感謝をもってここにご報告いたします。
願わくは、貴女方の祝福が永久にその歩みと共にありますように」
(おい、クソジジイ……見てるか。俺は今、心底この家族に感謝してる。だから、アンタに対しても……少しだけ、感謝してやるよ)
前世の櫻井優希としてのプライドも、悪態も、一旦全て横に置く。ただ、心から天に向かって祈りを捧げた。
「これより始まるアルベリック・フォン・グレンチェライヒの新たなる歩みに大いなる祝福を」
その瞬間――
ガバ───ッ!
祭壇の中央にある水晶が、それまでに見せたことのない、強烈な純白の光を放った。
聖堂の空気が震え、遠くで鐘が鳴り響くような音が耳に届く。 そして、あの聞き覚えのある、けれど少しだけ神々しさを取り繕ったあのクソジジイの声が、頭の中に直接響き渡った。
『───よしよし。その謙虚な姿勢を待っておったぞ、小僧。では、約束通り授けようかの。お主のこれからの人生に、神々の悪ふざ……いや、最大級の祝福を!』
(悪ふざけって言ったよな?……言ったよなぁあっ!?)
さっきまで捧げていた祈りと感謝の気持ちが一瞬にして霧散する。
俺の怒りが大きくなるのと同調するように、光が一段と強くなる。
俺の頭上に浮かび上がったのは、精霊の光ではなく、巨大な紋章だった。
「ありえない……」
司祭がこぼすように呟いた。
それは、父なる神『アウラ・テロス』の象徴であり、「神の祝福」の中でも、最も強大で、稀有な加護。オーリアン帝国初代皇帝が授かったといわれている、あの伝説の神印だった。
「まさか、そんな……」
周りが驚きで固まる中、俺はというと、
(ジジイが言ってた『わしの力』ってこれのことか!!結局、悪ふざけじゃねぇか!!)
穴に落とされた時にジジイに言われた言葉の謎がようやく解けて、1人ですっきりした後、グググッ……と音が鳴るほど拳を握っていた。
だが、それだけでは終わらなかった。頭上の紋章は「もういいから、はよ収まれ」という俺の頼みを「やーだね。あっかんべぇ」と嘲笑うかのように、さらなる変化を見せた。
『アウラ・テロス』の紋章の周囲に、小さな幾つもの光が点火するように現れたのだ。それは、父上や姉様が授かった「槍」や「歌」の精霊など比較にならないほど多く、濃い神々の権能の欠片。顔が引き攣るのも仕方がないだろう。
(おいおいおいおい……詫びの品にしてはちょっとやりすぎじゃねぇか、これ?)
背中にスーッと冷たいものが流れる。 外交官時代に軍事国家のお偉いさんに気にいられた際に「ちょっとした手土産」と言われて、爆弾の起動スイッチを渡された時と同じ気分だ。ありがたいどころか、今後の「政治的リスク」が跳ね上がりすぎていて、胃に穴が開きそう。
(限度って言葉を知らねぇのか、あのクソジジイ!?いつか絶対にぶん殴るっ!!)
というか、いつかじゃなくて、今すぐに殴らせて欲しい。我儘は言わない。とりあえず一発でいい。一発殴った後に、酒瓶で頭をぶん殴らせてもらうだけでいいんだ。大好きな酒瓶で殴られるのだからクソジジイも本望だろう。
その間に、場を包み込む神聖な光は次第に小さくなり、紋章が俺の体内にゆっくりと吸い込まれていく。 魂に重厚な刻印が刻まれた感覚だ。しばらくして水晶は儀式前と同じ状態に戻っていた。
(なんか、左目が……)
左目の奥が異様に熱を持っている気がして、目の前の水晶に映る自分を見ると、さっきの紋章と同じ印が左目にはっきりと刻まれていた。
(あのクソジジイの紋章の割にはかっこいいな)
趣味の悪い紋章だったら、やり直しを要求してやるところだった。案外悪くなかったことに、さっきまでの怒りも少し落ち着く。
光が完全に収まると、瞳から紋章もなくなっていた。紋章に満足していた俺は一瞬だが、周りの状況を完全に忘れていた。
俺以外のその場にいた全員は放心状態のまま、先程まで紋章が浮かんでいた場所をぼけーっと眺めている。
(あー、えっと……まだ儀式の最中、だよ、な?)
