第48話 空の馬車
ライコは木々の間を走った。
金属音が大きくなる。森を抜けた先に、細い道と、道を塞ぐように止まった馬車が見えた。片側の車輪が溝にはまり、御者台から落ちた手綱が地面に垂れている。繋がれた馬は落ち着きを失い、何度も首を振っていた。
馬車の横では、二人の騎士が顔を布で覆った四人の男と斬り合っていた。御者は道端に倒れ、一人の騎士が二人の男を相手にその前に立っている。もう一人も残る二人と斬り合い、馬車から離れられない。
馬車側の騎士は、正面の男が剣を振るうたび、その手首を狙って反撃した。男はすぐに身を引き、もう一人が騎士の横をうかがう。騎士に隙は見えなかったが、追い払うこともできずにいた。
開いた扉の向こうに、乗客の姿はなかった。
ライコが道へ飛び出したとき、横をうかがっていた男が騎士の背後へ回った。騎士は正面の剣を受けていて、気づかない。
「後ろ!」
声を上げるのと同時に、ライコは地を蹴った。男が振り向く前に、その脇腹へ蹴りが入る。男の身体が馬車の側面へぶつかり、握っていた剣が道に落ちた。男は呻いて身を丸める。騎士は振り返り、男が剣を拾う前に切っ先を向けた。
「少年、下がれ!」
騎士が叫ぶ。だが別の男が、ライコに向かって剣を振り下ろした。
ライコは横へ半歩踏み出した。刃が肩の横を通り、空を切る。男が剣を引き戻すより早く、ライコはその懐へ入った。鎧のない腹へ拳を打ち込むと、男は息を詰まらせて膝を折る。
まだ倒れない。男は片膝をついたまま、低い位置からライコの脚へ剣を振った。
ライコは脚を引いて刃をかわし、剣を握る手首を地面へ踏みつけた。もう一度、顎へ拳を入れる。男は道に倒れ、動かなくなった。
騎士はライコを一瞬見たが、すぐに御者の方へ顔を向けた。向こうの騎士には、なお二人の男が迫っていた。
一人が騎士と剣を交え、もう一人が御者へ向かう。騎士が御者を守ろうと踏み出すと、目の前の男が剣を振って道を塞いだ。
ライコは走った。男が御者へ剣を下ろす前に肩へぶつかり、道の脇へ押し倒す。男はすぐに起き上がろうとしたが、ライコが剣を握る腕をつかんで地面にねじ伏せた。
その間に、御者の前にいた騎士がもう一人の男を斬り伏せた。
剣が鳴りやむ。ライコが押さえている男は、逃れようと身をよじった。男が力を込めて腕を引いても、ライコの手は動かない。やがて男は抵抗をやめた。
御者の前にいた騎士は剣を下ろさず、倒れた男たちを警戒している。ライコに脇腹を蹴られた男も、馬車にもたれたまま立ち上がる様子はなかった。
最初にライコを止めようとした騎士が近づいてくる。腕の鎧の継ぎ目から血がにじんでいた。
「そいつを渡してくれ」
ライコが手を離すと、騎士は男の腕を背中へねじ上げた。馬車の開いた扉を見て、声を荒らげる。
「お嬢様をどこへ連れていった!」
男は顔を背けた。
「答えろ!」
「……知らねえ。俺はここで足止めしろと言われただけだ」
もう一人の騎士が、倒れた御者に声をかけていた。御者はかすかに返事をする。騎士はその肩を支え、馬車の陰へ移した。
御者を移した騎士が、仲間へ顔を向けた。
「森へ入ったのは見た。馬で連れていかれた。だが、あの先は道が分かれる」
「御者とこいつらを頼む。俺が追う」
男の腕を押さえる騎士に、もう一人が首を振った。
「お前も怪我をしている。せめて馬を――」
「そんな時間はない」
ライコは森を見た。道の脇から森の奥へ向けて草が倒れ、湿った土には蹄の跡が続いている。枝の一本が折れ、まだ白い木肌を見せていた。
「どこに行ったかわかるかも」
騎士たちがライコを見る。男の腕を押さえた騎士が声を張った。
「待て!一人で行くな!」
ライコは森の奥へ駆け出した。
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