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グレンチェライヒ公爵家の“四男”と誕生日

神への罵倒から始まった第2の人生。

虚無と羞恥と罵倒と虚無と赤面の繰り返す毎日に耐え続け、俺はようやく5歳になった。


転生してからのことを軽く整理すると、前世 櫻井優希(さくらいゆうき) 改め 今世 アルベリック・フォン・グレンチェライヒとして俺は、オーリアン帝国の公爵家の末っ子四男に転生した。


そう、〝四男〟である。


この世界には東西南北にそれぞれ大きな大陸があり、オーリアン帝国は西大陸で最も広大で、強大な国だ。初代皇帝の時代から名君が土地を収めできたことで大陸で右に出るものが居ない強国となった。


国が大きいこともあり、各土地を収める貴族も多い。だが、領地や財産には限りがある。そのため、この国では例外を除き、長男が家を継ぎ、次男と三男は補佐として準貴族に、それ以下の息子は継承権放棄の代わりにある程度の財産を渡されて、貴族籍から抜けることになっている。

これは貴族による財政ひっ迫に頭を抱えた何代目かの皇帝が、無駄に貴族の数を増やさないために定めた法律だという。


まぁ、何が言いたいかと言うと、


(せっかく貴族に転生したのに、16を過ぎれば追い出される……なぜだ……っ)


跡継ぎから程遠い俺は、選択の余地なく実家から追い出し決定というわけである。


(そんなことあり!?せっかく国内序列一位の貴族に転生して、やりたいことがなんでもやれそうなワンダフルライフが送れると思ったのに!!)


「はぁぁ……まぁ、この世界は魔法が発達してるし、俺は神様から貰った力があるみたいだから、今から力つけて冒険者にでもなるか」


今世の我が家は軍人家系であり、兄たちを見る限り、幼い頃から剣や乗馬の訓練が始まるはずだ。冒険者になるにはもってこいの環境だろう。貴族なら他国言語も習えるだろうし、経営学も習って商人もいいかもしれない。立ち直りは昔から早い方だった。親が「お前はもう少し悩め」と膝突合せて、話し合いを設けてくるほどに。


だって、グズグズ言ったって仕方ないのだ。この家は優秀な兄たちに任せて俺は好きなことをやらせてもらおう。そのためにまずは、


「体力作りから始めるか」


そう。俺、今5歳。魅惑のムチムチボディから、ちょこっとむちボディへと成長を遂げた。が、いかせん子供なので体力がない。3歳になったくらいから試しに魔法を使ってみたが、直ぐに体力切れでぶっ倒れて、それを発見したメイドが悲鳴をあげた。その後、両親にこんこんと説教をくらい、魔法の使用は5歳からと約束させられた。その代わりに、図書室で魔法に関する書物を読むことと、庭での体力作り(鬼ごっこ)が許可されたのだ。


そして、今日は俺の誕生日。つまり、魔法の解禁日というわけである。まぁ、「じゃあ、早速魔法を」という訳にもいかず、誕生日当日はやることが沢山あるので、お預けだが。


「アルベリック坊っちゃま、お誕生日おめでとうございます。今年も良き1年になりますよう、お祈り申し上げます」

「わたくしからもお慶び申し上げます、アルベリック坊っちゃま。こちらをどうぞ」

「ありがとう、爺、マリア」


朝の支度を整えていると、部屋にやってきた爺こと家令のヘンリーと、この家のメイド長であるマリアがやって来た。口頭一番に誕生日のお祝いを述べながら贈り物をくれる2人に笑ってお礼を言う。


「あんなに小さかった坊っちゃまが、もう5歳とは。時の流れは早いものですな」

「えぇ、お懐かしいです。お生まれになられたばかりの頃はよく熱を出され、少し大きくなられてからも──」

「あははは……」


確かに、こっそり魔法の練習をしてよく熱を出したり、ぶっ倒れたりしては2人が介抱してくれた。今では倒れる回数も減り、看病されることも少なくなったが、当時のことを思い出すと申し訳なさで苦笑いしてしまう。


身支度を整えてくれている専属メイドのリーナも、2人の会話にクスクスと笑っていた。


「先程までお元気でしたのに、まるで魔力の切れた明かりのようにプツンと倒れられるものですから、初めての時はとても驚いて、屋敷中に響き渡るほど大きな悲鳴をあげてしまいました。後で、もう少し冷静になれと、他の使用人たちに叱られて、一日に何度も謝罪したのを覚えてます」