確かこの後、司祭が神印を伝え、門出の聖句を唱えて、儀式は終了となる予定のはず。しかし、未だに司祭は呆然、いや、滂沱の涙を流しながら「おぉ、我らが父よ……」と祈りを捧げ始めていた。
「あの、司祭様……」
(俺の祝福の儀がまだ途中なんですが……)
儀式そっちのけで祈りを捧げる司祭にそーっと声をかけたが、感動のあまり周囲の音が聞こえていないらしい。未だに知らされない神印と終わらない儀式に、どう動いたらいいのかさっぱりだ。
「……ア、アル……アルベリック……」
隣から父上の震える声が聞こえて横を見る。 『帝国の守り刀』として、これまで数多の戦場や政事を潜り抜けてきた父上が、これほどまでに動揺しているのを初めて見た。
「アル……お前は一体、どんな運命を背負って生まれてきたのだ……」
「父上……」
(運命ではありません。詫びであり、悪ふざけです)
なんて言えない。ここは子供らしく、にっこり笑っておく。
「父上、とても温かいものが身体の中に入ってきた感じがしました。神様が祝福してくれたのでしょうか?」
俺の言葉で、ようやく聖堂内の時間が動き出した。
「ああ……。そう、だな。アル、お前は……」
父上が歩み寄り、大きな手で俺の肩を掴む。その手はまだ、わずかに震えていた。
「アルベリック。お前は今日、ただの公爵家の息子ではなくなったのかもしれん。だが、忘れるな。お前は俺たちの愛する息子だ。何があろうと、この父が、グレンチェライヒがお前を守る」
「父上……はい、ありがとうございます」
きっとあのクソジジイのことだから、平穏で平和な生活を送るのは難しいだろう。だが、今は父のその気持ちが嬉しかった。
母上とソレーヌ姉様もようやく現実に戻ってきたようで、俺に駆け寄り「神印は」「具合は」と尋ねてくる。そんなふたりを一旦落ち着かせ、まずは儀式を終わらせることにした。
父上に揺り動かされ、ようやく現世へと帰還した司祭様は震える手で聖典を握り締め、声を絞り出した。
「アルベリック・ヴァ、【ヴァエルター】・フォン・グレンチェライヒ……」
その名が静まり返った聖堂に響く。
【ヴァエルター】
知識を総動員してその響きの意味を探るが、まだこの世界の言葉や意味に疎い俺には、その名が何を意味するかは分からなかった。
知る人が知れば驚いて尻もちつくようなあまりに重い称号なのだが、そんなこと知らない俺は、勝手に予想をつけた。
(ヴァエルター……あのクソジジイ、お詫びだからって『最高神の代弁者』みたいな厨二病全開な名前を付けやがったな!?)
俺のツッコミを余所に、司祭は再び溢れ出しそうになる涙を必死に堪え、門出の聖句を唱え始めた。
「アルベリック・ヴァエルター・フォン・グレンチェライヒよ。そなたのこれからの人生に祝福あれ」
そこでようやく儀式が終了した。
儀式が終了しても、全員がその場から動けずにいた。
「大変なことになった……」
「ち、父上……」
父上に至っては、あんなにかっこいいことを言ってたのに、頭を抱え始めた。
「創造主様からの神印を最初で最後に授かったのは、初代皇帝陛下のみ。神印を授かっただけでなく、まさか創造神様から……」
未だに感動と高揚感から抜けてない表情の司祭が父を呼ぶ。
「公爵様、神印を授けられた者の詳細は皇帝陛下にお伝えしなくてはなりません」
「あぁ、わかってる。わかってるが……」
さらに頭を抱える父上。嬉しいが、不安だ。そんな気持ちがひしひしと伝わってくる。
神印を授かった事実だけでも大層なことなのに、それが最高神からとなると話が変わってくる。
(俺は嫡男でもなければ、いずれ平民となる四男。いくら父上がそっとしておいてくれと言っても、国は放ってはおかないだろう)
創造主から神印を授かった人物がいずれ外に出て、それこそ別の国でその力を活用することになれば大きな損害だ。国は間違いなく、あらゆる手段をこうじて繋ぎ止めようとするだろう。それに、強すぎる力はかえって災いを呼ぶ。最悪、一生国の管理下に置かれる可能性だってあるのだ。
(冗談じゃない。突然死んで、これまで築き上げてきた全てを台無しにされ、恋人とも引き離された挙句、ようやく前に進めたら、今度は自由を奪われる?ふざけんなよ、そんなこと絶対に嫌だね)
しかし、相手は西大陸一の強国を統治する一族。どうしたものか。
俺は必死に頭を回転させた。 外交官としての第一原則は『不測の事態でも、主導権は渡さない』。交渉のテーブルにすらつかせてもらえない不当な契約なんて、一秒たりとも結ぶ気はない。
(あっ、そうだ!)
