転生
「アル。ほら、お母様のところまでおいで」
床に這いつくばって匍匐前進、いや、ずり這いで前へ進む俺を、両手を前に広げながら嬉しそうに見つめる女性。周りにはメイド服を着た女性が2人、「頑張ってください!」と両手で拳をつくりながら俺を応援している。そして、俺は目の前の彼女を目指し、必死に短い腕を前に伸ばしていた。
(匍匐前進ってこんなに大変だったっけ……っ!?)
とにかく体が思うように動かない上に、でかい頭が重い。ムチムチの白いチャーシューのような腕はこの体で這うには頼りない。
(あぁ、もうっ!そもそも、こんな大変な思いしてるのも、またずり這いをしなきゃならなくなったのも、全部あのクソジジイのせいだ!!)
前に進むのがこんなにも大変だということを知らなかった俺は、そもそもの元凶に対し、心の中で盛大に罵倒するのが最近の日課になっていた。
最後の記憶となった飛行機事故で、どうやら俺は助からずに転生したらしい。
まぁ、転生自体はよくあることなのだが、事故にあった元凶がこれまた最ッッ悪だった。
飛行機が墜落した瞬間、感じたことのない大きな衝撃とともに一瞬の痛みが体を襲ったあと、俺の意識はプツンっと途切れた。そして、次に目を開けると、白い光に溢れた明るい世界に佇んでいた。
「いやぁ、悪い悪い!いい酒が入ったからつい飲みすぎてな、ヒックっ!あ゛ぁ゛ぁ゛……っ、ぅぷ、酔っ払いすぎて…ヒックっ、鉾振り回して遊んでたら、お主が乗ってた飛行機に雷がドッカーンッ!と当たってしもうて、ヒック……あっはははは!いやぁ、ほんとぉーおに申し訳ないっ!お詫びにお主にはわしの力やいろーんな贈り物を与えるゆえ、第2の人生を楽しめ!あ、これはお主のやつじゃ。キレーな宝石じゃのう!じゃ!……ヒック!」
そこで顔を猿みたいに真っ赤にした、神の世界とやらで1番偉くて、1番問題児の神にそう言われた俺は目の前の神、もといクソジジイを罵倒する暇もなく、見覚えのある指輪を渡された瞬間 、後ろに現れた大きな穴に落下した。
「じゃっ!……じゃねぇーよぉぉっ!!クソジジイィィィィィィ!!!」
そう叫んでいたはずなのに、次にまた目を開けると、
「アルベリック、私の可愛い息子」
幼児後退どころか赤ちゃん後退して、キリッとした目つきの綺麗系美人の腕に抱かれていた。
「あぅぅ……(えぇぇ……)」
第2の人生は赤ちゃんからスタートらしい。
……いやいやいやいや、納得できるか!!
ほんとに何してくれたんだっ、クソジジイ!!酔っ払いがろくでもないことしでかすのは人間でも、神様でも一緒なのはわかったけどっ!!
今思い出しても腹が立つ!!
俺、まだ30代手前だったの!!出張から帰ったらプロポーズする予定だったのに!!!だいたいっ、神が酒で酔っ払って、別世界に雷落とすってどういう─────
「ふふ、アルはとても元気な子ね。あんなに沢山頑張ったのに、まだ動き足りないみたい。でも、あまり暴れると腕から落ちてしまうわよ」
神へ怒りをぶつけながら暴れる俺をにこやかに宥める、淡青色の瞳が美しい女性。この人が今世の母親だ。ポンポンと落ち着かせるようにお腹をゆっくり優しく叩く母の手は温かくて、感じていた怒りがスーッと無くなっていくから不思議だ。
そんな親子の様子を見守るメイド達の視線も「微笑ましい」と言わんばかりに温かい。
「アルベリック坊っちゃまは本当に活発ですね。ずり這いをされるようになるまでお早くて」
「えぇ、四つん這いになって動き始めるのもきっとすぐね。エルヴァンとわたくしの子だから、運動が得意な子になるわ」
「将来は旦那様のように、素晴らしい騎士となられることでしょう」
「ふふ、そうね」
メイドの言葉に頷く母。父を想い、微笑む母はとても綺麗だ。
(平和だ……)
俺はそんな母を眺めながら、今日も今日とて、喧騒とは無縁の穏やかな
(「いやぁ、つい飲みすぎてな、ヒック!」)
……おだや
(「飛行機に雷がドッカーンッ!と」)
…………無縁な日々を過ごしている。(あんのクソジジイ)
俺が転生したのは【アレイド】という世界の西大陸にあるオーリアン帝国───地球で言うところの中世ヨーロッパ風の国だ。
