第43話 王妃の頼み
第二王妃ヴィオレナがレオニードを訪ねた。
扉が開き、ヴィオレナが姿を見せる。深い葡萄色のドレスは腰から裾へ流れ、銀糸で縫われた花模様が、歩くたびに淡く光った。
紫の髪はゆるく結い上げられている。少し垂れた目と、その下の泣きぼくろ。口元に浮かぶ笑みは柔らかいのに、きりりと上がった眉が、気の強さを隠さない。王妃という肩書きがなくとも、多くの男が振り返るだろう。
案内した若い侍従は、ヴィオレナに礼を言われて、返事が一拍遅れた。
レオニードは立ち上がり、王妃へ頭を下げる。ヴィオレナが勧められた椅子に座るのを待ってから、自分も向かいに腰を下ろした。
「私が来た理由は、もうお分かりでしょう」
「プライデル伯爵の件ですな」
ヴィオレナは頷き、ドレスの裾を整えた。昨日、レオニードを訪ねた貴族は何も得られずに戻ってきた。ならば、自分で話すしかない。
「ドエゴンを謹慎させます。しばらく兵の指揮からも外し、私の目の届くところに置きましょう。軍籍と少将の位は残していただきたいのです」
レオニードは黙って聞いていた。ヴィオレナが言葉を切ると、静かに答える。
「謹慎中は兵を動かせません。ですが、軍籍と位が残れば、いずれ指揮に戻すことができます」
「その日が来る前に、私が本人と話します。今度こそ、シルベイン公爵の命令を破れば誰も庇えないと分からせるわ」
レオニードは首を横に振った。
「殿下が伯爵を戒めてくださることと、軍がどのような処分を下すべきかは、別の話です」
ヴィオレナは目元を和らげ、身を乗り出した。
「では、ドエゴン一人のこととして考えないで。私の派閥の将たちには、軍務卿の命令に従うよう、私から直接言い聞かせます。これから違反する者は庇わないとも約束する。それでも、軍籍を残せませんか」
「命令に従うのは、将として当然のことです。ほかの将にそれを徹底してくださるのは、ありがたく存じます。しかし、プライデル伯爵の処分と引き換えにはできません」
ヴィオレナは背を椅子に預けた。微笑みは消えていないが、組んだ指先に力が入る。
「あなたが除籍を求めれば、第一王子派は喜ぶでしょう。ドエゴンを追い出したのは自分たちだと、さも手柄のように言いふらすわ」
「そうでしょうな」
あっさりとした返事に、ヴィオレナの眉がわずかに動く。
「分かっていて、譲らないの?」
「殿下がお帰りになったあと、私が除籍の要求を取り下げれば、今度は殿下のご意向で判断を変えたと思われます」
レオニードは声を荒げず、ヴィオレナの目を見た。
「どちらの派閥が喜ぶかで、軍の処分を決めるわけには参りません」
ヴィオレナは組んだ指をほどいた。
「伯爵位も取り上げるという噂があります。あなたは、そこまで求めているの?」
「爵位のことは、私の権限が及ぶ範囲ではありません」
「では、あなたが求めているのは軍からの除籍だけ?」
「はい。その考えは変わりません」
ヴィオレナはレオニードを見返した。目の前の男が誰かに取り入るためにそう言っているのではないことは、分かっていた。
ドエゴンは愚かなことをした。自分の派閥の将でなければ、彼女もレオニードの側に立っていただろう。だが、軍籍を失えば第二王妃派から将が一人消える。伯爵位まで失うという噂が本当なら、派閥の力もさらに削がれる。
「あなたのお考えは分かりました」
ヴィオレナが立つ。ドレスの裾が静かに揺れた。レオニードも席を立った。
「殿下のご懸念は承りました。ですが、プライデル伯爵を軍に残すことには賛成できません」
「……そう」
レオニードが頭を下げる。ヴィオレナはその礼を受け、部屋を出た。
廊下で待っていた側近が近づく。
「いかがでしたか」
「駄目よ。私が行っても、答えは変わらなかった」
「では、軍議が再び開かれるまで待ちますか」
「待てば意見が変わるの?レオニード殿は、軍議でも同じことを言うわ」
ヴィオレナは歩きながら考えた。命令を出した軍務卿、シルベイン公爵なら、ドエゴンを許すはずはない。しかも公爵は、別の派閥の長だ。こちらに好意で手を貸す理由などなかった。
だが、レオニードが譲らない以上、処分の話し合いをまとめられる立場にいるのは公爵だった。
ヴィオレナは足を止めた。
「シルベイン公爵に面会を申し入れて」
側近が驚いた顔をする。
「公爵に、でございますか」
「ええ。向こうの望むものを聞きに行くわ」
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