剣と約束
王座の前で、ライコの名が再び挙がった。
「大隊長への昇格を、改めてお考えいただきたい」
レグベル公爵が述べると、居並ぶ将軍の一人が眉を寄せた。
「戦果は伺っております。ですが、その少年は本当にそれほど強いのでしょうか」
「ケンタウロスを倒し、敵総大将まで退けたのだぞ」
マッチョリーニ伯爵が、大きな腹の底から声を出した。
「戦場では、何が起こるか分かりません。敵が弱っていたのかもしれません。平民の子供に、我らが騎士を凌ぐ力など……」
別の将軍も頷いた。
「兵として働けば十分でしょう。身の丈に合わぬ地位を与えて、何になるのです」
平民は使えば減り、放っておけばまた増える。踏まれても生えてくる雑草と変わらない。
そうした扱いを当然とする貴族が、過半を占めていた。優秀な者がいても、どこかの貴族の血が混じっているのだろう、と片づける者も多い。
「ライは強いぞーガハハッ!それに兵を奮い立たせる何かがある」
伯爵は笑って、太い腕を組んだ。
「ワシは見た。もう立てぬと思っていた兵が、あいつの後を追って起き上がるのをな。傷だらけの子供が前へ行く。大人が寝てはおれんわ!」
同じ第二王妃派の将軍が、伯爵を睨んだ。
公爵側の推薦を退けたい場で、なぜこちらの大将が後押しするのか。
(この筋肉バカめ!)
しかし伯爵は、その視線にも気づかず笑っていた。
少し離れたところで、レオンハートは黙って聞いていた。
娘を連れ戻した少年の、屈託のない顔を思い出す。礼を述べに呼んだ席で、筆頭将軍へ手合わせをねだった。
無礼で、何も知らぬ。だが、腹の立つ顔ではなかった。
(強いのなら、突撃部隊を任せればよい)
第一王子派の軍に、ああいう大隊長がいても悪くない。娘を救われた恩もあるが、それをこの場で持ち出すつもりはなかった。
可愛げのある少年だ、とは思う。自分が気に入っているとは、考えもしなかった。
ルクシオンが公爵の傍らへ進み、耳元で低く何かを囁く。
レグベルは一度頷き、将軍たちへ目を向けた。
「そこまで言うなら、我が国の武人を相手に試してみるのはどうか?」
将軍たちが顔を上げた。公爵は王座へ向き直る。
「陛下。近く開かれる御前試合へ、ライコを出場させてはどうでしょう。皆の前で、その武勇を確かめられます」
「御前試合か」
反対していた将軍が呟き、口元を緩めた。
「ならば、我が国の騎士たちが相手になるな」
大会には、貴族が誇る騎士ばかりでなく、傭兵も出る。
「かつては、傭兵でも腕を見込まれれば騎士団へ迎えられていたな。懐かしい」
公爵の言葉に、将軍が鼻を鳴らした。
「昔の話です。今さら、出所も知れぬ者を入れる家など、ほとんどないでしょう」
騎士団に見出されようと、今も傭兵たちは集まる。だが今は、腕が立っても、貴族の血を持たぬというだけで迎えられることはほとんどなかった。
レオニードは公爵へ顔を向け、腕を組んだまま口を開いた。
「私も、あの少年の武勇は見てみたいものですな。皆の前で確かめることに、異存はありません」
将軍たちの顔が、わずかに動いた。レオニードは、それ以上は語らず王座へ視線を戻した。
王座のネグロスは、銀の杯を傾けていた。
ワインを飲み、口を閉じたかと思うと、大きなあくびをした。
「何でもいい。好きにせい」
公爵が頭を下げた。
昇格の決定は、御前試合の後へ持ち越された。ライコが出場し、皆の前で戦うことは決まった。
◇
後日、ライコは再びホークガルド家へ招かれた。
中庭へ案内されると、レオニードが待っていた。傍らの台には、鞘に入った剣が置かれている。
「来たな、ライ」
「はい。今日は、もしかして……」
ライコは老将の手と、台の上の剣を交互に見て、目を輝かせた。
