第3話 初陣
町を出てからも、兵の列は途切れなかった。
ライコが加わったルミナス王国軍は、道の曲がり角の向こうまで盾と槍を連ねている。振り返っても、後続の兵の最後尾は見えない。列の脇を騎兵が追い越すたび、蹄の音が続いた。
「これ、全部味方?」
「敵が混ざってたら困るだろうが」
ドルグが前を向いたまま答える。
「何人いるの?」
「千二百だ」
ライコは、もう一度列を見渡した。村の人間を全員連れてきても、この道は埋まらない。
「すごいな」
「これでも小競り合いだ。大きな戦なら、もっと集まる」
「これで小競り合い?」
兵舎で木剣を交えた男たちも、そばを歩いていた。先頭に出てきた大柄な男は、手首に布を巻いている。ライコが見ると、男はその手を背中へ隠した。
「お前に打たれたせいで、剣が握れねえと思ってんのか?」
「ううん。まだ痛いのかなって」
「このくらいなんともねえよッ!」
男は布の巻かれた手で剣の柄を握ってみせた。
「そっか。よかった」
ライコが笑うと、男は鼻を鳴らし前を向いた。
ドルグが二人の横から言った。
「今回は俺たちの出る幕がないかもしれん」
「何で?」
「敵は六百。こっちの半分だ。俺たち第十二中隊は左翼の後ろに置かれる。俺たちが前へ出る前に決着がつくかもしれん」
ライコは腰の剣を見た。エドラスとの手合わせも、あと少しのところで止められた。今度は剣を抜くこともないのだろうか。
「ちぇっ。戦いたかったのにな」
「戦わずに済むなら、それが一番だ」
「ドルグは強い人と戦いたくない?」
「生きて帰れるだけで十分だ」
ドルグはそれきり口を閉じ、兵の列を見渡しながら歩いた。
◇
国境近くの平原で、敵国アインゼルの旗が風に揺れていた。旗の下には盾と槍の列が伸びている。右翼、中央、左翼に、それぞれ二百人。
向かい合うルミナス軍は右翼に三百、中央に六百、左翼に三百を配置した。両軍の間には、まだ誰も踏み込んでいない草地が広がる。左翼の兵が盾を持ち直し、鎧の金具が小さく鳴った。
第十二中隊は左翼の後方にいる。ライコが背伸びしても、見えるのは前に立つ味方の肩と、さらに向こうで揺れる敵の旗ばかりだった。
「相手はこっちの半分しかいないらしいぜ。楽勝だな」
「俺らが行く頃には、もう終わってるだろ」
近くでは兵たちが笑っている。戦場へ来る途中から続いていた気の緩みは、敵を目の前にしても消えなかった。
◇
ルミナス軍の右翼では、部隊長の男爵が馬上から中央軍の旗を見ていた。
進軍を告げる旗が上がれば、ほかの部隊も一斉に攻める。だが、男爵の正面にいる敵は二百。こちらは三百で、騎兵だけでも百いる。
「いつまで待たせる。敵はたった二百だぞ」
「総大将は、よほど敵を恐れておられるのでしょう」
側近が馬を寄せ、中央の旗をちらりと見た。
「男爵様には百騎もございます。敵の左翼など、ひと押しで崩せましょう」
「ふん、分かっておるではないか。あのノロマに合わせていては、功を奪われるぞ」
男爵は口元をつり上げた。
「中央が動く前に片づけてやる。そうすれば、奴らもわしに礼を言うしかあるまい」
号令の旗は上がらない。
「よし。右翼、かかれ!」
騎兵が馬を走らせ、後ろから歩兵も駆け出した。男爵は右翼の中央に残り、兵に周りを守らせながら馬を進める。
◇
「右翼が突撃しました!」
伝令の声に、中央軍の総大将が振り向いた。
「何だと。私はまだ号令を出しておらん」
「はい。しかし、すでに右翼が前へ――」
総大将の目にも、右手から走り出す兵が見えた。
「男爵め。功を焦りおって」
イライラした様子でルミナスの総大将は舌打ちをする。副将が傍らで命令を待つ。
自分はまだ、突撃を命じていない。
それなのに、男爵は勝手に兵を動かした。そのことが気に入らなかった。
「中央は待機だ」
「はっ?」
副将は思わず聞き返す。
「待機だ!」
「はっ!」
六百の中央軍は、盾を並べたまま動かなかった。
◇
ルミナス軍の右翼の先頭が敵アインゼルの左翼へぶつかった。
剣と盾が数合打ち合わされる。ルミナス兵がさらに押すと、敵の前列が後退した。
「見ろ!やはり軟弱な連中だ!」
「ヒヒッ、男爵様のおっしゃる通りで!」
側近が笑う。男爵は兵たちへ声を張った。
「追え!背中に槍を突き立ててやれ!」
騎兵が先を争い、歩兵も後に続いた。近づけば敵はまた下がる。男爵は部隊の中央で馬を進め、遅れる兵を怒鳴りつける。
「功が欲しければ走れ!」
敵を追ううち、ルミナス軍の右翼だけが大きく前へ出ていた。味方の中央は動かず、右翼との距離は開くばかりだった。
やがて、敵左翼の後退が止まった。盾が並び直し、その間から槍が突き出される。
先頭の騎兵が手綱を引いた。後ろから来た馬は止まりきれず、横へそれる。追いついた歩兵は馬を避けながら前へ出ようとした。
「どけ!馬が邪魔だ!」
「押せ!敵はもうすぐ崩れる!」
足並みの乱れたところへ敵の槍が伸びた。馬から落ちた兵が踏まれ、盾の陰から敵兵が斬り込んでくる。
「少し抵抗されたくらいで、何をもたついている。数はこちらが上だ!押せ!」
男爵の声に応じて兵が踏み込んだ、そのときだった。
左から、別の喊声が上がった。
「……何だ、あれは」
アインゼルの中央の兵が、ルミナス右翼の側面へ向かってくる。
敵左翼を追いかけた結果、男爵の部隊は敵中央の真横まで出ていた。
正面には、退くのをやめた敵左翼。左からは、敵の中央軍。男爵の三百は、合わせて四百の敵に二方向から攻められる形になった。
「左を見ろ!敵が来る!」
ルミナス兵が身体を左へ向ける。すると、目の前で踏みとどまっていた敵左翼が盾を押し出してきた。
正面の槍を受ければ、側面から斬られる。左を守れば、正面の敵が間合いへ入る。
「男爵様、こちらへ迫っています!」
先ほどまで笑っていた側近が、馬を寄せた。男爵の前では兵の列が割れ、その隙間から敵が近づいてくる。
「このままでは危険だ。一旦引くぞ!」
男爵は馬首を返した。
前列へ命令が届くより先に、自分の馬を走らせる。進路を塞ぐ味方には「どけ!」と怒鳴り、側近もその後を追った。
「男爵様が引くぞ!」
振り返った兵には、遠ざかる馬の背が見えた。
「退くのか?」
「まだ戦え!列を崩すな!」
「部隊長がいないのに、どこを守るんだ!」
逃げ出した兵が、踏みとどまる兵の盾にぶつかる。開いた場所へ敵の槍が入り、さらに人が倒れた。
右翼は追う側から、追われる側に変わった。
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