「あぁ、あれには使用人全員が驚きましたな。敵襲でもあったのかと」

「わたくしはむしろ、悲鳴に驚いた使用人たちが皆して武器を手にして駆けつけてきたことに驚きましたわ」

「重ね重ね申し訳ございません……」


手を止め、当時のことを思いだして気まずそうに2人に謝罪するリーナ。


今となっては笑い話だが、目が覚めた後に姉から聞いた話では、悲鳴を聞いた全員が男女、管轄関わらず、剣や弓などの武器や、フォークにナイフ、花瓶といった物を手にして俺が倒れた中庭に駆け込んできたそうだ。その光景はまるで、確実に獲物を追い詰め、仕留めるための囲い込みのようだったと、恐ろしげに話してくれた。


元々といえば、俺がフライングで魔法を使ったのが悪いわけなのでリーナが謝る必要はないのだが、マリア曰く、「グレンチェライヒの使用人たるもの、いついかなる時も冷静かつ迅速、そして的確な対応を心がけよ」との事。リーナの行動はそれに反するとしてお叱りを受け、謝罪したわけだ。俺が悪いからと庇うのは簡単だが、使用人の掟には使用人の掟が存在する。それに主人が首を突っ込んではならないと、相談した父に教えられた。なので、リーナには謝罪と庇い立てではなく、礼を伝えることにした。


リーナもそれ以来、マリアの元で学んだことで慌てた行動は少なくなり、専属メイドになるほど優秀なメイドになった。


「リーナのおかげで真昼の中庭に倒れ続けることもなく、すぐにお医者様に診てもらうことができたんだ。専属メイドになってからも、僕の為によく働いてくれているし、感謝しているんだよ」


子供らしからぬ言い方だろうが、改めて礼を伝えると、リーナは「当然のことです」と微笑み、立ち上がった。


「さ、ご用意が整いました」

「ありがとう」


鏡を見ると、そこには上質な私服を纏う貴族の子息が写っている。鏡で見る自分の姿は前世とは全く異なっている。母に似た色白で華やかなこの姿にもようやく慣れてきたところだ。リーナの見立てに頷き、ダイニングルームに向かうために部屋を出る。


「おめでとうございます、アルベリック様」

「おめでとうございます」

「よき一年になりますように」

「ありがとう」


今日は俺の誕生日ということで、すれ違う使用人達が皆祝ってくれる。六大貴族であるグレンチェライヒ公爵家の屋敷は一つの街のように広く、準ずるように使用人の数も多い。目的の場所に着くまでで一生分のおめでとうをもらった気がする。


俺が姿を表すと、執事によって扉が開かれる。朝日に照らされる広いダイニングルームにはすでに家族が揃っていた。


「おはようございます。遅くなり申し訳ございません」

「かまわん。今日の主役なのだ。さ、座りなさい」

「はい、父上」


寛大に許しをくれた父上に礼をして、席に着く。


「おはよう、アル。5歳のお誕生日おめでとう」

「おはようございます、ソレーヌ姉様。お祝いの言葉ありがとうございます。皆に祝って貰えるだけで、とても嬉しいです」


隣の席に座る2つ上の同母姉は祝いの言葉と一緒に、家紋が刺繍されたハンカチを贈ってくれた。


赤と緑、そして金で刺繍された家紋は繊細で美しいが、中央の馬は少し歪な形をしている。俺がそれに気がつくと、姉は恥ずかしそうにしながら、そこは自分が刺繍したと教えてくれた。


習い始めたばかりの刺繍で、俺の誕生日プレゼントのために一生懸命繍ってくれたと知り、満面の笑みで嬉しさを伝える。するとソレーヌ姉様は、春の瑞々しい若葉のように明るい瞳を細ませて微笑んだ。それだけで、1枚の絵になるほど美しい人だ。


「これで、みんな揃ったな。今日はアルの誕生日だ。5歳になり、お祝いとして身内での宴を開く。そして、他の貴族へお披露目も兼ねて、3日後には大規模な祝宴を開くゆえ、各自用意しておくように。特に、アル。3日後の祝宴には南部の貴族や商人が招かれるだけでなく、ルネストン王国からの祝いの使者も来るそうだ。簡単な言葉で構わない。皆の前で挨拶する際の言葉を考えておきなさい」