この世界には魔法が存在する。みんなが知るような火や水、土、風といった一般魔法や、生活の密着する生活魔法、その人固有の特殊魔法に、結界を張る防御魔法……等々。前世とは大きく異なった世界だ。
そして、俺は帝国の貴族、グレンチェライヒ公爵家の末の子として生まれた。
父は公爵のエルヴァン・ヴィラント・フォン・グレンチェライヒ。そして、この絶世の美女である母は隣国ルネストンの王女で、父の正妻 ヴァレリー・イリクシア・フォン・ルネストン=グレンチェライヒ。
話を聞いていればわかったと思うが、今世の母と父も夫婦仲はとても良好なようで、二人の間には俺を含めて4人の子供がいる。
仲のいい両親だが、2人の初対面は戦場という、2度は聞き返してしまいそうな出会い方をしている。当時、隣国との戦争のため戦場を駆けていた母は、支援国の将軍として参加していた父の勇姿に惚れ込み、押せ押せで父に迫った結果、見事正妻の座を獲得した行動力の塊のような人だ。
(一見すれば、戦い方など知らない優雅な貴婦人なんだけどな)
実際は剣も弓も槍も扱えてしまう、隣国では誉高い姫将軍だとは、初見では誰も思うまい。
「それにしても、上のご兄弟方はみな旦那様と同じお色ですが、アルベリック坊っちゃまは見事に奥様譲りのお色ですね」
「えぇ。上の子達はみんなエルヴァンと同じ深緑の髪に新緑の瞳だから、この子だけがわたくしと同じ色だわ」
メイドの言葉に母は嬉しそうに頷きながら俺の髪を撫で、親指で目の際をなぞる。
今世の俺は金髪に淡青の瞳という、黒髪黒目の前世とは全く逆の華やかな色をもって生まれた。
俺を世話する乳母が寝物語がわりに話してくれた話では、この大陸では淡い色の瞳が王族の証となるという。詳しくは知らないが、瞳の淡い色ほど、魔力の純度が高く、魔力量も多いからだとか。俺の母譲りのアクアマリンのような透明感のある淡青はルネストン王家の象徴なのだと、耳にタコができるほど何度も何度も聞いた。ちなみに、この国の皇族の象徴は淡紫色の瞳。他にも、薄黄緑、薄橙、薄桃……とにかく、この大陸に暮らす人々はカラフルなようだ。
逆に、この大陸には黒髪や黒目の人間はほとんどいない。ごく稀に黒髪黒目と言われる人もいるようだが、そういう人たちは両親が東大陸の血を引いている人で、実際は完全な黒ではなく、黒混じりの茶色だ。また、赤い瞳の人間もいない。
メイドの話では、赤い瞳をしているものは魔物の証であり、人型であれば『魔人』と呼ぶらしい。完全な黒髪黒目、もしくは赤い瞳の人は闇の魔法が使えるから、この大陸では忌避される。闇に魅入られた人間とされ、その子の親も闇魔法に手を出したと誹謗中傷される。だから、両親はその子供を殺してしまう場合もあるとか。
前世からすれば、そんな酷い話はない。生まれ持った色で命を奪われるなんて、権利もあったもんじゃない。
(でも、闇魔法は対象に害をなしたり、支配する、そして命を奪う魔法。そんな魔法を使えるかもしれない子を恐れる気持ちは分からなくもない)
前世とは違い、『魔法』という物理的な武器がなくても人に害をなせる存在がある世界なんだ。前世の平和ボケした感覚ではいられないだろう。
「う、ぁう、うぅ……(腹減った……)」
難しいことを考えていたら、急にお腹が空いてきた。
「あら、アルはご飯の時間かしらね」
母がそう言い壁側に立っていた乳母に視線を送る。目線を受け「承知した」というようにうなづいた乳母が近寄って、胸元のリボンを解き始める。
(うぅぅぅ……)
生きている以上腹は減る。腹が減ったら、飯を食べなくてはならない。しかし、俺はこの時間が何よりも苦行だ。わかってる。周りを見れば、この世界には前世のような粉ミルクなんて便利なものは存在しないと。
しかし、中身が三十路前の人間として、羞恥心は1人前どころか2人前にも3人前にも持ち合わせている。
あのクソジジイには言いたいことが山ほどあるが、真っ先に言いたいことがあるとすれば、これしかない。
目の前にジジイがいたら、胸ぐら掴んでこう叫んだだろう。
「意識を持たせるのは、せめて3歳くらいからにしてくれよ!!!」と。




