返された力
準決勝の開始が告げられても、アルヴァンはすぐには踏み込まなかった。
第二王妃派の正規騎士の中で最強とされる男は、少年の構えを正面から見据え、無言で剣を抜いた。胸の前に構える。
ライコも剣を掲げた。
運営から渡された、刃を潰した普通の諸刃剣。隕鉄剣は、鞘ごと運営へ預けてある。
重すぎる剣ではない。それでも、柄を握る右手の力が僅かに緩んだ。
深く針を刺された掌の傷は、握り込めばまだ痛む。厚く包帯を巻いて、ようやく持てるようになったところだ。
左手を柄尻へ添え直す。両手で支え、切っ先を騎士へ向けた。
先に距離を詰めたのは、ライコだった。
右肩の上から剣を斬り下ろし、アルヴァンの頭を狙う。
騎士の剣が斜めに立ち、その刃を受け流した。
甲高い音が響く。
ライコは流れた剣を下から返し、空いた脇へ打ち込もうとした。
だが、切っ先が思ったより外へ膨らむ。
アルヴァンは、もう剣を戻していた。
二度目の打ち合いでライコの刃を止めると、そのまま一歩入り、胸へ突きを送る。
ライコは横へ身をかわした。
剣先が、胸のすぐ前を抜ける。
すぐに騎士の腕へ斬り返したが、相手は追わずに退き、再び胸の前に剣を構えた。
打ち込んでも、構えは崩れない。
ライコの刃が流れた瞬間だけ、鋭く踏み込んでくる。
ライコは間合いの外で息を整え、右手で剣を握り直した。
(少し、重い?)
昨日の試合でも、このくらいの剣を使った。
左手一本で振れたものだ。両手で持った今の方が重いはずはないのに、剣を返すと僅かに遅れる。
力を込めて振ることはできる。
だが、止めたいところで止まらない。
そのわずかなずれを、この男は見逃さない。
アルヴァンが前へ出た。
頭へ振り下ろされた剣を、ライコは両手で握った剣で受けた。
腕へ、重い衝撃が響く。
アルヴァンは力比べをせず、ライコの刃に沿って剣を滑らせ、腕を狙った。
ライコは手元を引いた。
剣先が、右手に巻いた包帯のすぐ前を横切る。
足を引いて距離を離した途端、アルヴァンも追撃を止めた。
足の運びは乱れず、剣も高く上げすぎない。
速く踏み込んでも、空いたところを攻めようとしても、騎士の剣はそこへ間に合う。
ライコの口元が、少し上がった。
強い。
何をしても、その先に相手の剣がある。
受けて終わる相手ではない。打ち込んだこちらが、すぐにかわさなければならなくなる。
もう一度、剣を交えたい。
ライコは前へ出た。
低く構えた剣を、騎士の脇腹へ振る。
アルヴァンが半歩横へ踏み出した。斜めに立てた剣で斬撃の力を流し、そのままライコの胸へ切っ先を返す。
ライコは腰を引いてかわし、伸びた腕へ素早く斬り返した。
切っ先が僅かにぶれた。
アルヴァンの剣が、その刃を横から弾く。
ライコの腕が外へ引かれた。
剣を戻すより早く、騎士の次の斬撃が頭へ落ちる。
ライコは横へ跳び、刃をかわした。
靴が土を擦る。
客席では、ドルグが熱戦に思わず拳を握っていた。
その隣のバスティオンも、少年の剣から目を離せない。ラーヴァニルは口を閉じたまま、前へ身を傾けている。
キティが、低く息を吐いた。
「あの男は、少しのずれも見逃さないのだな」
貴賓席で、レオンハートの娘、レナティアが胸元に手を重ねた。
父は黙って試合を見ていた。レオニードも腕を組み、少年の足へ目を向けている。
ライコは剣を構え直した。
力任せに押そうとすれば、斬撃の力を流される。
素早く剣を振るえば、斬撃のわずかなぶれを狙われる。
それでも、ライコの目は相手の剣を追っていた。
避けた後には、もう次の斬撃がある。
