教えるということ
志願者の経歴や動きを確かめ、ライコ大隊の千人が決まった。
ミロも正式に隊の一員となった。キティは弟をライコたちに預け、家へ戻っていた。
「お前は座ってろ。見本は俺たちがやる」
大隊の兵が揃った訓練場で、ドルグはまず、ライコの前に椅子を置いた。
「教えるだけだよ」
「そう言って、すぐ動くだろうが」
右手の包帯を見られ、ライコはおとなしく腰を下ろした。
目の前には、木剣を手にした兵たちが並んでいる。見慣れた顔もあれば、まだ名前と顔が結びつかない者もいた。
その一人が、緊張した顔で進み出た。
「大隊長殿。敵の剣を避けて、中へ入るにはどうすればいいのでしょうか」
「近くまで来るのを待てばいいよ」
「近く、ですか」
「うん。早く動くと、追いかけてくるから。こう、ぎりぎりまで待って、すっと避けて、ぐっと前に出る」
ライコは左手で、剣をかわす動きを示した。
兵は真剣にその手を見た。それから、自分の木剣を見る。
「……すっと」
「そう。そのとき、もう相手の懐にいる感じ」
「もう、いる」
「うん!」
兵の眉間に、深いしわが寄った。
隣で聞いていた兵も、同じ顔をしている。
「ライ」
バスティオンが呼んだ。
「そこへ入るまでを聞いてるんだ」
「だから、剣が来たら――」
「すっと、のところだ」
ライコは口を開き、少し考えてから閉じた。
あらためて言葉にしようとすると、何と説明すればいいのか分からない。
「……難しいね」
「お前に習ってるほうがな」
ドルグが言うと、並んでいた兵たちから笑いが漏れた。質問した兵だけは、まだ困った顔をしている。
「まず、受けた後に動けるようにするぞ」
バスティオンは兵の正面へ立った。
「木剣を構えろ。ゆっくり打つ」
頭へ向けて下りてきた木剣を、兵は自分の木剣で受け止めた。両腕が固まり、肩が上がる。
「力を入れすぎだ。それじゃ、次の動きに移れない」
バスティオンは木剣を引き、兵が構え直すのを待った。
「肩を下げろ。受ける前から、全身を固めるな」
もう一度、ゆっくりと打ち込む。
木剣が触れる。今度は、兵の肩がさっきほど上がらなかった。
「よし。そのまま横へ一歩」
兵が動く。バスティオンの正面から外れたところで、足が止まった。
「今の動きを覚えろ。急ぐのは、それからだ」
「はい!」
返事が、先ほどより大きくなった。
そばで見ていたドルグが、兵の足元を指した。
「だが、足を開きすぎだ。そこから、すぐ動けるか?」
兵が前へ出ようとして、身体を揺らした。
「無理に大きく動こうとするな。少し戻せ」
言われたとおりに足の位置を直す。
「踏み込め。……戻れ。もう一度!」
今度は、前へ出た足がすぐに戻った。
「それだ。斬りにいって、そこで終わるなよ。外れた後も、敵は待っちゃくれねえぞ」
ドルグの声が訓練場に響いた。
兵たちは二人ずつに分かれ、受けて動く稽古を始めた。
「目をそらすな!」
「今のは足だけ先に出てる。もう一度だ」
二人の声に、木剣のぶつかる音が重なる。
列の端では、ミロも木剣を構えていた。
相手が動くたびに肩は跳ねる。それでも目を閉じず、ゆっくり下りてくる木剣を受け、教わったとおりに横へ一歩動いた。
ライコは椅子の上から、それをじっと見ていた。
◇
「そんなに怖い顔すんなよぉ。俺まで怖くなるだろ」
ラーヴァニルが、木剣を肩に担いで笑っていた。
相手は、最初にライコへ質問した兵だった。
「お、お願いします!」
「おう。まず一本、来い」
兵が頭へ木剣を振り下ろす。ラーヴァニルはわずかに身を引いてかわし、伸びきった腕を自分の木剣で軽く叩いた。
「いてっ」
「遠いなぁ。そこじゃ、俺に届かねえ」
兵は木剣を構え直したが、踏み込む足が止まった。
ラーヴァニルの切っ先を見ている。
「こっちの剣が気になるか」
「……はい」
「そりゃ気になるよなぁ。じゃ、今度は俺からいくぞ。さっき教わったの、やってみな」
ラーヴァニルが、頭へ向けて木剣を下ろした。
速くない。
兵は両手で握った木剣で受け、横へ一歩動いた。
「そうそう。で、そっから?」
兵の木剣が止まった。
ラーヴァニルは追い打ちせず、構え直して待つ。
「もういっぺんだ」
二度目は、受けて横へ動いたところで、兵が踏み込んだ。
胴を狙って振った木剣は、ラーヴァニルの手前で空を切った。けれど兵は足を戻し、すぐに構え直した。
「おっ。戻れたなぁ」
兵が目を上げる。
「今の足だ。忘れんなよ」
次は肩へ、さっきより少し速く木剣が打ち込まれた。
兵は受け損ね、木剣で肩を軽く打たれた。
「ちっと速かったかぁ?」
ラーヴァニルが尋ねると、兵はすぐに構え直した。
「もう一度、お願いします!」
ラーヴァニルは口の端を上げた。
「おう」
ライコは思わず、椅子の上で身を乗り出した。
兵の動きは、まだぎこちない。ラーヴァニルには一度も届いていない。
それでも、さっきは止まっていた足が、今は前へ出ている。
受ける。横へ動く。踏み込む。
木剣の先が、ラーヴァニルの袖をかすめた。
「よし!」
声を上げたのは、ライコだった。
兵の木剣が下がりかけたところへ、ラーヴァニルの切っ先が向けられた。胸の手前で、ぴたりと止まる。
「終わってねえぞぉ」
「は、はい!」
「ヒッヒッ。でも、今のはよかったな」
兵は汗だらけの顔で笑い、もう一度、木剣を構えた。
◇
訓練が終わっても、残って踏み込みを繰り返す兵がいた。
ライコが見ていると、ラーヴァニルがそばへ来た。
「どうした、大隊長。座ってるだけでも疲れたかぁ?」
「ラーヴァ、教えるの上手だね」
「そうかぁ?」
「うん。僕にも教えて」
ラーヴァニルが、目を細めた。
「俺がお前に、剣を?」
「教え方」
間を置いて、細い肩が揺れた。
「ヒッヒッ。そりゃ、難しいことを言うなぁ」
「難しいよ。僕が説明すると、みんな困るんだ」
「自覚はあったか」
木剣を片づけながら、ドルグが口を挟んだ。
ライコはむっとした顔で振り返り、それから笑った。
「だから、教えてもらうんだよ」
立ち上がり、まだ稽古を続ける兵たちを見る。
さっき質問した兵が、仲間に足の位置を示していた。今度はその仲間が踏み込み、二人で何か言い合って笑う。
ライコも、そちらへ歩こうとした。
「ライ!」
訓練場の入口から、よく通る声がした。
キティが、大股でこちらへ歩いてくる。
「キティ。どうしたの?」
目の前で足を止めた彼女は、満面の笑みで言った。
「ライコ、うちの婿になれ!」




