集まる者たち
「……千人だよね?」
「大隊の定員はな」
ドルグに言われ、ライコはもう一度、門の外を見た。
人の列が、道の向こうまで続いている。途中で折れ曲がった先にも、まだ人がいた。これから並ぼうとやってくる者までいる。
「みんな、僕の大隊に?」
「ほかに何の列だってんだ」
千人の大隊を揃えられるだろうかと、心配していたのだ。
どうやら、心配するところを間違えたらしい。
受付の前では、痩せた若者が、落ち着かない様子で手を擦り合わせていた。
「武器を使ったことは?」
バスティオンに聞かれ、若者は首を横に振った。
「ありません。あの、でも、ライコ殿に助けていただいて……今度は、僕も何かできればと思って」
言い終えると、列の脇にいるライコに気づいた。
「あっ」
「来てくれて、ありがとう」
ライコが笑うと、若者は口を開けたまま固まった。慌てて頭を下げ、前のめりになりすぎて足を踏み直す。
後ろから、太い声がした。
「俺は出世だ。大将首を取ったお方の隊なら、でかい手柄も立てられるだろ」
傷のある顔の男が、歯を見せて笑っていた。
「一人で突っ走られても困るぞ」
「分かってる。俺だって、死にに来たわけじゃねえ」
バスティオンは男を見たまま、以前はどこで戦っていたのかを尋ねた。
ライコが列に沿って歩くと、着古した上着の男と、剣を佩いた騎士が話していた。
「騎士様まで並ぶのか。平民の隊長だぞ」
「知っている。腕も戦功も、私より上だ」
「話が早くて助かる。俺は傭兵暮らしが長かったからな。身分の話ばかりされても困るんだ」
少し先では、身なりのよい青年が、その会話を聞いて肩をすくめていた。
「私は別に、身分など要らないと思っているわけではないよ」
隣の青年も頷く。
「だが、三男が家で待っていたところで、何も回ってこない」
「次男も似たようなものだ。働きを見てくれる隊長の下につくのは、悪い選択ではないだろう」
ライコと目が合うと、二人は姿勢を正した。
ライコも軽く頭を下げてから、ドルグのところへ戻った。
「いろんな人がいるね」
「ああ。だから、よく見なきゃならねえ」
ドルグは列へ目を向けた。
「腕が立っても、命令を聞かねえ奴は困る。隣の奴に合わせて動けるかもな」
「さっきの、武器を使ったことがない人は?」
「そこだけで決めるな。これから覚えられることもある」
バスティオンが、確認の済んだ紙を持ってきた。
「経歴も確かめる。これだけ集まれば、敵国の者が紛れ込もうとしてもおかしくない」
「助けてもらったって話も、聞くだけで通すわけにはいかねえぞ」
「……うん。分かった」
差し出された紙を、ライコは左手で受け取った。右の掌には、まだ包帯が巻かれている。
紙の上の名前から顔を上げる。
あの長い列の中から、隊に加わる兵を選ぶのだ。
◇
「ライコ大隊の募集は、どうなった?」
ルクシオンの問いに、部下が答えた。
「予想を大きく上回っております。千人の定員をはるかに超え、今も志願者が増えています」
「それほどか」
ルクシオンは、読んでいた書類を机に置いた。
「今は、どこも兵を集めるのに苦労しております。徴兵に頼ることも多いというのに」
「それが、自分から彼の下へ来る」
「はい。武功を聞いて来た者ばかりではないようです。助けられた者や、以前から彼を慕っていた者も」
ルクシオンの口元が緩んだ。
「大隊長にした途端、こちらの予想を超えてくるな」
◇
「ライ!」
募集場で、キティがライコを呼び止めた。
その後ろに、見慣れない少年がいる。
小柄で、背も低い。金色の髪は、丸く揃えた坊っちゃん刈りだった。大きな目をした愛らしい顔が、キティの肩の陰から、おずおずとこちらを覗いている。
「弟のミロだ。鍛えてやってくれ」
「弟?」
「ミロ。挨拶」
「ぼ、僕は……ミロ・マッチョリーニです。よろしく、お願いいたします」
言葉に詰まりながらも、少年はきちんと礼をした。
バルク伯爵の息子。そう聞けば、身につけた服にも、礼の仕方にも納得はいく。
ただ、キティと交互に見ると、どうにも同じ家の姉弟には見えなかった。
「戦ったことはあるのか?」
ドルグの問いに、ミロの肩が跳ねた。
「け、稽古なら。でも、僕は……」
声が小さくなり、姉を見上げる。
ドルグとバスティオンが顔を見合わせた。ライコも、どう声をかけたものか迷った。
キティだけは、まったく気にしていない。
「大丈夫だ。一度、戦わせてみれば分かる」
「分かるって、何が?」
「力が」
キティは即答した。
