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拾ったバトンの行方

「……やっぱり、やめておきましょう。男に向かって愛を囁くような趣味の持ち合わせはないし」

 中空に視線を彷徨わせて暫し思案顔をしていた男が、不意に真顔になり、にっこり笑ってそう言った。

 あまりにもいい笑顔だったので、商人は一瞬見惚れてしまった。が、返ってきたのが拒否の言葉だったのに気が付き、踵を返しかけた男を慌てて引き留めた。

「いやいやいやいや。やめたって、そんな。じゃあ、これ持ってってくださいよ」

 商人は慌てて手に持った紙片を男に突き出す。

「持ってって、って……これがないと、あなたお困りでしょ? 一旦は回収したのだし」

「いやいやいやいや。これが手元にある方が困りもので。それに、なくても内容はすっかり暗記していますし」

 言いながら紙片をぐいぐい男に押し付けようとする。だが男はわずかな動きでそれを避ける。

 傍から見ると二人で奇妙なゲームか踊りでもしているかのように見える。

 そこへ。

「じーじ!」

 押し問答する二人の足元から、かわいらしい声がした。

 声のする方に目をやると、二歳ほどの幼女が男の足にしがみついていた。

「やあ、クリス。ソフィアは?」

「あっち」

 幼女が指さす方に目を向けるとよく似た顔の金髪と銀髪の女性がこちらに向かってくるところだった。

 ……が、それより。

「…………じーじ?」

 男に抱きあげられた幼女に向かって商人がおそるおそる話しかける。それはこの男のことなのか、と。幼女が大きく頷く。

 どういうことだろう。

 幼女の仕草からすると、この男は『幼女の祖父(じーじ)』だというのだが、どう見ても二十代半ばにしか見えない。

 だとすると、この幼女の母親、もしくは父親は……何歳(いくつ)だ? それは何歳(いくつ)の時に作った子だ? どちらもひどく早熟ならば、ありえない話ではない、か?

 ……もしかしたら、名前か!

 きっとそうだ、そういうことにしておこう。

 無理矢理そうやって自分を納得させた商人に、さらに追い打ちが掛かった。

「お父さん! クリス! いったい何に引っか……そちらの方はどなた?」

 銀髪の――よく見ればその銀色は幼女やそれを抱いている男とよく似たプラチナブロンドだと判る――娘の声に商人が言葉を失う。

 お父さん?

 どう見ても兄妹にしか見えない!

 いやいや、義理の親子、ってこともあるし! 血の繋がりが明らかにあるように見えるけど!

「見ての通り、商人さんだよ。何を売っているのか聞きそびれてしまったが、面白い話を聞いてね」

 男がのほほんと応える。

「面白い話、って、あなた何聞いても『面白い』って言うじゃない。……で、どんな話?」

 追いついてきた金髪の娘の声は銀髪の声とほとんど同じに聞こえる。見れば顔形もそっくりだ。

「ばーば!」

 もう何を聞いても驚くまい、と決めた商人だが、幼女が口走る言葉とそう言って幼女が手を差し延べた人物とのギャップに軽く眩暈がする。

 つややかな金髪を背中に編んで垂らした女は、三十路に届いているかどうかも怪しいように見える。これが『ばーば』だと? ……まあ、幼女を抱いている男と夫婦だといわれれば、年齢的に釣り合っている、と言えるのだろうが。

「惚気言葉が聞きたいんだって。王都の作家さんに頼まれて、集めてるんだとか」

 いろいろ間違っているが、大筋は合っている。

「……ふーん。で、聞かせたの?」

「面白そうだから、協力しようかとも思ったんだけどね。ディアが聞いてる訳でもないのに甘い言葉を言うのがもったいなくて」

 ああ、この鄙には稀な(とは言っても、既に目の前に二人居るが)美女が嫁だったら、いくらでも甘い言葉が吐けるだろうさ。

 商人はやさぐれかけていた。

「すみません。父は母と一緒にいると妻バカになるんです」

 幼女を男から受け取った娘が謝る。

「……はあ、そのようですね」

 目の前にいる男は、まるで周囲が目に入っていないかのように妻を構い続けている。

「あれだったらさぞかし大甘な言葉が採取できただろうになあ。気が変わったなんて、残念」

「……あの人達のやりとりで甘いのは、口調と表情だけで、言葉は普通だと思いますよ。……毎日聞いてるせいで、私に耐性がついてるだけかもしれませんが」

 幼女を抱えた女が首を傾げる。

 と、大人たちの会話に飽きたらしい幼女が、母親(推定)の服を引っ張って気を引こうとする。

「あっち、いこ」

 幼女が指さす方向には、行商が市を開いている広場がある。

「ああ、そうね。お店、見に行こっか。じーじたち待ってたら、日が暮れるかもしれないからね」

「うん。はためーわくはおいといて」

 どうやらこの二人は、幼女が『傍迷惑』という言葉を覚えてしまうほど、この状態が常日頃らしい。

 それではこれで、と頭を下げる女を見送り、ふと気付くと商人の手元には口説き文句バトン(やっかいのたね)が残っている。しまった、と辺りを見回したが、いつの間にか『傍迷惑な夫婦』まで消えている。

 まあいい、どうせここにはしばらく滞在するのだから、と商人は口説き文句バトン(やっかいのたね)を丁寧に畳んでポケットにしまう。


 『バトン』には厄介な魔法が掛かっていて、一定期間同じ人物が所持していると、一つずつ増えるのだ。この『バトン』が増殖するまで、あと十日ほど。早いとこ書かれている内容をクリアするか、次の押しつけ先を見つけなくては……

ということで、「口説き文句バトン」終了です。


クラウディア側のリアクションというか、お題がらみのショートストーリー(裏設定とか後日談とか)もいくつか浮かびましたが、さすがに10は……

もし10個たまったら、前触れなく追加するかもしれません。その時はどうぞお付き合いくださいませ。

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