「はい、わかりました」

「あなたは末の子とはいえ、このグレンチェライヒ公爵家の息子。初のお披露目で失敗しないように、ヘンリーに後でもう一度出席者の名簿を見せてもらいなさいね。衣装は新しいものを仕立てさせましたから、後で届けるわ」

「ありがとうございます、母上」


(グレンチェライヒ公爵家は南部貴族のトップであり、建国に尽力した六大貴族の一角で、国内序列一位の名門。母上の母国からの使者も来る以上、下手な挨拶はできないな)


末の幼子といえど、名門一族の息子。貴族はその言動を事細かに注視し、隙あらば粗探しを始める。


(出席者の名前と人柄、領地の特徴は何度も頭に叩き込んだが、最後にもう一度確認しておこう)


外交官時代、職業柄人の名前や顔を覚えるのは得意だった。人前で挨拶することも多かったから、コミュニケーションスキルや社交性といった面も問題ない。ようやく慣れ始めた貴族社会のマナーやルール、力関係の構図理解に少し不安が残るが、慣れていかなくてはならないのだ。頑張るしかない。


食事を進めながら、1人意気込んでいると父の斜め左に座る母が食事の手を止めて俺に微笑む。


「でもその前に、まずは聖堂で『祝福の儀』ね」

「はいっ!」


俺はその言葉に大きく頷く。


『祝福の儀』 ───オーリアン帝国で5歳の節目に行われる重要な通過儀礼だ。子供が5歳まで生きることができたことに感謝、祝福すると共に、これから歩む人生が幸福で健やかなものであるように祈りを捧げる儀式である。


この世界ではあらゆるものに神や精霊が宿る。


オーリアン帝国初代皇帝 レオン一世は物心ついた時から神々や精霊に感謝と祈りを捧げ、皇帝となった後も民を尊び、国の幸せを喜ぶ心が愛された。それゆえに、【地上の光】を意味する『オーリアン』という名を賜り、多くの加護を授かっていたという記録が残る。帝国に住まう者は偉大な初代皇帝に倣い、神々や精霊を尊び、祈りを捧げるようになった。


『祝福の儀』は、子供の死亡率が今より高かった当時、子供が無事成長できたのは祈りを捧げてきた対価として神々や精霊が護ってくれているおかげと考え、これからも子供が何事もなく成長出来るように神々の像の前で祈りを捧げたことが始まりの儀式とされている。


また、儀式では初代皇帝のように神々や精霊に選ばれた者がミドルネームを授かる場合がある。【神印(しんいん)】と呼ばれるそれは、加護であり、神々や精霊が自らの力の一端を授けた証である。生まれ持った魔法とは全く異なる力であり、個人の才能を極限まで引き上げる効果もある。そのため、神印を持つ者───【刻印持ち】は社会的に高い価値と権威を持つ。親は子が神印を授かることを期待し、神印を授かれば大喜びで社交界に広めて優位性を保つ。


親として子の成長を喜び、貴族として繁栄を願う。


節目を祝う習慣のある帝国では、そんな気持ちを抱きながら、この日を盛大に祝う。


「朝食が済んだらすぐ聖堂へ向かいますから、部屋に戻って準備していらっしゃいね」

「はい、母上」

「今日一日は息付く暇もないから、体調には気をつけるんだよ、アル」

「はい。お気遣いありがとうございます、リーク兄様」


向かいに座る5歳上の異母兄 リークは母に似た柔らかい茶色の瞳を細くして俺の返事にうなづいた後、正方形の箱を取り出してこちらに差し出す。


「忙しくなる前に渡しておこうと思って。改めて誕生日おめでとう、アル。この間、珍しい懐中時計を見つけたんだ。これを誕生日祝いに贈るよ」

「ありがとうございます、リーク兄様!わぁ、銀の細工がとても美しいですね。大切にします!」


受け取った箱の中に入っていた懐中時計はフタを閉じたままでも時間が確認できるよう蓋にガラスがはめ込まれたハーフハンターケースという種類で、蓋のないオープンフェイスタイプが主流であるこの世界では確かに珍しいものだった。そもそも、懐中時計自体珍しい。


