第59話 折れた刃
ライコの足が、もつれた。
踏み直そうとした足に痛みが走る。その一瞬を、敵は見逃さなかった。盾の脇から剣が伸び、ライコの首を狙う。
大曲剣を上げるより早く、横から盾が割り込んだ。
刃が盾の縁を叩く。バスティオンは衝撃に歯を食いしばり、敵を押し返した。
「ライ、前を見ろ!こっちは俺たちが守る!」
ライコは顔を上げた。
その先で、別の敵がライコへ槍を向ける。
「邪魔だッ!」
ドルグが横からぶつかった。肩を敵の脇腹へ叩き込み、槍を持つ身体ごと吹き飛ばす。倒れた敵が隣の兵へぶつかり、列に隙間が開いた。
ライコはそこへ足を出した。
だが、盾を構えた兵が前を塞ぐ。
その背へ、領兵が飛びついた。
袖は裂け、顔は泥だらけだった。剣も持っていない。敵の首へ腕を回し、両脚を踏ん張って後ろへ引く。
「行け、ライ!」
敵が肘で男の脇腹を打った。それでも腕を離さず、男は自分もろとも敵を引き倒した。
別の領兵が、倒れた敵の剣を足で押さえる。
ライコは領兵二人の横を通った。
クアルデン軍の総大将、アイゼンベルクの周りにいた精鋭が、少年へ集まろうとする。
キティの長剣が、その一人の剣を正面から打ち払った。長い髪を揺らし、すぐさま踏み込む。刃を立て直す隙を与えず、相手の頭へ斬り下ろした。
「ここを通すわけにはいかんのだ!」
反対側では、ラーヴァが槍の横へ滑り込んでいた。
「キェエエエエッ!」
甲高い声とともに、槍を持つ腕を斬る。敵が退くと、その隣の兵へ剣を向けた。ライコを追おうとした足が止まる。
背後では、バスティオンたちの盾が踏みとどまっていた。領兵の槍も、その脇から伸びている。
道が、開いた。
◇
アイゼンベルクは馬を止めた。
前では敵味方の盾と槍が絡み、馬の進む場所がない。その狭い隙間から、少年だけが近づいてくる。
アイゼンベルクは鞍を降り、そばの親衛兵へ手綱を渡した。
「周りを抑えろ。あれは私が斬る」
剣を構え、ライコの前へ出る。
大きな剣ではなかった。特別な形でもない。
ライコはその刃を見てから、騎士の顔を見た。
息を吸うだけで、胸が痛い。柄を握る腕は重く、肩口からはまだ血が流れている。
足も、もう言うことを聞かない。
(長くは、やれない)
大曲剣を、頭の上へ持ち上げた。
相手の剣ごと、叩き割る。
痛む足を踏みしめ、腰を入れた。残った力を両腕へ集め、巨刃を大上段から振り下ろす。
空気が裂けた。
頭上から落ちる刃は、アイゼンベルクの剣を呑み込み、そのまま頭まで砕くはずだった。
アイゼンベルクは両手で剣を握り、斜めに立てた刃で受けた。
轟音が、耳を潰した。
止まった。
ライコの全力を受けても、細い方の刃は折れなかった。曲がりもしない。
アイゼンベルクの脚が、地面を踏みしめる。
その腕が、受け止めた大曲剣を押し返した。
ライコの足が浮いた。
剣を握った身体ごと、後ろへ吹き飛ばされる。踵が地面をかき、尻と背中が草地へ落ちた。息が喉で潰れた。
両手は、柄を離していなかった。
大曲剣を引き寄せ、ライコは立ち上がった。
アイゼンベルクが、もう踏み込んでいた。
横から胴へ迫る剣へ、大曲剣を合わせる。
腕に、岩がぶつかったようだった。
刃が押し込まれ、身体が横へ流れる。ライコは膝をつきかけ、柄を引いて相手の剣を外へ逃がした。
アイゼンベルクは重い刃を止め、逆から斬り返してきた。
(重い。こいつも、強い)
見た目からは考えられない重さだった。その剣を、騎士は振り回している。
ただ、刃は見える。
いつもの足なら、振り切る前に脇へ回れた。剣が戻るより先に、こちらの刃を届かせられたはずだ。
ライコは横へ動こうとした。
足に痛みが走った。
身体が遅れる。
目で追えているのに、足がそこまで運んでくれない。傷ついた腕も、剣を引き戻すたびに震えた。
次の一撃を、また受けるしかなかった。
大曲剣が、跳ね上がる。
アイゼンベルクは間を置かなかった。押し返された巨刃が戻る前に、剣を頭上から叩きつける。
ライコは両手で柄を握り、大曲剣を横たえて頭を守った。
刃の半ばへ、重い一撃が落ちた。
鋭い音がした。
大曲剣が、真ん中から折れた。
先の半分が回りながら飛び、草地へ突き立つ。残った刃ごと柄を押し下げられ、ライコの膝が地面を打った。
アイゼンベルクの目に、勝機が浮かんだ。
剣を引き、少年の顔へ振る。
ライコは膝をついたまま、上体をわずかに引いた。
鼻先を、刃が走った。
風が頬の傷を叩く。髪が数本、宙へ散った。
アイゼンベルクが剣を戻そうとする。
ライコは立ち上がり、振り戻される敵の剣を折れた刃で受けた。横へ押しのけ、その隙に一歩踏み込む。
アイゼンベルクも退かなかった。
腕を引き、肘を畳む。懐に入りかけた少年へ、切っ先を突き出した。
ライコは身体を捻った。
脇腹の革を裂き、刃が肌をかすめた。
あと少し深ければ、腹まで貫かれていた。
横へ逃げる足は、残っていない。
だから、前へ出た。
折れた剣を両手で押しつけ、相手の刀身を自分の脇の外へ押しやる。胸と胸がぶつかった。大曲剣の残った刃も、もう振る場所がない。
目の前に、アイゼンベルクの顔があった。
ライコは顎を引いた。
踏み込んだ勢いのまま、額をその顔へ叩きつけた。
鈍い音が、頭の中へ響いた。
騎士の目が見開かれた。その膝が折れ、剣が手から落ちる。
ライコもよろめいた。
折れた大曲剣を握ったまま、目の前の身体が倒れるのを見た。
アイゼンベルクは仰向けになり、動かなかった。
◇
「閣下!」
親衛兵が駆け込んできた。
盾を少年へ向け、倒れたアイゼンベルクを囲む。別の兵がその口元へ手をかざした。
「息はある!運べ!」
ライコは剣を持ち上げようとした。
腕が、上がらなかった。
そこへバスティオンの盾が入り、ドルグがライコの肩を支える。
親衛兵たちは盾を向けたまま、アイゼンベルクを抱え上げた。その足元には、取り落とされた剣が残った。
背後から、声が上がった。
「旗だ!後ろを見ろ!」
ドルグが振り向いた。
味方の後方に、いくつもの旗が現れていた。
土煙の向こうから、兵の列が続いてくる。
「援軍が来た!」
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