第63話 戦功の先
キティと技に名をつけた後も、ライコは稽古を続けた。
やがて、王宮へ来るようにとの知らせが届いた。
功労賞だという。
河岸での戦いだけではない。この一年に重ねた働きも、合わせて認められるのだと聞かされた。
◇
王宮の広間で、ライコは背筋を伸ばしていた。
血や泥を落とした軍服は、いつもより窮屈に感じる。周囲には、身なりを整えた貴族や武人が並んでいた。
その前にいるのは、ルミナス国王、ネグロス・ルミナスだった。
ライコの名が呼ばれた。
過去一年の戦功。ファルケンハインを討ったこと。敵総大将アイゼンベルクを倒し、河岸の防衛に大きく貢献したこと。
読み上げられる言葉を聞きながら、ライコは川岸を思い出した。
目の前へ割り込んだ盾。敵へぶつかったドルグ。道を塞ぐ兵へ飛びついた、泥だらけの男。
自分だけで、あそこまで進めたわけではない。
「よく働いたな」
ネグロスの言葉に、ライコは頭を下げた。
「ありがとうございます」
声は、思ったより大きく出た。
顔を上げると、列席していたルクシオンと目が合った。銀色の長髪の下で、彼が小さく頷く。
その横には、軍務卿を務めるシルベイン公爵、レグベルがいた。
◇
功労賞の授賞式を終えた後、ライコは王宮の中庭へ呼ばれた。
戦利品として運び込まれた剣を、武人たちが見ていた。
鞘から抜かれた刃を見て、ライコは足を止めた。
「あの剣だ」
アイゼンベルクが使っていた剣だった。
大曲剣を受け止め、押し返した刃。見た目は、あのときと同じように、ごく普通の剣に見える。
一人の武人が、両手で柄を握った。
持ち上がる。だが、頭上まで上げようとすると、腕が震えた。振ろうとして足を踏み直し、結局、ゆっくりと下ろす。
「これを、あの男は振り回していたのか」
別の者も受け取った。構えるだけならできたが、横へ動かした剣を止めるため、身体まで傾けなければならなかった。
筆頭将軍レオニード・ホークガルドは、太い腕を組んでその様子を見ていた。
ルクシオンがライコへ顔を向けた。
「ライコ隊長。持ってみていただけますか」
「はい」
剣を預かった男が、柄をライコへ向ける。ライコは右手で握り、刃を上へ立てて受け取った。
渡した男の手が、慌てて添えられた。
「落とすぞ。両手で――」
言葉が止まった。
ライコの腕は、下がらなかった。
「すごい。こんなに重かったんだ」
柄を握り直す。
あのとき腕へ響いた重さを、今は自分の手で確かめている。普通の剣と同じつもりで動かせば、先が行きすぎる。
左手を柄へ添え、ゆっくりと横へ向けた。それから、自分の前に戻す。
「振れるのか?」
レオニードが聞いた。
「はい。振れます。ここで試してもいいですか?」
レオニードが周囲を見た。
「離れておれ」
武人たちが下がる。ライコは刃の届く範囲に誰もいないことを確かめてから、剣を振った。
低い風切り音がした。
横へ振り、止める。逆へ返し、もう一度止めた。重い。だが、足を踏みしめれば、剣の重さに引っ張られずに動かせる。
レオニードの目が、剣から少年の足へ移った。
「もうよい」
ライコは剣先を下げた。
剣を戻そうとすると、受け取る男が両手を差し出した。ライコも片手を柄へ残し、重さが相手へ移るのを待ってから放す。
さっきまで口を挟んでいた者たちは、黙っていた。
◇
ライコが退出した後、王宮では別の話が始まった。
「ライコ隊長を、大隊長へ推したく存じます」
レグベルの言葉に、貴族たちが顔を上げた。
ネグロスは椅子の背へ身を預けたまま、先を促した。
ルクシオンが続けた。
「軍功は、すでに十分です。第十二中隊を率いて各地で戦い、今回も防衛軍の崩れを止めました。一人で敵を倒しただけではありません。部下が彼を守り、別の隊の兵まで、その後ろへ続いています」
貴族の一人が言った。
「それは、武勇に感服したからであろう。大隊には、貴族の騎士も加わる。平民の少年の下へ置かれることを、彼らが受け入れるとお考えか」
「戦場では、すでにともに戦っています」
別の声が重なった。
「一時の共闘と、常に命令を受けることは違う。剣が強ければよいというものではない。あの少年は、指揮をどこで学んだ。兵の補給や規律を、どこまで理解している。領地を預かる家の者なら、幼い頃から人を使うことを学ぶ。平民には、その教育がない」
ルクシオンは、声のする方へ目を向けた。
「生まれだけで、学ぶ力まで決まるとは思いません。第十二中隊での働きを見れば――」
「ルクシオン」
レグベルが静かに呼んだ。
ルクシオンは言葉を止めた。軍功を認めた口が、今は少年の生まれを問題にしている。
レグベルはネグロスへ向き直った。
「経験ある者を補佐に置き、足りない教育を補うことはできます。実際に中隊を率いてきた実績も、判断に加えるべきかと存じます」
ネグロスは、レオニードへ顔を向けた。
「お前はどう思う」
レオニードは王へ一礼した。
「武勇と戦功は認めます。ですが、今、大隊を任せることには賛成できません」
ルクシオンの視線が止まった。
中庭で少年の足運びを見ていたレオニードの目が、今は王を見ている。
「貴族の家であれば、指揮や統治を学ぶ機会があります。あの少年には、それがない。自分の手の届かぬところで兵が倒れるとき、何を優先し、どの命令を出すのか。そこまで見極めず、多くの兵を預けるべきではありません」
「ならば、見極める機会を与えるべきです」
ルクシオンが言った。
レオニードはルクシオンへ顔を向けて答えた。
「ワシも、評価するなとは言っておらん。一人の働きが大きいことと、率いる兵を増やしてよいことは、同じではないということだ」
軍を任せるための問いだった。
だが、名家の子弟なら持っているとされるものを、平民の少年は、持たぬものとして数えられていた。
ネグロスが、小さく息を吐いた。
「その話は保留にせよ。戦功を認めたことに、異論はないのであろう」
誰も、そこへは反対しなかった。
レグベルが頭を下げ、ルクシオンもそれに続いた。
少年の振った剣を、否定する者はいなかった。
その少年へ軍を預ける話は、この日、決まらなかった。
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