第5話 退路を守る騎兵
ユリスは、右手にいるアインゼル軍中央へ目を向けた。
アインゼル軍の兵は、正面から来るルミナス軍本隊へ盾を向けている。横を守る兵は少ない。一方、敵右翼は中隊長を討たれ、なおも味方左翼に押されていた。
「あそこだ。第十二中隊、向きを変えろ!敵中央の横を突く!」
ユリスの声に、兵が右へ向き直る。ドルグは敵右翼の後を追いかけようとしていたライコを呼び止めた。
「ライ、一人で追うな!戻って来い!」
「まだ向こうに敵がいるよ」
「そっちは味方が押してる。俺たちは中隊長について行くぞ」
ライコが振り返ると、第十二中隊はもう右へ動き始めていた。ドルグが先に走る。ライコも後を追った。
中央では、まだアインゼル軍が優勢だった。右翼から逃げ込んだ敗走兵に隊列を乱されたルミナス軍本隊は、六百の兵をうまく動かせず、押し込まれていた。
その本隊と戦うことに集中していたアインゼル軍の脇腹へ、第十二中隊が勢いよく突っ込んだ。
「今だ!押し込め!」
アインゼル兵が慌てて横へ向き直る。だが、第十二中隊を迎え撃とうとすれば、それまで押していた正面への攻撃が鈍る。
その隙をつき、ルミナス軍本隊も反撃に転じた。横から第十二中隊、正面から本隊。アインゼル軍中央は、二方向の敵を相手にしなければならなくなった。
ライコはドルグたちとともに前へ出た。向き直った敵兵の剣を弾き、すれ違いざまにその脇腹を斬る。血風を纏って走るライコの姿は、味方には心強く、敵には恐怖を感じさせた。
◇
「中央の側面に、ルミナスの一隊が入りました!」
アインゼル軍の総大将は、中央の戦いへ目を向けた。
横から斬り込んできた一隊への対応に兵を取られ、正面のルミナス軍を押し切れなくなっている。さっきまで優勢だった中央が、今は逆に押し返されていた。
「右翼は何をしている!」
「右翼も押されています。中隊長を討たれ劣勢です!」
総大将は唇を噛んだ。こちらの左翼はルミナス軍の中央へ食い込んだが、右翼は下がり、中央まで横を突かれている。もともとの兵数もこちらが少ない。今なら、まだ全軍をまとめて退ける。致命的な被害を避けられる。
「退却する。左翼にも伝えろ。歩兵は列を保って下がれ。騎兵に追撃を防がせる!」
伝令が走った。アインゼルの中央軍は槍を向けたまま少しずつ下がり、敵に近づきすぎていた左翼も引き返す。右翼の兵が合流すると、アインゼル軍は一つの流れになって退き始めた。
◇
「敵が退いています!」
ルミナス軍中央の総大将は、乱れた本隊の中から前を見た。正面のアインゼル兵が距離を取り始めている。
「ようやく逃げるか。追撃するぞ!」
「追撃!逃がすな!」
副将の号令に兵がバラバラに走り出す。
◇
アインゼル軍の歩兵は退いていた。負傷した仲間を支える兵もいる。背後では、ルミナス軍の追撃が近づいていた。
騎兵を預かるオルフェは、馬を並べた部下たちへ声をかけた。
「あの先頭を止める。歩兵が動きを止めて槍を構えたらぶつからずにすぐ離れろ。我らの役目は足止めだ!」
オルフェが駆け出す。騎兵は退く味方の脇を抜け、追撃するルミナス軍の先頭へ迂回して横から迫った。
「横から馬が来るぞ!」
追撃を急ぐルミナス兵は、まだまとまっていなかった。横から迫る騎兵へ向き直るが、槍を構える者と、走り続ける者が入り交じっている。
オルフェは突き出された槍を剣で払い、兵の横を駆け抜けた。続く騎兵がその兵を斬り、追撃の先頭を乱す。
「盾を並べろ!槍を前へ!」
後続が駆けつけ、ルミナス兵の槍先が揃い始めた。
「離れろ!」
オルフェの馬が先に向きを変える。騎兵たちは足を止めた歩兵の正面を避け、距離を取った。
騎兵が近づけば、ルミナス兵は追撃をやめて槍を構える。騎兵が離れればまた走る。だが、追撃を再開すると、別の騎兵が横から迫ってきた。
走っては止まり、止まっては走る。その繰り返しで、撤退するアインゼル歩兵との距離は少しずつ開いていった。
「歩兵は走るな!列を保て!」
オルフェの声に、後方のアインゼル兵が歩調を合わせる。負傷者を支える者も、列から取り残されずに済んだ。
◇
ドルグは、遠くで向きを変え続けるアインゼル軍の騎兵を見ていた。
「敵に、騎馬隊の使い方がうまい奴がいるな」
ライコが目を向けると、馬に迫られた味方が槍を構え、逃げた馬を追おうとしてまた隊列から離れかけている。
「追いかけないの?」
「俺たちがか?追えばバラバラになる。離れた奴から囲まれてやられるぞ。個別撃破ってやつだな」
「個別、撃破?」
ライコは、離れていく騎兵を見つめた。
◇
「歩兵は全員、離れました!」
副官の報告に、オルフェは振り返った。味方の最後尾がまとまって退いていく。ルミナス兵は足を止め、こちらの馬の動きを警戒していた。
「騎兵を呼び戻せ。俺たちも退く」
散っていた騎兵が集まる。オルフェは部下が揃うのを確かめてから、馬首を味方の旗へ向けた。
◇
追撃中止の命令がルミナス軍に届く。アインゼル軍は、騎兵も歩兵もすでに離れていた。
第十二中隊の旗の下では、ユリスが戻ってきた兵を数えている。ドルグが第十小隊を連れて来ると、まず負傷者を報告した。ユリスは手当てに向かう兵へ指示を出し、記録に筆を戻す。
「ユリス中隊長。先ほどの戦いで敵の右翼の隊長を討ち取った奴なんですが……」
「ああ、どこの隊がやった?」
「うちの隊です」
ユリスの筆が止まる。
「……誰が?」
ドルグは、隣に立つライコを示した。
「ライコです」
「なんだって!?」
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