第4話 ライコの初陣
ルミナス軍の右翼から逃げ出した兵が、中央軍へ向かって走っていた。
「本隊だ!あそこまで行けば助かる!」
逃げる兵の背後には、アインゼル軍の左翼が迫る。外へそれようとした者には敵兵が槍を向けた。行く手を塞がれた兵は、味方中央へ向き直って走る。
敵は、ルミナス軍の中央へ向かう道だけを空けていた。敗走する兵をルミナス軍の本隊へ追い込み、その隊列まで乱そうとしていたのだ。
◇
ルミナス軍左翼の指揮官は、馬上から本隊を見ていた。
ルミナス右翼の兵が次々と逃げ込もうとしている。その後ろには敵もいる。だが、中央軍の旗はまだ上がらない。
「なぜ本隊は動かん!」
左翼の指揮官は、逃げてくる味方を助けようとしない中央軍に憤りを隠せなかった。
自分たちの正面には、アインゼル軍の右翼が二百。まずここを崩せば、自軍の中央も黙って見てはいられなくなるだろう。指揮官は、正面の敵右翼を撃破することを決めた。
指揮官は副官を振り返った。
「中央を動かすぞ。まずは正面の敵右翼を崩す!突撃!」
「左翼、突撃!」
副官の声が兵の間を走る。指揮官とともに騎兵が駆け出し、その後を歩兵が追った。左翼三百が動く。
第十二中隊の前でも、味方の背が一斉に遠ざかった。後方で出番を待つつもりだったユリスは、左翼全軍の突撃命令に思わずエドラスを見た。
「おい、俺たちまで行くのか?」
「左翼全体への命令です」
「聞こえてるよ。ああ、もう……俺たちも前に出るぞ!」
ユリスが中隊を動かす。ドルグも第十小隊へ声を張った。
「離れるな!俺について来い!」
ライコは剣を抜いた。先を行く騎兵の蹄が土をはねている。
「やっと戦える!」
兵たちが走り出すと、ライコも地面を蹴った。
◇
「左翼も突撃しました!」
ルミナス軍中央の総大将は、報告に舌打ちした。
「勝手に動く者ばかりか」
右翼は崩れた。だが中央の六百はまだ揃っている。正面の敵中央と、右翼の敗走兵を追っている敵左翼を合わせても四百。数で押せるはずだった。
「まあよい。全軍、前進だ」
「全軍、前進!」
副将の号令で、中央の盾が動き始める。
前進し始めた本隊の右端へ、右翼の敗走兵が飛び込んできた。助かろうと逃げる味方が、これから戦おうとする味方の列を崩していく。
「道を開けろ!敵が来てる!」
「待て、こっちも前へ出るんだ!」
前進する兵の肩に、敵に追われて逃げる兵がぶつかる。一人を避ければ後ろから別の兵が駆け込み、盾を構え直す暇もない。前の兵が押されて立ち止まると、その背へ後続がぶつかった。
「押すな!列を――」
叫びは、敵の喊声に消された。
敗走兵を追ってきたアインゼル軍の左翼が、開いた隙間へ踏み込む。中央の兵が槍を向けようにも、目の前にはまだ逃げ込む味方がいる。正面からは敵中央も迫り、六百の本隊は思うように動けなくなった。
◇
ルミナス軍左翼の騎兵は、敵の槍列の手前で進路を変えた。槍先の並ぶ正面を横切りながら、突き崩せる隙をうかがう。
馬が駆けた後ろから、歩兵が敵の槍の列へ突っ込んでいく。ライコは走りながら味方の背を次々と抜いていった。先ほどまで隣にいた第十小隊の足音が遠くなる。
「ライ!速すぎる!」
ドルグの声で振り向く。ドルグも兵たちも走っていたが、もうずいぶん後ろにいる。
ライコは前へ向き直った。敵の盾が並ぶ。その向こうにも剣を持つ兵がいる。
アインゼル兵が槍を突き出した。ライコはその穂先を剣で横へ払い、男の懐へ飛び込む。肩口を斬られた男がよろめき、並んだ盾の間に隙間ができた。
隣の兵が盾を寄せるより早く、ライコはその間を駆け抜けた。
横から現れた敵兵が剣を振る。ライコは身体を傾けてかわしざまに、胴を斬り払った。倒れる敵兵を振り返ることなく、さらに奥へ走る。
ドルグは仲間とともに敵の槍を受けた。盾で穂先を押し上げたところへ、味方の兵が槍を突き込む。一人倒して顔を上げると、ライコの背中が小さく見えた。
「おい、あいつ一人でどこまで行く気だ!」
仲間の声に、ドルグが怒鳴り返した。
「俺が聞きたい!前へ出ろ!」
ライコの後を追っても、間には敵がいる。ドルグたちがその列を押し崩す間に、少年はますます奥へ進んでいた。
「あの小僧を止めろ!」
敵兵へ号令を飛ばす男がいた。周囲より立派な鎧を着て、兵たちに指示を出している。その声に応じ、槍を手にした兵がライコの行く手を遮った。
突き出された槍の穂先を弾き、ライコは兵の横を駆け抜けた。目指す男は、もう目の前だった。
「小僧!」
男がライコの頭を狙って剣を振り下ろした。
ライコは剣を斜めに合わせ、身体を横へずらしながら受け流した。力の乗った刃が地面へ向かい、男は前のめりに体勢を崩す。
立て直す間も与えず、ライコは男の首筋を一刀で切り裂いた。
男が倒れた。
離れた位置にいたドルグは、号令を飛ばしていた鎧の男が倒れるのを見た。剣を掲げ、声を張る。
「敵将を討ち取った!敵将を討ち取ったぞ!」
ライコの足元で倒れたのは、敵右翼の中隊長。味方から歓声が上がる。「中隊長が!」と敵兵が叫び、周りの槍先が下がった。
「押せ!敵将はもういない!」
ドルグが第十小隊を進める。ユリスもエドラスとともに前へ出た。
「そこだ!中隊を入れろ!」
その命令で、第十二中隊の残りの兵も第十小隊に続く。ライコが切り開いた場所へ味方が突入し、敵右翼の隊列が押し広げられていった。
敵右翼の兵が下がる。右手には、ルミナス軍本隊と戦うアインゼル軍中央の側面が見えた。こちらへ向けられる視線はまだない。
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