第49話 森を駆ける
ライコは蹄跡を追って森へ入った。
道はすぐに二つに分かれる。左の土は乾き、落ち葉も積もったままだ。右の道には蹄が踏み砕いた葉が散り、低い枝の皮が新しく剥がれている。
ライコは右へ走った。馬は曲がりくねった道を進むしかない。ときおり木々の向こうから聞こえる蹄音を頼りに、ライコは道を外れ、幹の間を真っすぐ抜けていく。
やがて人の声が聞こえた。
太い倒木が道を塞いでいる。男たちが馬を降り、一頭ずつ木の脇へ回そうとしていた。四人。そのうちの一人が、馬から降ろした華やかな服の少女の腕をつかんでいる。少女は振りほどこうとしたが、男は手を緩めなかった。
ライコが木の間から姿を見せると、男たちが振り向いた。
「子供一人だ。お前が止めろ。俺たちは進む」
少女をつかんだ男が、後ろの仲間へ命じる。ライコは少女から目を離さなかった。
「その子を放せ」
少女が息を呑む。
「来ないで!あの人、剣を――」
言い終わる前に、足止めを命じられた男がライコへ斬りかかった。
男の剣がライコの首を狙って横に走る。速い。だがライコは刃が届くより先に踏み込み、男の懐へ潜った。
振り抜かれた剣がライコの背後を通る。男が剣を引き戻す前に、ライコの肘が鳩尾へ突き刺さった。男は息を吐き出し、腹を押さえて倒れ伏す。ライコは倒木の方へ駆けた。
馬を引いていた男が手綱を離し、剣を抜く。少女をつかむ男は、残る一人へ顎をしゃくった。その男も剣を抜いた。少女をつかむ男が二人に命じる。
「止めろ。馬を出す」
一人がライコの正面に立ち、もう一人が横へ回る。正面の男が、ライコの胸へ鋭い突きを放った。ライコが身をひねってかわすと、横から、首を狙う横薙ぎが迫る。二人はライコに間を与えず、互いの死角を補うように剣を振るっていた。
ライコは横からの刃を低くくぐった。その勢いで身体を回し、正面の男の顎へ蹴りを叩き込む。男の顔が跳ね上がり、剣を落とした。
横の男が間髪入れずに斬りかかる。ライコは半歩踏み込み、頭へ剣を振り下ろす男の手首をつかんだ。腕を引いて体勢を崩し、胴を抱えて持ち上げる。そのまま背中から木の幹へ叩きつけた。男は崩れ落ち、動かなくなった。
少女をつかんだ男は、馬へ伸ばしかけた手を止めた。ライコが迫るのを見ると、片腕で少女を抱え込み、もう一方の手で短剣を首元へ突きつける。
「動くな。こいつがどうなってもいいのか」
ライコは足を止めた。刃は少女の首のすぐ下にある。男は少女を盾にしたまま、一歩ずつ馬へ近づいた。
少女の目がライコを捉える。次の瞬間、少女は自由な方の手で男の手首をつかみ、短剣を首元から押し離した。
ライコが地を蹴る。
男が刃を戻すより先に、ライコはその手首をつかんだ。刃先が手の甲をかすめる。構わず短剣を少女から引き離し、もう一方の手で少女の腕を引いた。男の腕が緩み、少女が抜け出す。
男は少女を追おうとしたが、ライコがその前に立った。短剣を持つ手首をつかんだまま、男の腹へ膝を打ち込む。男が前屈みになったところを、ライコは地面へ投げ倒した。短剣が手から離れる。
道の向こうで馬がいなないた。剣を落とした男がよろめきながら馬に飛び乗り、仲間を置いて逃げ出す。ライコが振り向いたときには、もう倒木の脇を抜けて道の先へ駆け去っていた。
追うより先に、ライコは少女の方へ向かった。彼女は木に手をついて立ち、荒い息を整えている。
「怪我してない?」
「私は……大丈夫」
少女の視線がライコの手に止まる。短剣がかすめた手の甲から、血がにじんでいた。
「あなたこそ、手が……」
ライコは手を開いて確かめる。痛みはあったが、指は動いた。
「これくらい平気。さっきの騎士の人たちのところへ戻ろう」
少女は小さく頷いた。ライコが先に歩き出すと、彼女は倒れた男たちを避けて、その後に続いた。
逃げた馬の蹄音は、まだ森のどこかから聞こえていた。
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