第42話 譲れぬもの
「軍から除籍するほどのことですか」
第二王妃派の将は、レオニードから目を逸らさなかった。
「越境の責任は認めます。ですが、謹慎させて指揮から外せば、再び兵を預けるかどうかはその後に決められます」
レオニードが答えた。
「その後を待つ理由が、私には見当たらん」
第一王子派の将が頷いた。
「軍籍を残せば、いずれ伯爵に兵を預ける道が残ります。それでよいのですか」
「処分なしで戻せとは申し上げていません」
第二王妃派の将が答えると、第一王子派の将は卓上の命令書を指した。
「では、軍籍を残して何をさせるおつもりです」
第二王妃派の将は返答に詰まり、報告書に目を落とした。
公爵が二人の間に置かれた書類を手元へ引き寄せた。
「村人の殺害を誰が命じたかは、まだ調べている。だが、兵五百人を敵領へ送ったのは伯爵の命令だ。処分を考えるとき、この二つを混同するな」
「それは承知しております」
第二王妃派の将が答える。
「ただ、軍籍を奪えば、伯爵が将として戻る道は閉ざされます。敵を前にして判断を迫られる者たちが、この処分をどう受け取るかも考えていただきたい」
レオニードは卓上の越境禁止の命令書へ目を向けた。
「戦のさなか、敵に迫られて下した判断なら話は別だ。プライデル伯爵は、牽制が任務だと知ったうえで、自分の判断で兵を国境の向こうへ送った」
第二王妃派の将は口を結んだ。
「越境禁止の命令を破っても軍に残れるとなれば、次に同じことをする将が出る。私は除籍を求める」
レオニードの声に迷いはなかった。
公爵は将たちの顔を見渡す。第一王子派の将はレオニードに賛同し、第二王妃派の将は首を縦に振らない。このまま続けても、同じ意見を繰り返すだけだろう。
「村での殺害については調査を続ける。越境の責任を含め、処分は改めて協議する」
公爵の言葉で軍議は終わった。
◇
翌日、第二王妃派の有力貴族がレオニードを訪ねた。
レオニードは椅子に深く腰を下ろし、入ってきた貴族を正面から見た。
「プライデル伯爵の話だな」
「はい。軍籍を外すというお考えを、どうか改めていただきたいのです」
貴族は腰を下ろさず、続けた。
「伯爵を謹慎させ、しばらく兵の指揮からも外す。ですが軍籍は残し、少将の位も維持する。そのような処分にしていただけませんか」
「誰が、その後の伯爵を抑える」
「私どもが責任を持ちます」
「その責任を果たせるのなら、あの男は初めから国境を越えておらん」
貴族の表情から笑みが消えた。
「村人の殺害を命じた証拠は、まだありません。殺害の責任まで負わせて軍から追うのは、行き過ぎです」
「殺害を命じたかどうかを理由に除籍を求めているのではない。公爵の越境禁止命令に背いて兵を動かした。それだけで、将としては信用できん」
貴族は唇を引き結んだ。少将の位を守るどころか、レオニードは伯爵を軍に残すことすら認めようとしない。
「第二王妃殿下も、この件を案じておられます」
「殿下には、私の考えをそのまま伝えてくれ」
貴族は礼をして部屋を出た。
◇
第二王妃ヴィオレナのもとへ戻った貴族が報告すると、彼女は手にしていた書面を伏せた。
「軍籍を外すという考えは、変わらなかったのね」
「はい。除籍を求めるお考えは固く、少将位を残す願いも聞き入れていただけませんでした」
貴族はそこで、声を落とした。
「もう一つ、気になる噂がございます。プライデル伯爵は、爵位も取り上げられるのではないかと」
「伯爵位まで?」
「出所は分かりません。ただ、王都でその話が広まり始めています」
ヴィオレナは紫の髪を肩の後ろへ払った。ドエゴンが余計なことをしたのは確かだ。だが、軍籍を失ううえに爵位まで奪われれば、第二王妃派は有力な貴族を一人失う。
「噂で決まることではないわ。それでも、放っておけば誰かが本当に言い出しかねない」
彼女は立ち上がった。
「私がレオニード殿に会うわ」
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