バスティオンが進み出る。
「なら、俺が相手をしよう。軽く合わせるだけだ」
ドルグがバスティオンへ釘を刺した。
「怪我はさせるなよ」
「分かっています」
ミロは、ますます小さくなった。
◇
人のいない訓練場の中央へ、キティの部下が大きなハンマーを運んできた。
柄が長い。その先についた塊は、ミロの顔よりも大きかった。両手で支えていた部下が地面に下ろすと、どすん、と低い音がした。
「……それを使うのか?」
バスティオンが尋ねた。
「そうだ」
キティは、弟の背を軽く押した。
「持てるの?」
ライコの声に、ミロが小さく頷く。
「は、はい。持つのは」
柄を握った。
巨大なハンマーが、ひょいと上がった。
運んできた部下の腕には筋が浮いていたのに、ミロの顔には、力んだ様子さえない。
「……おい、ライ」
「うん」
ドルグに呼ばれ、ライコはハンマーを見つめたまま答えた。
「僕より、力が強いかも」
バスティオンは、自分の盾を見た。
「ちゃんと加減はできるんだろうな?」
「で、できます。ゆっくりなら……」
ミロは両手で柄を握り直した。
ドルグが見物の者を訓練場の端まで下がらせた。二人の周囲には、十分に広い空き地が残る。
バスティオンは刃を潰した訓練用の剣を下げ、左の盾を構えた。
「まず、一度打ってみろ」
「は、はい!」
ミロが踏み込み、横からハンマーを振った。
盾へ向かってくる塊を見て、バスティオンの顔が変わった。
速い。
身構えるより先に、轟音が響いた。
盾ごと、身体が吹き飛んだ。
「バス!」
ライコが声を上げた。
バスティオンは衝撃に逆らわず身を丸め、土の上を転がった。すぐには起き上がれず、片膝をついて息を吐く。
左腕が、じんじんと痺れていた。
盾には、深いへこみができている。
「あ……ご、ごめんなさい!」
ミロの顔から血の気が引いた。
「だ、大丈夫ですか?僕、そんなつもりじゃ……」
ミロはハンマーを持ったまま、慌ててバスティオンに駆け寄った。
「待て。振るな」
バスティオンは、ようやく立ち上がった。
よろけかけたミロが、持っていたハンマーを起こす。バスティオンは反射的に剣を上げた。
切っ先を目にした途端、ミロがぎゅっと目を閉じた。
「わあああっ!」
ハンマーが、唸りを上げて横へ走った。
バスティオンは後ろへ跳んだ。胸のあった場所を、巨大な頭が通り過ぎる。
「目を開けろ!」
「わーっ!わああっ!」
声をかけても、ミロは止まらない。
ミロは足を止めたまま、右へ左へ、ハンマーを振り回していた。
バスティオンは盾を上げかけ、やめた。
もう一度受ければ、盾だけでは済まない。
当たれば死ぬ。
「キティ!軽く合わせるだけじゃなかったのか!」
「力はあると言っただろう!」
言い返している暇もない。
再び迫ったハンマーをかわし、バスティオンは大きく間合いを取った。
荒い息を、一つ吐く。
よく見ろ。
力はとんでもない。だが、目を閉じた相手が、こちらを追えるわけではない。
横に振れば、身体までそちらへ流れる。次の一撃に移るたび、長い柄を引き戻している。
大きく振る。それしかしていない。
バスティオンは、ミロの正面へ戻った。
「ミロ。ここだ」
声のした方へ、ミロが顔を向けた。
「わあっ!」
ハンマーが頭上へ上がる。
振り下ろされる瞬間、バスティオンは横へ踏み出した。
ハンマーが、すぐ脇の土を抉った。
ミロが地面にめり込んだハンマーを引き上げる前に、バスティオンはその側面へ入った。剣の切っ先を、その脇腹のすぐ手前へ突きつけた。
「止まれ」
すぐ横から響いた声に、ミロの目が開いた。
剣を見る。バスティオンを見る。
両手が止まった。
「……ま、参りました」
バスティオンは剣を下げた。
「ハンマーから手を離せ。ゆっくりだ」
「はい……」
ミロが柄から両手を離すまで、誰も近づかなかった。
それを確かめてから、バスティオンは大きく息を吐いた。
キティが、満足げに頷いている。
「な。鍛えがいがあるだろう」
「……そうだな」
ライコは、ミロのそばにしゃがんだ。
「力、すごいね。びっくりした」
「でも、僕、また怖くなって……言われたこと、全部分からなくなって」
「うん。次は、目を開けてやってみよう」
ミロは俯いていたが、やがて小さく頷いた。
その向こうで、ドルグがへこんだ盾を覗き込んでいる。
「危なかったな、バス」
「はい」
バスティオンは、まだ鈍さの残る左腕をそっと動かした。
「もう二度と、あのハンマーの相手はしたくありません」




