第8話 隠された戦功
部屋に入ったルクシオンは、ユリスに一礼した。
「突然伺って申し訳ありません。少しお話を聞かせていただけますか」
「これはルクシオン殿。もちろんです。こちらへ」
ユリスは椅子を勧めた。ルクシオンは子爵家の息子で、自身の爵位はない。家の格だけなら、伯爵家の息子であるユリスの方が上だ。だが、戦勝会では公爵がこの男を傍らに置き、話を聞いていた。軽く扱える相手ではない。
ルクシオンは椅子へ向かう前に、小石の並ぶ地図を見た。
「お取り込み中でしたか」
「新しく小隊長になった者に、兵の動かし方を教えていました」
ユリスがライコを示す。ルクシオンの視線が少年へ移った。
「お若いですね」
「ライコです。先の戦功を受けて、第十小隊を任せました」
「その戦いについて伺いに来ました」
ルクシオンは席に着いた。ユリスも向かいに座る。ドルグとライコは机の脇へ下がり、エドラスは扉のそばに立った。
まず尋ねられたのは、左翼から敵中央の側面へ回った経緯だった。ユリスは敵右翼が下がったのを見て、中隊を右へ向けたと答える。ルクシオンは戦場の位置を確かめるように頷き、次に敵右翼の中隊長の話を出した。
「討ち取ったのは、どなたですか?」
ユリスは答える前に、ライコを一度見た。
「我が隊の兵です。あの後は中隊全体で押し込みました。敵右翼を崩せたのは、皆がよく働いてくれたおかげです」
「兵のお名前は?」
「混戦でしたから、まずは隊全体の働きとして――」
ユリスは言葉を選んだ。ここでライコが討ったと答えれば、一人で敵陣を斬り進んだ話まで尋ねられるだろう。公爵の傍にいるルクシオンから、あの兵を寄越せと言われたら断れるのか。
昔、補給品の記録を何日もかけて整理したときのことを思い出す。足りない物資が別の倉庫に回されていたのを見つけ、帳簿も作り直した。ところが上官は、ユリスの字で埋まった帳簿を持って、自分が調べ上げたかのように報告した。ユリスの名は残らず、次の日には別の書類の山が届いた。苦労はユリス、手柄は上官というやつだ。
そういうことは、一度ではない。ライコを従者にして手元へ置いたのも、先に誰かに目をつけられたくなかったからだ。
「兵の名を尋ねてから、答えにくそうにされていますね」
ルクシオンが言った。ユリスは顔を上げる。
「……そんなことはありません」
「私が部下を引き抜くと、お考えですか?」
ドルグがルクシオンを見た。エドラスも扉の脇で顔を上げる。ユリスはすぐには否定できなかった。
「警戒なさる理由は分かります。ですが、公爵様の名にかけて、私があなたの功績や部下を奪うことはないと誓いましょう」
「そこまでして、なぜ知りたいのです?」
「私が知りたいのは、誰が何をしたのか。それだけです。正しく知らなければ、次に使うべき者を間違えます」
ユリスは机の上の小石を見た。さっきまで、ライコが率いる兵の位置を確かめるために動かしていたものだ。部隊の力を知らずに次の戦場へ出せば、困るのは自分も同じだった。
「……敵の中隊長を討ったのは、ライコです」
ルクシオンは改めてライコを見た。ユリスは続けた。
「一人で敵陣へ入り、中隊長を一撃で倒しました。止める間もありませんでしたよ」
「敵兵には囲まれなかったのですか?」
ドルグが困ったように眉をかく。ユリスも呆れたような口調で続けた。
「私も信じられないのですが、囲まれる前に突破したそうで……」
ルクシオンはライコへ視線を向けた。
「相手が指揮官だとは、分かっていたのですか?」
「知らなかった」
「では、なぜ向かったのです?」
「鎧が派手で強そうだったから……」
ドルグにぎろりと睨まれ、ライコは慌てて付け足した。
「……です」
ルクシオンは小さく笑った。
「戦ってみたかったのですね」
「うん」
ユリスは咳払いをした。
「ルクシオン殿。戦いのことを調べているのは、何か理由が?」
「次の戦いに備えるためです」
「次?」
ルクシオンは地図の国境線へ指を置いた。
「先に国境を越えたのはアインゼルです。王国が報復のために兵を出すなら、今度はあちらの領内が戦場になります」
「まさか、うちの中隊も行くんですか?」
「命令はまだ出ていません。ただ、第十二中隊の名は候補に挙がっています」
ユリスは国境線を見た。戦勝会で顔を覚えてもらい、次こそ給金がよくて危険の少ない仕事を――そう考えたばかりだった。
「また危ない仕事かよ……」
ライコは身を乗り出し、地図の国境の向こうに描かれた町を見つめていた。
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