第6話 戦勝会
ユリスは報告書を前に、ドルグとライコを見比べた。
「一人で突っ込んだってことか?」
「そうです」
ドルグが答えた。
「それで、囲まれなかったのか」
「囲まれる前に斬り進んでおりました」
ドルグは困ったように眉をかく。傍らに控えるエドラスへ、ユリスが目を向けた。
「お前も見たか?」
「途中からですが。追いついたときには、敵の中隊長が倒れていました」
「お前でも追いつけなかったのかよ」
エドラスは黙って頷く。ライコは二人の顔を交互に見ていた。
ユリスは筆を持ち直し、敵中隊長を討ち取った兵の欄にライコの名を書いた。ドルグがこの少年を連れてきたとき、盗賊を倒したという話は半分も信じていなかった。だが、戦場には倒れた中隊長がいて、ドルグ以外にもそれを見た兵がいる。
「……本当だったんだな」
「何が?」
「お前が強いって話だよ」
ライコが照れたように笑う。
◇
戦いを終えた部隊は国境の町へ戻った。負傷者の手当てと兵の確認が続くなか、味方の右翼を率いた男爵が処刑されたという知らせが届く。号令前の独断突撃に加え、部下を置いて逃げた責任を問われたのだ。
まもなく王都から、戦勝会への召集が来た。
賞を受けるのは左翼の部隊長。ユリスは受賞者ではないが、戦いに参加した指揮官として会場への出席を認められている。
「俺も呼ばれたのか?」
通知をもう一度読む。確かに第十二中隊長、ユリスと書かれていた。
ユリスは伯爵家の三男で、家を継ぐ兄がいる。軍に残り、どうにか役職を得て暮らしていくつもりだった。だが、王都の戦勝会には軍の上層部や有力貴族が集まる。出席するだけでも、顔を覚えてもらえるかもしれない。
もう少し給金がよくて、できれば危険も少ない役職。そんな仕事に近づくなら、悪くない話だ。
「エドラス、王都へ行くぞ」
ユリスは通知を畳んだ。口元が緩むのを抑えられなかった。
◇
王都へはエドラス、ドルグ、ライコも護衛として同行した。戦勝会の会場に入るのはユリスだけで、三人は外で待つ。
入口でエドラスに襟を直してもらい、ユリスは会場へ入った。軍服を着た将官や、顔だけは知っている貴族が話している。挨拶の順を考えながら奥へ目を向け、足が止まった。
レグベル・シルベイン公爵。
(公爵まで来ているのか)
第四王子ソレイユの母の兄。公爵の派閥はここ数年で急速に勢力を広げ、第一王子派と、第二王子を担ぐ第二王妃派に次ぐ、王国第三の勢力にまで駆け上がった。公爵の周りには、声をかける機会をうかがう貴族が集まっている。
その傍らに、銀髪の青年がいた。長い髪を背へ流し、飾りの少ない服を着ている。公爵が話しかけると、青年は静かに答え、公爵が頷いた。
(誰だ、あの綺麗な男は)
ユリスには見覚えがない。青年の名と働きを知る者は、まだ公爵派の中枢と軍上層部の一部に限られていた。
紹介もなしに公爵へ話しかける気にはなれず、ユリスは知り合いの指揮官を探した。
◇
功労賞の授与で、左翼部隊長の名が呼ばれた。味方右翼が崩れた戦場で左翼を動かし、敵右翼を破った働きが読み上げられる。会場に拍手が広がり、ユリスも手を叩いた。
賞を受けた部隊長が戻ると、ユリスを見つけて足を止めた。
「ユリス。お前の中隊はよくやったな」
「ありがとうございます」
「敵中隊長を討ったのも、中央の側面を突いたのも、第十二中隊だと聞いた」
「はい。側面へ向かわせました。敵中隊長を討ったのは、うちの兵です」
「あそこで中央を揺さぶれたのは大きい。次も頼むぞ」
近くで聞いていた貴族がユリスへ顔を向けた。ユリスは頭を下げる。
「ご期待に添えるよう努めます」
側面を攻める命令は自分が出した。中隊長を斬ったライコは、命じるより先に一人で敵へ突っ込んだが、その話までここで足す必要はない。
顔を上げると、先ほどの貴族の一人が「第十二中隊の」と言いながら近づいてきた。ユリスは笑みを抑え、相手へ向き直る。
