第44話 噂の値段
ヴィオレナがレグベル・シルベイン公爵の執務室に入ると、公爵は席を立って一礼した。
「お時間をいただき、ありがとうございます」
「殿下のお越しをお待ちしておりました。どうぞお掛けください」
ヴィオレナは椅子に座り、公爵が向かいに腰を下ろすのを待って切り出した。
「レオニード殿のご意見は、もうお聞きでしょう」
公爵は頷いた。
「ええ。プライデル伯爵の除籍を求めていると」
ヴィオレナは公爵を見た。
「ドエゴンへの謹慎処分は受け入れます。独断で兵を動かしたことも咎める。ですが、軍籍と少将位は残していただきたいの」
「殿下のお立場は承知しております。ただ、軍としての正式な命令に背いたことも、なかったことにはできません」
「謹慎だけでは足りないと?」
公爵は頷いた。
「軍籍を残す道なら、探せると思います」
ヴィオレナの指が、膝の上で止まった。
「少将の位は?」
「降格は避けられないでしょう。ですが、私がレオニード殿を説得し、軍からの除籍ではなく、少将位からの降格と一定期間の謹慎で済むよう交渉いたします」
「あなたが、あの人を説得できるの?」
「容易ではありません。ですが、越境を禁じたのは軍務卿である私です。私が命令違反への処分案を示せば、レオニード殿も耳を傾けてくださるでしょう」
ヴィオレナはすぐには返事をしなかった。軍に残れるなら、ドエゴンにはいずれまた兵を率いる道が残る。しかし少将位を明け渡せば、第二王妃派が軍に持つ力は弱まる。
「伯爵位も取り上げられるという話があるわ」
「爵位については、私から陛下に進言いたします。プライデル伯爵が爵位を保てるよう、力を尽くしましょう」
ヴィオレナは公爵の顔を見つめた。
「そこまでして、あなたは何を望むの?」
「次の将官人事で、公爵家が推す一名の昇進を、第二王妃派に認めていただきたいのです」
ヴィオレナの眉が上がった。
「誰を推すの?」
「候補と昇進先は、人事案を出す前にお伝えします」
「私の派の少将を降格させたうえ、あなたの派の将まで上げろと言うのね」
「殿下にとって軽い条件ではありません。ですが、プライデル伯爵が軍籍を失えば、再び軍で指揮を執ることは難しくなります」
ヴィオレナは窓の方を見た。ドエゴンの降格を受け入れ、公爵派の将の昇進も認める。そうすれば、愚かな伯爵の軍籍と爵位を守れるかもしれない。
「……候補は先に知らせてちょうだい。軍に功のある者なら、一名の昇進を認めましょう。ただし、陛下にもお話しする必要があるわね」
「はい。陛下にも認めていただかなければ、この話は進められません」
公爵が答えると、ヴィオレナは椅子を離れた。
「では、私から陛下にお話しします」
公爵は立ち上がり、ヴィオレナを見送った。
◇
王妃が去ってから、公爵はルクシオンを執務室へ呼んだ。
「殿下は、候補に軍功があれば昇進を認めるそうだ。お前の見立てどおりになったな」
ルクシオンが頷くと、公爵は話を続けた。
「爵位の話も出た。伯爵位まで失うことを、ずいぶん案じておられた」
「殿下の耳に届くよう、私が噂を流しました」
公爵の眉が寄った。
「お前が?」
「はい。爵位を剥奪する話は、実際には進んでいません」
「私に、存在しない危機から伯爵位を守ると約束させたのか」
「軍籍を残すだけでは、殿下は少将位を譲らなかったでしょう。爵位まで失うかもしれないと思えば、降格を受け入れる余地が生まれます」
公爵はルクシオンを見たまま、しばらく黙った。やがて、机に置いた書面へ目を落とす。
「だが、レオニード殿と陛下の同意がまだ要る」
「レオニード殿には、公爵様からお話しください」
公爵が顔を上げる。
「陛下はどうだ」
「この条件に反対なさる理由はないでしょう」
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