そこで思い出した、我が家の歴史。
グレンチェライヒ家は元々、建国より早くからその土地を支配していた騎馬遊牧民族であり、祖先は一族の長だった。 建国を目指していた初代皇帝の後ろ盾となった祖先は、共に戦乱の世を渡り、守り刀として皇帝を支え続け、建国に尽力したことで現在まで続く高い地位を得た。
建国後、功臣となった祖先は帝国初の貴族として公爵位と、【境界の支配者】を意味する「グレンチェライヒ」の姓を授けられたのだが、その時一緒に『帝国における特権』と『一族独自の裁定や法に関する不干渉を約束させる誓約書』が授けられている。 これにより、グレンチェライヒ家は「帝国の貴族」であると同時に「遊牧民族としての伝統と法を維持する南部の支配者」という、とんでもな地位を確立したのだ。
(つまり、だ。一族独自の裁定が認められているのだから、家長である父上さえ許せば、俺はある程度自由でいられるということだ。恩人であるグレンチェライヒ家の息子に、皇帝とて誓約を破ってまで手出ししてこないだろう)
すぐには。でも、それでいい。時間が稼げればいいのだ。その間に、どう逃げるかを考える時間が欲しい。
「父上」
俺の考えを、子供らしく伝える。いや、こんな提案している時点で子供らしさはないだろうけど、こっちだって必死なのだ。可愛い息子の提案を受け入れてくれ、父上!!
必死な思いで考えた提案を聞いた父上は目を見開いた。
「アル、お前……本当に5歳児か?」
「(ギク…ッ!!)ア、アアアタリマエジャナイデスカ」
5歳児ですよ!ほらっ、どっからどう見ても5歳児です!俺は5歳児!5歳(+精神年齢30歳)児です!
父上は俺をじーっと見た後、何か覚悟したように目をつぶって、低く笑った。
「だが、悪くない。陛下も、グレンチェライヒの『不干渉の特権』を無視して強引にお前を奪えば、南部全域を敵に回すリスクを負うことになる。あの方はそこまで愚かではない」
わしゃわしゃと俺の頭を撫でる父上。まるで、「安心しろ」と言われているようで、肩の力が抜けた。
父上は俺の頭から手を離すと、一変して公爵としての威圧感を放ちながら、司祭に向き直る。
「司祭。陛下への奏上は私から行おう。書面には【ヴァエルター】の神印を授かった事実は記すが、その詳細は『現在調査中』とし、この子の教育に関してはこれまで通り、我が家が責任を持って行うと、書き添える。異論はないな?」
「は、はい……! 公爵様がそう仰るのであれば……」
司祭は圧倒され、深く首を垂れた。
とりあえず、第一関門突破だ。
気が抜けて、近くの長椅子にストンっと座り込む。その様子を見ていた母上が、俺をそっと抱きしめる。
「アル。貴方がどんなに素晴らしい力を持っていても、わたくしにとっては大切な息子であることに変わりはない。帝国が貴女に無理を強いるのであれば、ルネストンに逃げればいいわ。大丈夫。ひとりではないわ」
「母上」
「アル。何かあったら、わたくしもアルを守るわ。わたくしは貴方のお姉様だもの」
「ありがとうございます、ソレーヌ姉様」
本当に優しい人たちだ。家族がこんなにも俺のことを守ろうとしてくれているのだ。やってやろうではないか。
(待ってろよ、オーリアン帝国。そしてクソジジイ。俺の自由を奪おうとする奴は、たとえ相手が神だろうと皇帝だろうと、あらゆる手段を使って徹底的に分からせてやる)
神々の像が、俺の決意を肯定するように小さくピカッと輝いた気がした。