◇
「第十二中隊ですか」
銀髪の青年、ルクシオン・フラグナが、公爵へ聞き返した。
「左翼の部隊長から聞いた。敵右翼の中隊長を討ち、そこから中央へ向かったそうだ」
「指揮官はどなたですか?」
「ユリス。あそこにいる若い男だよ」
公爵が示す先では、金髪の青年が貴族に頭を下げていた。話が終わると、すぐ次の相手が声をかける。ユリスはそちらへ向き直り、笑って応じた。
「伯爵家の三男だったかな。今回は、いい働きをしたものだ」
「どのように敵中央の側面を突いたのか、聞いておきたいですね」
公爵の側近を務めるルクシオンは、ユリスの顔と名を覚えた。
◇
会場を出たユリスは、待っていたエドラスたちのところへ戻った。
「どうでした?」
「悪くなかったよ」
エドラスに答えてから、ユリスはライコを見た。左翼部隊長に褒められたのも、軍の上層部に顔を売れたのも、この少年が敵中隊長を倒したおかげだ。誰が斬ったのかまで広まれば、欲しがる貴族が出てくるかもしれない。
こいつがいれば、もう少しいい役職を狙える。ほかの誰かに渡してたまるか。
「ライ。俺の部屋へ来い。ドルグもだ」
宿に戻り、二人を自分の部屋へ入れると、ユリスは第十小隊長をライコへ任せると告げた。ドルグには別の小隊の隊長を任せる。
「じゃあ、俺が隊長?」
「そうだ。それと、俺の従者にもする」
「従者って、何するの?」
「俺のそばで働け。護衛も頼む。小隊の仕事があれば、そっちへ行け」
ライコは少し考えた。
「次の戦いにも出られる?」
「出られるよ」
「じゃあ、やる!」
給金を聞くかと思ったが、ライコの関心は戦いだけだった。
「ドルグ、引き継ぎを頼む。小隊の仕事も、こいつに教えてやってくれ」
「承知しました」
◇
国境の町へ戻ると、ドルグは第十小隊を集めた。兵たちはいつものように並び、ライコも列へ入ろうとする。
「お前はこっちだ」
腕をつかまれ、ドルグの隣へ引っ張られた。兵がライコを見る。ライコも兵を見る。
「ライが、第十小隊長になる」
並んだ兵たちが顔を見合わせた。
「俺は別の小隊へ移る。これからは、こいつの命令を聞け」
一人の兵が、ライコの顔をまじまじと見た。
「じゃあ、次はあの速さでついていくんですか?」
何人かが笑う。ライコは首を傾げた。
「走れるところまでで――」
「そういう話じゃない!」
ドルグの声が飛び、笑いが大きくなる。ライコは口を閉じてドルグを見上げた。
「お前が先へ出れば、こいつらもついてくる。だが、お前と同じ速さでは走れん」
「うん」
「先へ行ってから振り返るんじゃ遅い。こいつらがどこにいるか見ておけ」
ライコは兵の列へ目を戻した。初陣で一緒に走った顔だ。自分が振り返ったときには、思っていたよりずっと遠くにいた。
「お前が敵の中へ入れば、助けようとして入る奴もいる」
ドルグはそこで一度、言葉を切った。
「そいつは、お前みたいに剣を避けられるか?」
「……避けられないかもしれない」
「なら、覚えておけ。お前が勝手なことをすればこいつらが死ぬ」
ライコは頷いた。兵たちが、今度は笑わずにこちらを見ている。剣を持って敵の前に立つときとは違う落ち着かなさがあった。
何か言ったほうがいいのだろうか。ドルグを見ると、顎で兵たちを示される。
ライコは前へ向き直った。
「わからないことがあったら、聞くよ」
さっき笑った兵が口元を緩めた。
「俺たちにか?」
「うん。ドルグ隊長にも」
「俺はもう、お前の隊長じゃないぞ」
ライコは少し考えた。
「ドルグにも」
「呼び捨てにしろとは言ってない!」
また笑いが起きる。ライコもつられて笑った。
「じゃあ、今までどおりで」
ドルグが額を押さえる。その横で、ライコはもう一度、部下になった兵たちの顔を見た。
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