正面の剣
御前試合の本戦が始まる日、会場には朝から人が集まっていた。
貴族の紋章を身につけた騎士。その横を、使い込んだ防具の傭兵が歩く。試合場を囲む席では、まだ誰も戦っていないのに、あちこちで声が上がっていた。
ライコは人の間から試合場を覗き、歩く足を速めた。
あそこで戦う。
勝ち続ければ、レオニードとも手合わせできるかもしれない。
「選手はこちらだ」
運営の男に呼ばれ、ライコは長い台の前へ進んだ。
剣、槍、斧。片手で扱うものから、両手で振る大きなものまで、何本も並んでいる。
「武器は、ここから選んでもらう」
男の目が、ライコの腰へ向いた。
「その剣は使えん。試合用は、こちらで用意したものだけだ」
「分かりました」
ライコは隕鉄剣を鞘ごと外し、男へ渡した。
男は両手で受け取った途端、腕をがくりと下げた。取り落としかけた剣を抱え直し、顔を真っ赤にして台へ置く。
「ず、ずいぶん重いな」
男は荒い息をつき、ようやく手を離した。
「はい。まだ、練習してるところです」
ライコは並んだ武器へ目を戻した。隕鉄剣とほぼ同じ長さの、まっすぐな諸刃の剣を一本取る。
形は普通の剣だった。片手で構えると、さっき渡した剣とは比べものにならないほど軽い。
両手で握り直し、刀身を見た。両側の刃の縁は、丸く潰してある。
「これ、斬れないんですね」
「だからといって、当たって平気なわけじゃないぞ」
男が自分の頭を指した。
「当たりどころが悪ければ、死ぬ。たまに死人も出る。滅多にはないがな」
ライコは刃の厚い縁を見た。
「降参、場外、戦えなくなったとき。審判が止めたときも終わりだ」
「はい」
剣を下げて頷く。
男が試合場を指すと、ライコはそちらへ顔を向けた。
◇
土の上に引かれた境界線の内側へ入ると、向かいにいた騎士がライコを見た。
鎧の胸に、貴族の紋章がある。両手で持った長剣を下げ、落ち着いた足取りで近づいてきた。
「君がライコか」
「はい」
「河岸での働きは聞いている。ケンタウロスを倒したそうだな」
騎士は少年をまっすぐに見た。
「全力で相手をさせてもらう」
ライコの口元が上がった。
子供だから、とは言わない。平民だから、とも言わない。
ただ、剣を握って自分を見ている。
「僕も、本気でやります」
騎士が頷き、離れて構えた。
ライコも両手で剣を握り、前へ出した。場を囲む声が、遠くなる。
相手の剣先が、わずかに動いた。
「始め!」
声と同時に、騎士が踏み込んだ。
長剣が、銀の線になってライコの頭へ落ちてくる。
横へ避けた。その目の前で、落ちた刃がすぐに止まり、今度は胸を狙って伸びた。
速い。
ライコは自分の剣で横へ弾き、そのまま相手の手を狙った。
騎士は柄を引いた。ライコの刃が届く前に、一歩下がる。
追おうとした足が止まった。
引かれた長剣の先が、もう自分の顔へ向いていた。
ライコは首を傾け、突きをかわした。
剣を振るだけではない。下がりながら、次に近づく相手を待っている。
「すごい」
声が漏れた。
騎士の口元にも、わずかな笑みが浮かんだ。
今度はライコから踏み込んだ。右から斬り込むと、騎士が腰を落とし、長剣で受けた。押し切ろうとした瞬間、相手は斜め後ろへ足を運ぶ。
騎士が受けていた剣を引くと、押しつけていたライコの刃が勢いのまま左へ流れた。
長剣が下から跳ね上がり、右の前腕へ迫った。
ライコはとっさに柄から右手を離し、腕を引いた。刃がその前を通り過ぎる。
左手だけで剣を握り、流れていた刃を鋭く振り返した。
騎士は一歩下がってかわすと、すぐに踏み込んだ。長剣の先が、ライコの胸へ伸びる。
ライコは左手の剣で、その突きを横へ弾いた。
騎士は弾かれた剣を頭上へ振り上げ、ライコの頭を狙って斬り下ろす。
ライコは右手を柄へ戻し、両手で握った。半歩横へ動き、振り下ろされた刃をかわした。
騎士の長剣は、土を叩く前に止まった。
無駄に振り切らない。攻撃のたびに、すぐ次の構えへ戻っている。
刃を潰してあっても、あれが頭に当たれば倒れる。
ライコは柄を握り直した。
面白い。
強い人が、ちゃんと自分へ全力で向かってくる。
騎士が剣を引き、腰を落とした。
ライコは、その足を見た。さっき、自分の刃を流されたときと同じ構え。
下がるつもりだ。
ライコは地を蹴った。
騎士が長剣を立てて受けにくる。その刃へ、自分の剣を強くぶつけた。
甲高い音がした。
騎士が斜め後ろへ動く。
ライコは押し続けなかった。ぶつけた剣をすぐに引き、一歩、相手を追った。
騎士の目が動く。
下から長剣が跳ねるより先に、ライコは相手の胴へ刃を走らせた。
長剣が間に戻ってきた。
止められる。
その瞬間、ライコは腰を回し、自分の刃で長剣を外へ押しのけた。
二本の刃が鳴り、火花が散った。
騎士が足を踏ん張ったときには、ライコが目の前へ入っていた。ライコは剣を返し、相手の首へ刃を走らせた。
丸い刃の縁が、首のすぐ手前で止まった。
騎士は動かなかった。
ライコも、剣を止めたまま相手を見た。
「……参った」
長剣が下がる。
「そこまで!」
審判の声を聞き、ライコは自分の剣を引いた。
張りつめていた息が、ようやく抜けた。
「勝者、ライコ!」
歓声が押し寄せた。
騎士は長剣を下げたまま、少年を見た。
「同じ手は、通じなかったか」
「同じ動きが見えたので。今度は、下がるところを追おうと思ったんです」
ライコが答えると、騎士は小さく笑った。
「よく見ていたな」
騎士が空いた左手を差し出した。ライコは剣を右手へ持ち替え、左手で握り返す。
「ありがとうございました」
「こちらこそ。次も、よい戦いを」
その言葉に、ライコは笑って頷いた。
試合場を出ると、次の選手が剣を選んでいた。
向こうでは、別の騎士が柄を握り直している。
まだ、たくさんいる。
ライコは、手の中の剣を見た。
剣を持って向かい合い、力を尽くす。負けた相手も、まっすぐに手を差し出してくれる。
御前試合は、いいところだ。
次はどんな剣を使う人だろう。
そう思うと、口元の笑みが消えなかった。
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