第56話 翼の槍
前へ出たライコは、並び始めた槍を見た。こちらへ向いた穂先もあれば、まだ空を向いているものもある。
白狼騎士団と戦ったときのことを思い出した。あの騎兵たちは、並んだ槍へ正面からは突っ込まなかった。
「槍を持ってる人!間を同じくらいにして、全部、馬の方へ向けて!」
ライコが兵の前を指す。ドルグが槍兵を並ばせ、バスティオンの盾兵がその間へ入った。
先頭の騎兵が速度を上げた。蹄の音が重なり、草地を揺らす。
揃った槍先を見て、馬が左右へ分かれた。
「追うな!槍を残せ!」
ドルグが叫ぶ。その横を、黒い騎士の馬が駆けた。
翼を広げた槍が、低く唸り、馬へ向けられた味方の槍をまとめて払い上げた。
握っていた兵の腕まで持ち上がり、馬へ向けていた守りが開いた。
そこへ次の騎兵が突っ込んだ。
バスティオンが盾を前へ掲げた。敵の突きが盾へ食い込み、背後の兵も身体を当てて支える。盾の脇へ差し込まれた剣を、ドルグが横から弾いた。
「こっちへ寄れ!穴を埋めろ!」
ドルグは後ろの槍兵を呼び、崩れた列へ入れた。
「キェエエエエッ!」
ラーヴァが敵の槍の下へ潜った。長い腕から剣が伸び、騎手の手首を斬る。落ちた槍を踏み越え、次に迫る刃も打ち返す。馬を追わず、盾の脇に残った。
左ではキティが前へ出た。
「ここは通さぬ!」
振り下ろされた敵の剣を、長剣で受ける。踏み込んで押し上げ、相手の腕へ斬り返した。騎手が鞍から崩れると、次の馬へ向き直る。
ライコは右から回り込む騎兵へ走った。
槍先をかわして馬の脇へ入り、刃を返して大曲剣の反りを騎手の腕へ引っ掛ける。そのまま引いた。騎手が鞍から引きずり落とされ、味方の槍がその先の馬を追い払う。
別の騎兵が剣を上げた。
ライコはその腕が落ちるより早く、大曲剣を振り抜いた。騎手の胴が鎧ごと両断される。
血を散らした刃を引き、さらに次の槍へ向く。
後ろの領兵は逃げていなかった。震える手で槍を握り、盾の陰から突き出す。敵を倒した男の隣で、別の男が歯を食いしばって馬へ穂先を向けた。
だが、黒い騎士が走るたびに、その列が割れた。
翼の刃が槍を払い、開いた場所へ騎兵が流れ込む。埋めた隙間とは別の場所で、また悲鳴が上がる。
ライコは斬り込んできた騎手を倒し、そちらへ走ろうとした。
黒い騎士が、馬首をこちらへ向ける。
ファルケンハインは、少年の足元に倒れた部下を見た。別の部下が迫っても、巨大な剣に斬り落とされる。
あの少年がいるから、ここが潰れない。
槍を構え直し、ライコへ馬を進めた。
◇
ライコが顔を上げる。
鳥の嘴のような槍先が、胸へ迫った。
大曲剣で横へ弾く。だが、翼の刃が刀身へ絡み、剣を外へ引いた。守りの開いた肩へ、中央の穂先が戻ってくる。
ライコは地を蹴り、馬の進路から身を外した。
肩口が熱い。鎧の継ぎ目から血がにじんだ。
ファルケンハインは馬を回した。すぐに次の突きを繰り出す。
ライコは穂先をかわし、馬の横へ踏み込んだ。鞍の上の胴を狙い、大曲剣を最短の軌道で振り上げる。
ファルケンハインが上体を捻った。鎧の継ぎ目を狙った刃が、厚い胸甲へ斜めに当たる。
鋼が擦れ、火花が散った。大曲剣は鎧の表面を浅く削って滑った。
「速い。だが、当たる場所さえ変えればいい」
ファルケンハインは槍を引き戻し、ライコの首へ突き出した。ライコは身を沈め、馬の横へ身をかわす。
速く斬ったはずなのに、深くは届かなかった。
それでも、口元が緩んだ。
「すっごい……!」
ファルケンハインは答えない。馬を向け直し、間合いの外から槍を伸ばした。
胸へ迫る穂先を払う。今度は顔へ。ライコが首を倒すと、横へ返された翼の刃が耳元で唸った。
ライコは馬の前へ回らず、馬の脇へ踏み込んだ。槍を戻す手へ斬りつける。
刃が手甲を削った。だが、指を斬る前に槍の柄が割り込み、剣を押し下げる。
ライコは剣を引き、馬の腹へ向けて斬り上げようとした。馬がこちらへ向き直り、その頭が正面へ迫る。巨体に押し潰される前に飛び退いた。
退いた先へ、もう槍が伸びていた。
剣で弾き、また踏み込む。鋼の音が途切れず響いた。ほんの少し踏み込めば刃が届く。その少しを、槍と馬が許さない。
ライコは剣を斜めに当て、槍先を自分の脇へ滑らせる。翼の刃まで通り過ぎたところで踏み込んだ。
今度は、首を守る鎧の隙間を見る。
蹄の音が意識から遠のいた。大曲剣の先を、そこだけへ向けて突き出す。
狙いはぶれなかった。
だが、ファルケンハインが手綱を引く。馬が踏む位置を変え、騎士の首が横へずれた。追う切っ先を、引き戻された槍の柄が叩く。
突きが逸れた。
ファルケンハインは槍を返し、石突きでライコの頬を打った。
「正確すぎる。どこを狙うか、よく分かる」
口の中に血の味が広がる。ライコはよろめきながらも足を踏ん張り、続く穂先を弾いた。
近くで味方の盾が鳴った。キティは騎兵を押し返していたが、こちらへ来る道にも敵の馬がいた。
ライコは息を吐いた。
速くても、当たる場所をずらされる。狙いを絞っても、外される。
なら、もっと強く。
迫る槍を下から払い上げ、頭上へ大曲剣を掲げた。
ファルケンハインの目が、刃を追う。
ライコは全身の力で振り下ろした。
雷が地を叩くように、巨刃が落ちる。
「遅い」
ファルケンハインは槍を斜めに差し入れた。翼の刃で大曲剣を横から叩き、馬を斜めに走らせる。
凄まじい音とともに、ライコの剣が右へ大きく弾かれた。
刃が土をえぐる。
剣を引き抜こうとした腕へ槍が落ちた。ライコは柄を引いて身を退いたが、手甲の革が裂け、腕に細い傷が走った。
止まれば、次が刺さる。
ライコは草を蹴り、剣を引き戻した。
ファルケンハインの槍は、もう胸へ向いていた。
速さだけでも、狙いだけでも、強さだけでも通らない。
剣を振り上げれば見られる。振れば、その途中で槍に軌道を変えられる。
(――だったら)
ライコは大曲剣を身体の前へ引き寄せた。片手で柄の鍔寄りをしっかりと握り、もう片方の手を柄尻へ添えた。両肘を固め、切っ先を斜め上、鞍に座る騎士の胸へ向けた。
剣だけを走らせるのではない。
自分も、一緒に。
ファルケンハインの猛禽の槍が襲いかかる。
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