装飾がステータスの1つとなるこの世界で、こんなに珍しい物を自分のものにするのではなく、弟の誕生日の贈り物にしてくれる優しい人が兄でよかった。

俺は時計の蓋をそっと撫でた。


「ふふ、喜んでもらえて良かったわね、リークお兄様。随分と悩まれていたから、贈ったかいがあるというのもだわ」


ニコニコと笑う次女のイアナ姉様。リーク兄様と同母兄妹の彼女は父親の第3夫人であるナタリアお義母さまの子だ。イアナ姉様はソレーヌ姉様と同い歳で、歳が近いためよく遊び相手をしてもらっている。明るく、朗らかな人柄で、刺繍より乗馬を、ピアノより剣を愛する快活な彼女は、祖先が騎馬遊牧民族だったグレンチェライヒらしい性格の女性だ。

淑女という言葉を体現したようなナタリアお義母さまとは色々真反対な人で、どちらかと言えば俺の母であるヴァレリーに似ている。淑女教育を嫌がるイアナ姉様にナタリアお義母さまは頭を痛めているようだが、俺はそんな姉が弟として大好きだ。


「アル、私とお母様からの贈り物は部屋に届いていたかしら?」

「はい、受け取りました。イアナ姉様、ナタリアお義母様、素敵な贈り物をありがとうございます。使いやすそうな羽根ペンでした」

「わたくしの実家があるパスマール領に生息するコラール鳥の尾羽を使ったの。アルベリックが毎日勉学に励んでいると聞いて、イアナと良い匠に注文したのよ。インクも厳選したわ」

「嬉しいです。頂いたこのペンで、より一層勉学に励みたいと思います」


本当にみんなが素敵な贈り物をくださった。長男のカトラン兄様と次男のシメオン兄様、長女のクラリッサ姉様は帝都にある学園に通っているため、ここにはいない。それでも、3人とも帝都からそれぞれ気持ちの籠った贈り物を今日という日に届けてくれた。


「本当にありがとうございます」


手元にある心の籠った贈り物に思わず泣きそうになった。


今こうして、アルベリックとして笑って生活ができているのは家族や侯爵家に仕える人達のおかげだ。


事故に遭い、転生してからもしばらくは日本の家族や友人、そして恋人の茉莉花にもう二度と会うことができないことに酷く落ち込み、感情が制御できない体のせいで泣くことが多かった。今も、彼らがどうしているのか、悲しんでいないだろうかと思うと心が痛くなる。泣きたくなる時もある。人はそう簡単には立ち直れない。


だけど、母は俺が泣けば、どんなに疲れていても抱き上げ、故郷の子守唄を歌ってくれた。父は「怖いものなんてないから、安心しろ」と力強く背中を支えてくれた。兄弟たちは、下を向いて暗くなる俺の手を引き、明るいところに連れ出してくれた。使用人たちも、俺が笑ってくれるようにと、沢山工夫を凝らしてくれた。


それが嬉しくて、次第に深かった胸の傷が塞がっていったのだ。


今はまだ、かさぶたの状態だけど、きっとこれから先、かさぶたが剥がれることも、傷が深くなることもないだろう。彼らがそう思わせてくれた。


転生者であることを打ち明けられず、それ故に嘘をつくこともある。でも、


「僕は父上と母上の息子としてこの家に生まれてこられたこと、こうして兄上達やお義母さまと共に過ごせる日々を送ることができて幸せです」


この言葉は嘘じゃない。


いつになく真剣な俺の言葉に目をぱちぱちさせた両親は、顔を見合せた後、嬉しそうに笑った。


「わたくし達も、あなたを息子と呼べることに幸せを感じているわ」

「あぁ、ヴァレリーの言う通りだ。アルベリック、お前が私の息子として生まれてきたことを神に感謝するよ」


両親の言葉にまた泣きそうになる。特別感動的な日にしたかった訳じゃないんだ。誕生日が泣いてスタートするなんてごめんだ。だけど、両親が心からそう思ってくれていることが伝わってくるから、やっぱり泣いてしまいそうだ。


(早く感情がセーブできるようになりてぇな)


こうやって、今はどうでもいいことをわざと心で呟いて気を紛らわせないと。あぁ、やめてくれソレーヌ姉様。「私もアルが弟として生まれてきたことを、あなたが生まれた日からずっと感謝しているわ」なんて、手を握りながら言わないでくれ。我慢してたのに、目に涙が浮かぶじゃないか。


泣くのを耐える俺を、皆温かい目で見守っている。

だから、顔を上げて何度目かの礼を伝えた。


「さぁ、食事を再開しよう。アルベリックの祝福の儀に遅れてしまわないようにな」


父の言葉を合図に頷き、再び食事へと戻っていった。


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