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第52話 知っている少年

 シルベイン公爵の屋敷には、領地や商人、軍の各部隊から日々知らせが届く。ルクシオンがその日の報告に目を通していると、出先から戻った使用人が、旅の途中で聞いた話を持ってきた。


「ホークガルド侯爵家の者が、少年を探しております」


 ルクシオンは書類から顔を上げた。


「少年を?」


「はい。泊まった宿にも侯爵家の騎士が来まして。馬車が賊(ぞく)に襲われたところを助けてもらったので、礼をしたいとのことでした」


 レオンハートの娘が賊(ぞく)に攫(さら)われたという噂(うわさ)は、公爵家にも届いていた。数日前、屋敷を訪れた貴族が、娘はすでに無事に戻ったと話していた。


 ただ、その口ぶりは、無事を喜ぶというものではなかった。


 あれでは外国へ嫁がせる話も難しかろう。


 そう言って声を潜めた男の顔を思い出し、ルクシオンは机の上の書類を伏せた。


「どのような少年だと言っていましたか」


「十五、六ほどで、鎧(よろい)も着けず、剣も持っていなかったそうです。それなのに、賊(ぞく)を素手で倒したとか。宿の主人も驚いて、何度も聞き返しておりました」


 ルクシオンの指が止まった。


「襲われた場所は?」


 使用人が街道の場所を答えた。ルクシオンは続けて、いつの出来事かを尋ねる。騎士は、その日に付近を通った少年を知らないかと宿の主人に聞いていたという。


 告げられた日付と場所には、覚えがあった。


「その少年は見つかったのですか」


「私が町を発つ朝にも、まだ探しておりました。近くの村へも人を出しているそうです」


「分かりました。ほかに変わったことは?」


 使用人は道中の様子をいくつか報告し、頭を下げて部屋を出ていった。


 扉が閉まると、ルクシオンは机の脇に積んであった軍の報告書を取り出した。先日目を通した行軍の報告を探し、日付を確かめる。


 第十二中隊は、予定より一日早く目的の町へ到着していた。翌朝までは休息としている。


 町の名は、使用人が泊まった宿のある町と同じだった。馬車が襲われたのは、その近くの森沿いの街道。日付も、中隊が休息を取った日と重なる。


「……ライコ隊長でしたか」


 ルクシオンの口元に、わずかな笑みが浮かんだ。


 その年頃で、武器を持たずに賊(ぞく)を倒す少年。しかも、当日にすぐ近くにいた。ほかの誰かを考える方が難しかった。


 大曲剣を担いだ中隊長を探すのと、剣も持たずに歩いていた少年を探すのでは、人々が思い浮かべる姿も違う。村や宿で尋ねて回っても、軍の部隊へ行き着かないのは不思議ではなかった。


 ライコ自身も、侯爵家が探しているとは知らないのだろう。助けた相手の家柄など、気にも留めていないかもしれない。


 ルクシオンは報告書を机へ置いた。


 馬車を救った少年を、侯爵家は探している。礼をしたいという話には、嘘(うそ)はないだろう。


 だが、恩人が見つかれば、それですべて片づくわけではない。


 レオンハートの娘には外国との縁談がある。第一王子派が他国との結びつきを強めようとしていることは、公爵も以前から気にかけていた。


 娘は無事に戻ったという。それでも、客の貴族が話題にしたのは、彼女が攫(さら)われたことと、縁談の行く末だった。


 賊(ぞく)のもとにいた間、何があったのか。何もなかったと言い切れるのか。


 そう尋ねるだけなら、証拠はいらない。否定されても、心配しているのだと答えればいい。娘の無事を確かめたいのではなく、縁談に傷をつけたい者にとっては、それで十分だった。


 第二王妃派には、この縁談を歓迎しない者がいるはずだ。しかし、利益を得る者が、そのまま賊(ぞく)を差し向けた者とは限らない。起きた事件を好機と見て、後から話を広めている者もいるだろう。


 今ある知らせだけで、誰の仕業(しわざ)かを決めることはできなかった。


 ルクシオンは、先ほどの使用人から聞いた情報を、手元の紙へ書き留めた。年頃、武器を持っていなかったこと、事件の日付と場所。


 その下へ名前を書こうとして、ペンを止める。


 レオンハートへ知らせれば、恩人の捜索は終わるだろう。だが、第一王子派のために、こちらから手を貸す理由はなかった。


 ライコが侯爵家の馬車を助けたのだとしても、それはライコのしたことだ。ルクシオンまで、その後の世話を引き受けたわけではない。


 ペン先を紙から離し、ペンをインク壺(つぼ)の横へ置く。その情報を記した紙を折り、手元の書類に挟(はさ)んだ。


 扉の外で、別の使用人が到着した書状を持ってきたと告げた。


「どうぞ。こちらへ」


 ルクシオンは新しい書状を受け取った。封を切ると、広げた紙の端が、机に残っていた第十二中隊の報告を覆った。


ここまで読んでくださり、ありがとうございます!


久しぶりの小説執筆なので、誤字脱字や「ここが分かりにくい」「こうした方が読みやすい」と感じたところがあれば、気軽に教えていただけるとうれしいです。

「この部分が分からなかった」の一言だけでも、とても助かります!


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