こちらから打ち込んだときも、アルヴァンはただ守るだけでは終わらせない。
ライコの胸へ向く、アルヴァンの切っ先。その後ろにいる騎士の顔を、ライコは見た。
地を蹴る。
顔へ、最短の距離で剣を突き出した。
アルヴァンが、突きを外へ払う。
ライコは素早く剣を引き戻し、騎士の胴へ斜めに斬り下ろした。
アルヴァンは退かなかった。
内側から刃を合わせ、踏み込みとともに強く外へ弾く。
鋼の音が弾けた。
ライコの剣が右へ跳ねる。腕が開き、胸が空いた。
アルヴァンは、少年が剣を戻すまでの遅れを、もう見ていた。
その胸へ、切っ先を突き出す。
だが、ライコは剣を戻さなかった。
弾かれた瞬間、剣に引かれるまま、身体が動いた。
踏み込んだ右足を軸に、腰が回る。
胸を狙った剣先が、回る身体の脇を抜けた。
ライコは騎士へ背を向け、左足で地を蹴った。
前夜の浅い傷が残る左腿にも、力を込める。
腕だけで振らない。
腰も、背も、脚も、そのまま回転へ乗せた。
剣が大きな円を描き、風を裂く。
アルヴァンが突きを引いた。
戻した剣で守ろうとするより早く、遠心力を乗せた強烈な一撃が、騎士の胴へ走った。
轟音。
刃を潰した剣が、防具を強烈に叩いた。
客席の声が、途切れる。
アルヴァンの身体が横へ押された。
踏み直した足が土を削り、剣先が落ちる。
騎士の片膝が、地面についた。
ライコは回転を止め、剣を前へ戻した。
アルヴァンは片膝をついたまま、息を吐いた。
立とうとしたが、足に力が戻らない。
それでも、剣は手放していなかった。
ライコは追わず、構えを保った。
やがて、騎士が顔を上げた。
「……参った」
アルヴァンが剣を下げる。
「そこまで!」
審判の声が響き、ライコも剣を下ろした。
「勝者、ライコ!」
ライコは騎士へ頭を下げた。
「ありがとうございました」
歓声が押し寄せた。
ドルグが両腕を上げる。バスティオンは大きく息を吐き、ラーヴァニルの口元に笑みが浮かんだ。
キティも手を叩いていた。
居並ぶ将軍たちは、膝をついたアルヴァンと少年を見比べている。レオニードは組んでいた腕を解いた。
貴賓席では、レナティアが顔を輝かせていた。父レオンハートの口元も緩む。
ネグロス国王は、歓声の中であくびをした。銀の杯を傾け、椅子へ背を預ける。
ライコは右手の握りを緩めた。
包帯の下の傷が痛む。剣を左手だけで持ち、息を整えた。
アルヴァンが、ゆっくり立ち上がる。
「見事だった。あの返しは、狙っていたのか」
ライコは首を振った。
「いや、剣を弾かれて……気づいたら、体を回してた」
アルヴァンは少年の剣を見た。
「私が剣を弾いた力を利用して、反撃を加速させたのか……」
「僕も、あんなに強くなるとは思わなかった」
ライコは、まだ手に残る衝撃を確かめようと、右手を動かした。
掌の傷が開いた。
強い負荷のかかった傷から血が滲み、右手の包帯が赤く染まっている。
あの瞬間は、考えるより先に身体が動いた。
「次は負けんぞ」
アルヴァンの言葉に、ライコは目を輝かせた。
「また、戦ってくれるの!?」
アルヴァンは苦笑した。
「機会があればな」
ライコは大きく頷いた。
「うん!……じゃなくて、はい」
ライコは頭を下げ、境界線を越えた。
左手に握った柄が、僅かにずれる。
剣を握り直し、切っ先を下へ向けた。
さっきの一撃には、まだ名前もない。
もう一度、振ってみたい。
ライコは前を向いた。
その前に、決勝が待っている。
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