レオニードの眉が上がる。
「手合わせか」
「はい!」
「まったく、お前はそればかりだな。今日は、渡すものがある」
老将が台の剣を示した。
「ワシの孫を助けた礼だ。受け取れ」
「……僕に、ですか?」
ライコは台へ近づいた。
見慣れない剣だった。新しい革の巻かれた柄と、すっきりした鍔が目に入る。ライコは、その格好よい姿に見入った。
右手で柄を握り、左手で鞘を支えた。持ち上げた途端、両手へずしりと重さがかかる。
「あっ。この重さ……あの剣ですか?」
レオニードが頷いた。
「うむ。柄と鍔、鞘は作り直させたが、刃はそのままだ」
「この剣、もらっていいんですか?」
「お前なら使える。飾っておくより、その方がよい」
ライコは、手の中の剣を見下ろした。
自分の大曲剣を折った刃。それを、今は渡されている。
「ありがとうございます!」
満面の笑顔で言い、深く頭を下げた。顔を上げると、もう柄へ目が戻っていた。
「抜いてもいいですか」
「よい。振るなら、広いところへ出ろ」
ライコは台の前で刃を抜き、左手の鞘を台に置いた。右手に剣を下げ、中庭の中央へ進む。
日を受けた刀身は、少し黒みがかった深い緑色だった。普通の剣とは、少し違う色をしている。
「隕鉄の剣だ」
レオニードが言った。
「いんてつ?」
「普通の鉄とは違う。尋常でなく硬い。重さは、持てば分かるな」
ライコは頷き、両手で握った。
老将が台のそばにいるのを確かめてから、頭上へ持ち上げる。
刃を振り下ろした。
重い風の音が、中庭に響いた。剣が腕ごと身体を前へ引く。ライコは足を踏ん張り、腰を落として刃を止めた。
「うわ……」
思わず笑いが漏れた。
剣を引き上げようとすると、大曲剣を使っていたときより手が遅れる。それでも、腕の力で引き上げた刃が、また頭の上へ来た。
「そうか、この重さがそのまま相手に当たる」
ライコは柄を握る両手へ、改めて意識を向けた。腕へずしりとかかる重さを、確かめるように受け止める。
「扱い損ねれば、お前が振り回されるぞ」
「はい。でも、すごいです。これなら、次はもっと……」
脳裏を、猛禽の槍がよぎった。
ファルケンハインを倒せた。だが、本当にぎりぎりだった。避けて、立て直して、全身で突っ込む。そのどれか一つでも遅れていたら、自分が貫かれていた。
ライコは剣を下ろして剣先を見た。柄を握り直す。
この剣を使いこなせば、もっと強くなれる。
両手にかかる重さが、今は頼もしかった。
「ライ」
呼ばれて、ライコはようやく顔を向けた。
「御前試合への出場が決まった。お前の戦いを、期待しておる」
「強い人、たくさん出るんですよね」
「そうだ」
レオニードは、少年の顔を見て笑った。
「優勝したら、手合わせも考えてやろう」
ライコの目が、ぱっと輝いた。
「ほんとに?……本当ですか!」
「まずは、勝ってみせろ」
「はい!」
ライコは両手で剣を握り直した。
重さを確かめるように、もう一度、ゆっくりと持ち上げた。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます!
久しぶりの小説執筆なので、誤字脱字や「ここが分かりにくい」「こうした方が読みやすい」と感じたところがあれば、気軽に教えていただけるとうれしいです。
「この部分が分からなかった」の一言だけでも、とても助かります!
また、本作を読んで少しでも
・面白かった!
・続きが気になる!
と思っていただけたら、ページ下の☆から評価していただけると励みになります。
★の数は、率直に感じたままで大丈夫です!
皆さまの反応が、続きを書く大きな力になります。
いつもありがとうございます!




